大胆仮説! ケンミン食のなぜ 阿古真理

2021.7.15

14歴史の中心地、関西を物語る淡口醤油

 

「うすくち醤油? しょっぱいだけじゃん」と関東育ちは大抵思うのだけれど、そうではないらしい。関西文化の誇りをかけて、その魅力を語る。

 

 素材の色と持ち味を大切にする京料理を、陰で支えているのが淡口醤油だ。大阪のうどんが汁ごといただけるのも、淡口醤油が主張しないおかげ。関西は、淡口醤油文化圏である。産地は兵庫県西部の播州地方、たつの市。たつの市は姫路市の西隣にあり、「赤とんぼ」の作詞者、三木露風の生誕の地だ。弥生時代から歴史のある皮革産業が盛んで、ランドセルの生産量は国内屈指。そして、全国区として知られている名物と言えば、そうめんの揖保乃糸である。
 そうめんと淡口醤油の共通点は、小麦を使っていること。醤油の基本的な原料は、大豆と小麦、塩と麹だ。穀倉地帯の播州平野は酒造に適した山田錦の一大産地でもあるが、雨が少ないため、コメの裏作として小麦を生産してきた。たつの市を流れる揖保川は、鉄分の少ない軟水であることから、色が薄い淡口醤油の生産にも適している。また、大豆の生産も盛んで、塩田が有名な赤穂とも近い。
 この地方で醤油の生産が開始されたのは足利義満の時代で、淡口醤油が生まれたのは一六世紀。円尾屋孫右衛門が天文年間(一五三二~一五五四)に始めた、あるいは栗栖屋の横山五郎兵衛が一五九〇(天正一八)年に始めたと言われている。江戸時代になると龍野藩が醤油業の育成に力を入れ、ほとんどの蔵が淡口醤油を生産するようになった。
 京都や大坂へも出荷するようになったのは、江戸時代後期。揖保川の水運により、瀬戸内海を経由して大消費地の京阪神へ醤油を運びやすかったからだ。淡口醤油は発酵を速めるために塩分を多く使用し、うま味は抑えているため、主張しない醤油に仕上がる。この特徴が、出汁を利かせた精進料理や懐石料理の料理文化を支えるようになる。そうして関西地方に、淡口醤油の食文化圏が形成されていった。
 よく、淡口醤油と濃口醤油の比較をする際、「淡口醤油は色が薄いが、実は塩分濃度が濃い」という説明で終わることが多い。しかし、それでは「高血圧の原因になるんだ」「ヘルシーじゃない」という印象を持たれ、関西食文化の否定になってしまう。
 そういうことではないのだ。淡口醤油が京都で珍重されたのは、素材をあまり染めない色の薄さと、裏方に徹して素材の味を活かす特徴があったからなのだ。しかし、かくいう私自身も、関西で当たり前のようにこの醤油を使っていたときはその魅力をあまりわかっていなかった。再発見したのは、東京で暮らすようになって数年後、たまたまよく行く町でたつの市の末廣醤油の淡口醤油と出合って使い始めたことから。
 昔、私が見ていたレシピ本には、和食の味つけに濃口醤油と淡口醤油を大さじ一杯分ずつ入れるものが多かった。大阪では理由も考えずそのように使っていたが、東京に来ると、淡口醤油がスーパーに並んでいないことが多いため、何となく濃口醤油だけで味つけするようになった。それでも、特に不便は感じていなかった。
 ところがある年の年末、珍しく正月料理の煮しめをつくる気になり、末廣醤油の淡口醤油を使ってみた。すると、いつもよりサトイモなど素材の味がしっかりすることに気がついた。もちろん色もあまりつかない。「え?」と驚き、煮物をつくるときに使うようにしたところ、食材の味が前より分かるではないか。
 「どうして誰もこれを教えてくれなかったの!塩分濃いだけじゃないのに」と叫びたくなった。その発見が自分にとっても大きかったため、しばらく周りの人たちに「素材の味を生かすから」と淡口醤油の宣伝をしまくっていた。『うちのご飯の60年 祖母・母・娘の食卓』(筑摩書房)にも、「上品な味になった」と書いた。
 ところがそれを読んだある方から、「僕は東京の下町育ちで、濃口醤油を使ってきました。濃口醤油を使うと下品なのですか?」と指摘されてしまった。東京は今でこそあらゆるものの中心地だが、日本史の中では登場が遅い。江戸に幕府が置かれた江戸時代も、京都には公家を中心にした文化が守られており、大坂は経済の中心地として繁栄していた。食文化の中心地は、東京遷都まではずっと関西だった。東京に来てから地方出身者の劣等感を抱きがちだったため、東京に「勝てる」関西の歴史を主張したい、という気持ちが文章に滲み出してしまったのだ。
 江戸時代の初めのうちは、江戸には関西から醤油が運ばれていた。しかし、江戸の人たちは、野田や銚子の濃口醤油の品質が上がるとそちらを選ぶ。蕎麦もウナギのかば焼きも江戸前ずしも、うま味が強い濃口醤油が必須である。イモの煮っころがしも、濃口醤油が合う。全国的に濃口醤油が主流になり、和食と言えば濃口醤油の味、というイメージになったのも、そのうま味の強さと香りの力が大きかったからなのだと思う。ちなみに関西でも、濃口醤油も使われている。
 ところで、私が買いに行っていた末廣醤油の店では、一年も経たないうちに淡口醤油が人気になってあまり買えなくなった。それは、東京の人にも素材の味を生かす魅力が伝わったからではないだろうか。
 特別いい素材を使うときや、その色をどうしても残したいが醤油で味つけしたい、というときは、ぜひ淡口醤油を使ってみて欲しい。関西の土地と文化が育てた、淡口醤油の魅力をもっと身近に感じる人がふえて欲しいと願っている。

(第14回・了)

 

本連載は、隔月で更新します。
次回、2021年9月中頃に更新予定