大胆仮説! ケンミン食のなぜ 阿古真理

2020.5.18

04金沢の醤油はなぜ甘い?

 

金沢出身の人たちは、口々に、地元の甘い醤油への愛を語る。
一体どういうことなのか。探ってみた。

 

 学生の頃、金沢市民は神戸市民と並んで自分の街が大好き、という話を聞き、地元の神戸が大好きだった私は、勝手に親近感を抱いた。「本当に好きなんだ」と思ったのは、東京へ出てから一緒に仕事をした編集者から、「東京の醤油は味が違うから、地元から取り寄せている」と言われたこと。別の仕事で一緒だったカメラマンも同じことを言う。金沢の醤油はマイルドだけど東京の醤油は塩辛い、と金沢出身の人たちは主張するのである。
 これまで私は、全国各地へ出張をしてきたし旅行も好きなので、たいていの都道府県に足を踏み入れている。本州で行ったことがなかったのは、石川県のみ。それではいけないと(いけなくはないのだが)、二年前の夏に初めて金沢旅行をした。
 山と海と川があって、木々が多く、こじんまりした町の周りに自然がある。伝統文化を大切にする土地柄もあって町屋も多く、三味線の音が似合いそうだ。女性たちの服装に、華がある。神戸だとパステルカラーが目立つが、金沢は紫や紅色などの濃いトーンが目立つ。人の態度になんとなく、おもてなし感がある。料理もおいしい。しかし割高感がある。金沢好きな知人は、新幹線が開通して便利になったことで相場が上がったと言う。
 醤油を知りたい、と醤油蔵がある海の近くの大野地区まで足を延ばした。蔵見学ツアーに参加して、ショップコーナーへ行く。ラベルを見たら原材料にみりんが入っていた、ように思うが記憶があいまいだ。改めてヤマト醤油味噌のオンラインショップを確認すると、「甘口しょうゆ」という商品を見つけた。原材料に砂糖、甘味料(ステビア、甘草)が入っている。丸大豆醤油は無添加で、大豆、小麦、食塩、米のみ。甘いのを求める人と、そうでない人の両方に対応している。
 クックパッドで働いている金沢出身の小竹貴子さんに、大野醤油について聞いてみた。すると、「大野へ行くと、結構甘めの煮つけなどがあるなと思いました」と教えてくれる。小竹さんの実家の味は醤油が控えめで、あまり醤油の印象はないんだとか。そして、フードコーディネーター・調理文化研究家の福留奈美さんと青山学院女子短期大学の宇都宮由佳准教授の共同論文「郷土料理からみた醤油の地域特性」を送ってくださった。
 北陸の項目を観る。加賀料理は、小竹さんの話のとおり「素材の味を生かすように醤油は控えめに使う」とある。そして「大野醤油は甘いというよりは素材の味を邪魔しないような塩角のとれた旨口タイプが多い」とも。それは昔聞いた、「金沢の醤油はマイルド」という感想に通じる。大野の古文書に残る製法に「諸味に米麹を加えたという記述がある」。甘い味が伝統なのか。
 地元の料理研究家による『金沢・加賀・能登 四季のふるさと料理』(青木悦子、北國新聞社)を開いてみた。甘さという点では、麹漬けが気になる。かぶらずしはもちろん麹を使う。ほかに、県全域のにしんと大根の「大根ずし」、輪島市のさざえを使う「さざえべし」、能登町の「するめの麹漬け」が紹介されている。石川県のほかの地域でも麹漬けがあるのだ。もしかすると、寒さに耐えるために甘い味を求めるのか。『秘密のケンミンSHOW』(日テレ系)では東北で砂糖をたっぷり入れる料理を何度も紹介している。
 ふだんの料理はどうなのか気になったので、いつもの『日本の食生活全集』(農文協)シリーズも観てみよう。『聞き書 石川の食事』の金沢市の商家の食事は、治部煮を含めて煮物に必ず赤砂糖を使っている。不室屋の麩料理のランチをいただいた折に出て来た治部煮も、甘めながらあっさりした味つけだった。素材の味を生かすところは関西とも通じる。ふなの甘露煮もある。
 甘味料は身近なようで、「風邪のときに砂糖湯にして飲んだりする。また、麦芽のじろあめ(水飴状)、おこしあめ(固いのでたたいて割って使う)などは、ごりのあめ炊き、ふなの甘露煮に、氷砂糖は、風邪をひいたときに白なんてんの実を煎じて飲むさいに入れる」とある。
 水飴は昔、子どもの頃に縁日へ行くとたいてい売られていて、おじさんが割り箸に巻きつけて売ってくれた。その割り箸を割って、グルグル巻いて白っぽくなったところで食べる。大人になる頃には、そういう店を見かけなくなったように思う。
 水飴のじろあめは、土産屋ですすめられた。素朴な水飴が今も売られているのは、金沢が伝統文化を大切にするからか。販売員のおばさんは、「料理にも使えますよ」と言っていた。私はみりんは使うが砂糖はめったに料理に入れないので、迷った末に結局買わなかった。
 しかし一般的に、煮物に醤油と砂糖を使うことが多いとすれば、甘味料を加えてある醤油は、合わせ調味料ということになる。だし醤油、だし入り味噌、麻婆豆腐の素といった合わせ調味料は、昭和後期以降にふえたけれど、そういう文化を金沢は先取りしていたということかもしれない。加賀百万石の食文化の豊かさを背景に、いち早く醤油と甘味料を一緒にしたら便利、と思いついた人たちがいたのか。それとも、和食を食べる人がへっていく時代に、金沢では煮物文化がしっかり守られているから、こういう醤油が必要なのかもしれない。

(第4回・了)

 

本連載は、隔月で更新します。
次回、2020年7月18日(土)ごろ更新予定