「お洒落」考 江弘毅

2020.6.12

13イロハにアロハ。おじいのアロハ。

 



 アロハシャツについては、ちょうど昨年6月の今ごろ、Facebook連載の【玄関先ですいません】を投稿したら早速、道野正シェフから「俺はこんなん持ってるで」と自身がアロハを着た写真とコメントがぶら下げられた。
「やっぱりミチノさん、キタかぁ」。わたしは微苦笑である。

コメントは「オレはおじいですが、夏はほとんどアロハ。なんせ着ないと数があるもんで。ドゥニームの和柄だけで8枚」
「京都のパゴンで誂えたシルクのアロハ。しかし、無駄なもんにばっかりお金使ってきて、老後が不安(笑)」
パゴンは京友禅のメーカーで、ここのアロハはそらもう製品的にすごいとしか言いようがないが、ミチノさんはオーダーしたものを何着も持っている。


 日本のフランス料理界の重鎮・道野シェフは60代半ばだ。
 阿呆ほど服を着倒し、鬼のように腕時計をコレクションし、その昔は1969年式タテ目のメルセデス280SL(それも黒のオープンでレストアに500万円かけてた)とかに乗ったり、もちろん料理の腕と姿勢で(一昨年は『料理人という生き方』を上梓している)メディアに注目されているシェフだが、ファッション編集者にも知られた存在だ。

 ことアロハの話になると、必ずこういったクロウトが登場してくるからおもろい。というか、アロハシャツはファッション・アイテムの中でも独特の存在だ。

ミチノさんの「和柄アロハばっかりが入ったタンス」のひきだしを開けさせてもらう。1枚目が左側、2枚目が右側。この写真2葉分のアロハで、もっているものの1/3くらい。3枚目は変態編。左がどろろ、真ん中が妖怪、右がキングギドラ対ゴジラ、これは色違いで紫色もあるとのこと。見事にビョーキすぎて言葉が出ない



 ただ、アロハシャツは難しい。
 ひと言で言うと「突然、アロハを着ても似合わない」。だからファッション業界の人間を容易に寄せ付けないのだ。

「ひと夏アロハを順番に12回着替えても、全部着ることが出来ない」ミチノさんの場合は、アイテムや柄のことなど基本を飛び越えて、下に着ているTシャツのネックの具合まで完璧だ。
「わかってるなあ」とつくづく思う。

 アロハは、スーツからネクタイ、ローファーまで揃うセレクトショップではなぜか置いていないし、デパートやユニクロやH&Mにアロハを買いに行くことはない。たまにGapなどのアメリカンカジュアルのメガショップで見かけたとしても、それはアロハもどきである。

 だからビンテージ・ジーンズのメーカーは、ファッション・アイテムとしての考え方がアロハに親和的というか、エヴィスにしろドゥニームにしろオリジナルのアロハをつくるのだった。

 ちょっと前までは、アロハはサーフ・ボードやウエットスーツ、ワックスなどを置いているサーフショップで、サーフィン・メーカーのTシャツやサーフパンツと一緒に並べられていた。

 わたしは10代後半から20代半ばまで、それこそ波のある日は(和歌山へはクルマで45分)ずっと海に入ってたサーファーで、Tシャツもしくはアロハにジーパンもしくは短パン、レインボーサンダルだったので、アロハの着こなし方、難易度の高さを理解している。

 つまり冒頭の【玄関先ですいません】を見ても、自分にとってアロハはもう、これは現役ではないファッション・アイテムになってしまった、などと思うに至っている。
 要するに「浜の感じがしない」というか、海に入らない陸サーファーみたいな雰囲気になってしまっているのが自分でわかるのだ。

 だからこれから述べる「自分の現在進行形のアロハ観」みたいなものについては、ミチノさんと、このあとの大阪心斎橋の「飲めるCD屋〔ザ・メロディ〕」の店主・森本徹さんに取材させてもらって書いていくことにする。

 森本さんは76年にレコードショップ〔メロディ・ハウス〕を開店。「ウエストコースト・サウンド」「AOR」「フュージョン」の時代に、東京より街的に進んでいた大阪の音楽シーンをベースに雑誌「POPEYE」に連載していた。

