大胆仮説! ケンミン食のなぜ 阿古真理

2021.1.18

08名古屋人はなぜ小倉トーストが好きなのか?

 

「え? トーストにあずき!?」と、初めて見たときは衝撃的な名古屋のソウルフード。先入観を消してくちに運べば天国のこの食べ物を深掘りしてみた。

 

 名古屋と言えば喫茶店。名古屋の喫茶店の定番メニューと言えば、小倉トースト。小倉トースト発祥の店は、栄にあった「満つ葉」だ。大正時代、学生がトーストにぜんざいをつけて食べているのをヒントに、考案された。
 全国でも特異なトーストの食べ方が名古屋で定着し、喫茶店の定番メニューになったのはなぜか。考えてみようと2019年夏、あいちトリエンナーレに行った折、元祖の味を受け継ぐ円頓寺商店街の「まつば」へ行く。折よく、同商店街もトリエンナーレの会場の一つになっていた。展示を観るついでに店に入って食べてみよう……。
 ところが、私が行ったのは開催直後の月曜日。それはイベントの定休日だった。そうでなくても、観たかった「表現の不自由展」が炎上し、観られなくなるまでの経過をインターネット上で確認したところで残念だった。そのうえ、定休日だったとは、肝心なところで下調べが足りていない。商店街のアーケードに、オバケの飾りは観られたものの、屋内の展示は観られなかった。そのうえ、「まつば」も定休日だったのだ。
 結局、昭和感たっぷりの商店街近辺をウロウロしただけ。しかしその道すがら、趣ある和風の門から入る和菓子店を見つけた。1854(安政元)年創業のその店、「美濃忠」で錦玉羹を買ったらなんだか楽しくなった。名古屋と言えばういろうぐらいしかイメージがなかったが、よく調べると、あちこちに和菓子屋がある。
 そういえば以前、出張で名古屋へ行った帰り、名古屋駅前の高島屋で、おばちゃんたちが次々と和菓子を買うのに遭遇した。それも15箱、10箱も買っていくのである。どうやら名古屋人は、和菓子を渡す家庭訪問が活発なようだ。それで小倉トーストなのか? テレビで、名古屋出身の女性タレントが、チューブ入りの「マイあんこ」を持ち歩く人が多い、という話をしていたこともあった気がする。あんこ好き、和菓子好き。しかし、それはなぜなのか。
 名古屋は「茶(茶道)どころ、芸どころ」と言われる。お茶とお稽古事が盛んな土地柄なのだ。お稽古の後で、お茶とおしゃべりを楽しむ文化も当然あるだろう。お稽古仲間の家を訪ねるなら、手土産を渡すだろう。そういった社交が活発だから、5箱、10箱の和菓子を買う行動につながるのかもしれない。
 名古屋の都心3区の広さは、東京の都心7区の約3分の1 しかない。町のサイズの小ささは、周辺に住む人たちの家が近いことを表す。東京では23区内に住む人同士でも、お互いの家まで1時間以上かかるなんてざらだから、家庭訪問には気合いがいる。しかし名古屋なら、割合気軽に訪問し合えるのではないか? その近さがきっと、手土産の和菓子を渡す機会をふやしている。
『日本の食文化に歴史を読む 東海の食の特色を探る』(森浩一編、中日出版社)の「東海の食の文化の特徴」(小泉武夫)によれば、名古屋は豊かな土地柄だ。大きな川が多くて地味が肥沃。そういえば新幹線でも、名古屋の周辺で木曽川、長良川、揖斐川と、大河を3本も渡る。しかも東西の交通の要衝で、江戸(東京)の文化も、上方(京都・大阪)の文化も入ってきた。
 発酵の専門家の小泉氏は、漬物製造や醸造業も盛んだと発見している。東海地方は、たくあん漬けも全国一よく食べる地域らしい。そういえば、今や全国区の青首大根は、愛知県の宮重大根がもとになっている。そして、日本一長い守口大根を使った守口漬けもある。
「発酵食品といえば、この三重県、静岡県、愛知県、岐阜県では共通してほかの地域より生産量も消費量も多い」と言う。それは水の量が多く質もよいこと、交通の要衝で全国に発送する目的もあったからだという。
 そして大豆をよく食べ、味噌汁もよく飲む。東海四県の人が朝食に味噌汁を飲む割合は、78%で東北に次ぐと指摘している。
 私も名古屋へ行くといつも、味噌汁のおいしさに感動する。外食店の味噌汁は、薄過ぎるか煮詰まって濃過ぎることがよくあるのだが、名古屋の外食店でそういう味噌汁に出合ったことはない。味噌の香りと鰹節の香りがふわーッと立って、一口すすればホッとする。それで、名古屋へ行くと、定食屋や和食店によく立ち寄る。名古屋の外食の味噌汁がおいしいのは、もしかすると加熱に強く味がしっかり出る、豆味噌を使っているからかもしれないが。何しろ、味噌でうどんやおでんをグツグツ煮込むのだ。米味噌でそれをやったら、おそらく香りが飛んでしまう。
 そのうえ小泉氏の先の記事によれば、東海四県の人たちはお茶もたくさん飲む。全国平均の1100グラムに対し、東海地方は1853グラムにも達するのだ。そこに和菓子の出番がある。
 和菓子が好きでお茶が好き。だから、喫茶店でも和の要素を持ち込んで、小倉トーストになるのか。塩味が欲しいときは味噌を使い、砂糖が欲しいときにはあんこを使うのが、名古屋人の気質なのか。
 関西から東京に移り住んだ私はときどき、あまりにも次々と流行が立ち上がっては話題になることに感心してしまう。その割には日本らしい文化が見えづらい。東京は経済や政治の中心地だから、どうしても時代をキャッチアップしていくことに忙しく、足元の文化は影が薄くなりがちなのかもしれない。全国から人が集まるし、海外との交流も活発だ。
 関西は、大都市であると同時に古くから歴史の舞台でもあった。土着の人も比較的多い。名古屋も歴史の舞台であり、関西よりもっと土着の人が多いだろう。そして都市の規模が小さい。情報交換と地元に根付いた暮らしが適度に混ざり合っているのが、名古屋なのではないか。だから足はしっかり地に着けたまま、新しいものを取り込めるのだ。その一つが、洋食が広まった大正時代に生まれた和洋折衷料理、小倉トーストだったのではないだろうか。

(第8回・了)

 

本連載は、隔月で更新します。
次回、2021年3月15日(月)ごろ更新予定