大胆仮説! ケンミン食のなぜ 阿古真理

2021.3.26

12なぜ、名古屋の喫茶店は特別なのか?

 

名古屋の大きな名物として、あの喫茶店の豪勢なモーニングがある。
全国的にいわゆる「カフェ」が増える中、名古屋の喫茶はますます勢力を増している。
その秘密を探ってみた。

 

 

 高校から大学にかけて、通っていた地元の喫茶店がある。店には私たち学生のほか、毎日ランチを食べにくる作業服姿のおじさんグループや、コーヒーなどを卸してくれるUCCコーヒーの支店長さんといった常連がいた。支店長さんは、「俺が会社にいると、みんな仕事しないから」と言いながら、何時間でもカウンター席に座って競馬新聞などを読んでいた。社会人にもいろいろいると知った、貴重な経験だった。
 店はしかし、私が学生の間に閉店した。何しろ、ランチタイム以外は、ほとんど私たちのたまり場としか言いようがないほど客が少なく、スタッフの時給は雀の涙。頼み込まれてスタッフになったときは、バイトではなくサークル活動、と認識し直すことにした。やがて、経営状態はどんどん悪化。立て直そうと経営を引き受けた常連のおじさんが、最終的に店を「看取る」結果となった。
 喫茶店で青春を過ごしたせいか、私は喫茶店が好きである。出張や旅行では、よく地元の喫茶店でモーニングを食べる。大阪で働いていた1990年代は、東京出張の際もモーニングを楽しんでいた。
 だから2000年代初頭、名古屋の喫茶店が、急に注目されたときは驚いた。喫茶店のモーニングはどこにでもあって、東京にもあると思っていたからだ。1996年、銀座に1号店ができたスターバックスが日本を席巻し、従来の喫茶店が次々と閉店していった背景を忘れていた。
 その頃はカフェブームもあった。東京に住み始めたばかりの私は気づかなかったが、喫茶店文化が消えるのではないか、という危機感が東京の人たちにはあったのだと思う。
 また、2005年の「愛・地球博」もあり、名古屋はこの頃何回も東京でブームになった。あんかけスパなど独特の食文化、縦巻きロールヘアの名古屋嬢、景気が良い、といろいろな角度から注目された。その中に、コーヒー1杯にたくさんのおまけ料理がつく、喫茶店のモーニング文化もあった。
 『カフェと日本人』(高井尚之、講談社、2014年)は、「なぜ名古屋人は喫茶好きなのか」という章を設けて、名古屋の喫茶店をいくつも紹介している。同書によると、総務省の家計調査で、世帯当たりの喫茶店支出が名古屋市と岐阜市が全国で突出して多い。「東京二三区はいつも三~四位で、大阪市は喫茶店数こそ多いが、支出金額は小さい」とのこと。
 そこで最近の数字も調べてみた。岐阜県飲食組合のウェブサイトを紹介する喫茶代のランキングは、2016年から3年間の平均でも、2017年から2019年の平均でも、1位から順に岐阜市、名古屋市、東京都区となっている。大阪市は2016年からの3年間は6位で、2017年からの3年間は10位だ。
 同書によると、中京圏の喫茶店文化のルーツは、幕府の財政が厳しくなり始めていた1730年代に尾張藩主を務めた徳川宗春が、商業を振興して財政を潤す政策を取ったことにある。
 前回の記事でも書いたように、そうした背景からか、名古屋はお稽古事が盛んで社交が活発だ。また、誰でも行きつけの喫茶店を持っていて、来客があると喫茶店へ案内する、と同書にもある。喫茶店が応接室なのだ。
 私が働く出版業界でも、打ち合わせを喫茶店で行うことが珍しくない。出版社が集まる東京・神保町に喫茶店が多いのは、そこで打ち合わせする編集者が多いことも関係している。喫茶店が多い町には、公私に関係なく応接室として利用する文化があるのではないか。
 そもそも都市では、喫茶店が発達する。独自の喫茶店文化で知られるパリ、ウィーン、ロンドンは、どこも人口が多い都会だ。そして日本では名古屋だけでなく、京都や大阪、東京の喫茶店も注目されてきた。それは住宅が狭いこと、お互いの家が遠く訪問し合うのが大変なことに加え、プライバシーを重んじる都会ならではの特性が背後にある。
 出版業界のように、ビジネスの場でも喫茶店を使う人たちがいる。職場だと雑然としている、あるいは緊張感があり過ぎるなどの理由で、喫茶店を使う人たちは今も昔も多い。
 東京は地価が高過ぎる。そのため、回転数が多くマニュアル化されたチェーンが席巻した時代、店を維持できず廃業した喫茶店が目立ったのだろう。また、高齢になった店主の跡を継ぐ人がおらず、閉店する店が相次いだ時期でもあった。
 しかし、カフェや喫茶店のブームは21世紀に入ってもくり返し起こり、新しく店を始める人たちもいる。新陳代謝の活発さが東京の特徴でもある。一方、名古屋は古き良き形がより目立って維持されていることが、注目されるのだろう。
 そして、名古屋で生まれたコメダ珈琲店が東京ほか全国に進出し、スターバックスと対抗する大手チェーンになった。コメダ珈琲店の快進撃で、さらに名古屋の喫茶店文化へ注目が集まった。カフェやチェーンもいいけれど、喫茶店も捨てがたい、と改めて見直されたのだろう。その意味で、名古屋の喫茶店文化は、日本の喫茶店文化を守る砦でもあるのかもしれない。

(第12回・了)

 

本連載は、隔月で更新します。
次回、2021年5月15日(土)ごろ更新予定