 ラジオの音楽番組の出番も多く、ハワイのラジオ局KIKI(キキじゃなくてケーアイケーアイね)とラジオ大阪がコミットした番組に出演していたとき、その番組をプロデュースしていたニック加藤氏と知り合う。番組では日本で初めてカラパナを紹介したり、セシリオ&カポノなどハワイの現在進行形のミュージックシーンを日本でブレイクさせたりしていた。
 70年代からヒッピー的なライフスタイルでハワイに住むニックさんに招かれ、以来森本さんは深くハワイに入っていく。

森本さんの長い連載が始まる少し前、78年の『POPEYE』と『ニック加藤のハワイアンシャツ』。帯の文にある「昼間かいた汗を 熱いシャワーで流し、素肌にさらりと羽織る。シャツの中を風が通りぬける心地よさ。ボクの好きな着こなし方だ。」は確かにそうである。が、日本の場合、春先と秋口のスカッと晴れた時ぐらい、と思う。


 現在の〔ザ・メロディ〕ではあいかわらず、かかっている音から定期的に開かれているウクレレ教室や、ハワイアンコーヒーやビールなど飲み物までハワイアンだ。
 でもフラダンスを習っている人たちとは違った(←ここが重要)ヒップでモードなサーファー感覚が漂っている。これは伝統的な大阪サーファー文化の中心地ミナミならではのテロワールだ。

 取材の日には、コロナ禍が起きるつい先日まで、この界隈でバーテンダーをやっていた現役サーファーの吉田幸司さん(50歳)がやってきた。
 この着こなしは、この髪型から肌の色…。これはなんというか、70年代西海岸的言い方なんだが、ライフスタイルのすべてがあってできるものだ。

エヴィス・ジーンズの和柄アロハ。10年ぐらい着ているもので「一番丈が短いのを選んで買いました」。オーバーオールはラルフ・ローレンのDENIM SUPPLY。この着こなしは抜群としか言いようがない


「“アロハ”と違う。“ハワイアンシャツ”やで」と言うのは森本さん。「“アロハ”と言うてしまうと、ビアガーデンとか温泉旅館の夏のイベントのハワイアンバンドみたいになってしまう」。
 わかるわかる(笑)。森本さんが紹介してきた音は同じハワイアンでも違うもんなあ。そこらへんが、アロハを「快適」に着こなすことの感覚なんだろう。

 で、71歳にして年中ほとんどハワイアンシャツを着ている森本さん。スタンダードな開襟のいろんな時代のいろんな柄、ボタンダウンのプルオーバーを含め、数えきれないハワイアンシャツを持っている。

 ブランド的はマニアックなものやコレクター・アイテムには興味がない、という森本さん。これは長袖の花柄でコットン100%。ほんの数年前に30ドルぐらいでハワイ島のホノカアで買ってきてもらったもの。
「日本の場合、レーヨンは暑いから、コットンのものを多く着てます」とのことだ。
 絶対ボタンは外さずに着る。今日は短パン、革のデッキシューズ。

LPは70年代にライ・クーダーによって広く紹介されたギャビー・パヒヌイの「SONG OF HAWAII」


 森本さんのハワイ・コネクションによる、代表的な絵柄パターンのシャツを見せてもらう。


 花や葉、樹木そのものや竹、パイナップルなど。天地左右それ自体が1枚の絵柄となる「ホリゾンタルパターン」(5枚目)や裏生地を使ったボタンダウン……。

 アロハはシャツ自体がインパクトの強い一つの絵画みたいで、そこに世のファッション・ピープルが興味を示すのだが、都会的消費社会のなかの流行やトレンドとは無縁のものだと思う。アロハを着ることは、自然や地勢、季節の変化や民俗音楽に囲まれるのと同様なのかと。

 で思うのだが、70年代のウエストコースト・ミュージックのレイドバック感。わかる人にはわかると思うのだが、あの時代の西海岸由来の表現の空気の束。そのひとつとして、サーファーのそれは確かにそこにかすっていた。だからミチノさんや森本さん(サーファーではない!)のように、7080年代のTシャツ、ジーパン、スニーカーをリアルで経験した人がカッコいいのか。

(第13回・了)

次回、2020年6月26日(金)掲載