「お洒落」考 江弘毅

2021.12.24

19ファストファッションは教えてくれる。

 

 この連載の06「パンツの丈は大丈夫、ですか?(実践編)や続く07「ジーンズという奇怪な服について。」でも触れている「リゾルト」の林芳亨さんの著作『日本のジーパン』(光文社新書)は、昨年(2020年)に出版の予定だったのだが、コロナ禍などいろいろあって今年(2021年)9月に出た。

 この新書は林さんの「語り」を元に、わたしがブックライティングした。大学卒業後、ジーパンづくりの世界に入って40数年の林さんは、日本のジーパン界(著作タイトルもそうだが「ジーンズ」とか「デニム」とか林氏は言わない)を代表するクリエーターである。

 

 19902000年代にビンテージ・ジーンズのブームがやってくるが、林芳亨氏が88年に日本屈指のアパレルである神戸のワールドで立ち上げた「ドゥニーム」と大阪の山根英彦氏による「エヴィス・ジーンズ」は世界を席巻し、メイド・イン・ジャパンのデニムとダメージ加工技術はその後、ルイ・ヴィトンやディオール、ラルフ・ローレンなどのハイファッション・ブランドを呑み込んでいく。

 林さんが現在つくっている「リゾルト」は、60年代後半〜70年代前半の通称「Levi’s 501 66(ロクロク)」モデルを理想としている。
「リゾルト」はたったジーパン4型のみの製造で直営店をもたない。
 代表モデルの710はウエスト28インチから40インチの13サイズ。1サイズごとに28インチから36インチの9レングスが用意される。裾上げで本来のシルエットが崩れないように、とのことだが、細かいパターン違いの製造や販売店は各サイズの在庫を揃えなくてはならない。
「面倒くさい」「コスパが悪い」のである。

 林さんは自らつくるジーパンを「道具」だと言う。
 ジーパンは「シュリンク・トゥ・フィット(Shrink-to-Fit)」つまり「体に馴染むこと」が特徴だ。洗っては縮み、穿いては伸び、また洗うを繰り返すと、だんだん自分の膝の位置や脚や尻の体型に合うように「育ってくる」。それと同時に、ジーパン本来の大きな魅力である、「セルビッジによるミミのアタリ」「太股あたりのシワによるヒゲ」「全体の縦落ち」「裾のパッカリング」……といった絶妙なダメージ状態が表出する。


 

 このあたりがジーパンの神髄つまり、「作業着Levi’s 501の誕生と、戦後の主要ファッションアイテムへの変貌」である。その「カッコ良さ」については「使用することで生まれた偶然のモード感覚」というものだろう。
 この新書『日本のジーパン』では、林さんが20代に過ごした、かつての大阪アメリカ村のジーパン屋の話もたっぷり聞き書きしたが、サーファーのブームで70年代後半頃Levi’sのベルボトム646とかが流行っていたとき、当の50166モデルは、「ただの中古」と同様の値段で売られてきた。

 その後、80年代の終わり頃から「渋カジ」がブームになって、ヴィンテージ・ジーンズがもてはやされるようになった。
 Levi’s 501XXが見直され、5060年代のデッドストックには何十万円もの値段が付いた。

 ポール・ウエラーがロールアップしたリジッドを穿いて「カフェ・ブリュ」のジャケットに登場し、マドンナが穿きこなしたあちらこちらが擦り切れたジーンズは、まったく違ったデニム・ファッションのモードをセレブ界に招き入れた。
 ファッションの世界的にはそういう時間経過があるが、Levi’sに代表されるジーンズは大量生産されるアメリカナイズな工業製品である。

 GAPからユニクロへ移った日本のファストファッションは、同じジーンズやデニム製品を基本的なアイテムにしているが、いろんな側面でちょっと感覚が違っている。
 大量生産というところは同じであるが、何が違うのだろうか。

 そこのところを書いてやろう。まずは「ファッション・アイテムの適正価格の発見」やないか、と思って書き始めるものの、「なんか新しい記事、文章はないんか」と検索していたら『ファッションで社会学する』という2017年の新しい本があった。
 図書館にあったので、早速貸し出しをお願いする。

CHAPTER9 ファストファッション――ファッションの『自由』がもたらす功罪」。「1『ファストファッション』って何だろう」という見出しで、いきなりこうだ。

そこでひとまず,「ファストファッション」とは何かを定義しておきましょう。「ファストファッション」とは, ①低価格で②おしゃれなアイテムを提供するブランドや企業を指します。そして, ③多くの場合SPA(製造小売業)という形式を採用しています。代表的なものとして, 日本のブランドではユニクロやGUなど, 海外のものだとZARAGAP, H&Mなどがあります。みなさんが知っているものも多いと思います。」(p204

「なんじゃこれは?」だ。続いてこんな文章。

安い服(「安い服」に傍点)は昔からありましたが, その多くはおしゃれな服とはいいがたく, ただの(「ただの」に傍点)衣料品でしかありませんでした。ファッションアイテムとみなされていたものは「ブランド品」や「メーカー品」と呼ばれ, ある程度の金額を支払ってはじめて手に入れることのできるものだったのです。
「安い」にもかかわらずファッションアイテムとして着ることができるおしゃれな洋服であるという点がファストファッションの新しさといえるでしょう。(P205

 ぽっか〜ん。口あんぐり、である。そこの社会学。ほんまに大丈夫か?
 ファッションを語る際にはそれにふさわしい文体というものがあるだろう(言葉と語り口が似合ってないのだ)。自由を語るな不自由な顔で(「知識」@吉田拓郎)。

「ファッションを専門的に研究しよう」という学生には、この文章を読ませたくはない。学生は確かに外国語はおろか文学や世界史の知識レベルは中学生並みかもしれないけれど、かれらのファッション感覚について、舐めているんじゃないか。図書館で借りてきて読んだわたしも「バカにされている」と思った。

 京都や神戸に数ある芸術系大学や、服飾やファッション学科がある大学は、結構イケてる学生が集まる。「数学からっきしだめだから、経済とかは京大生に任せとく」みたいな感じで入学してくるが、ファッション誌の編集者なら「キミ一回編集部に遊びにおいでよ」とスカウトしたくなる、とっぽい学生も見かける。

 そういう学生にとって、「低価格でおしゃれ」とか「ブランド品」や「メーカー品」といったタームで(ファスト)ファッションやモードのことを語る大学の教員の授業を聞くのは、「カッコ良いとは何か」を考え、「おしゃれを探求してみたい」という気持ちを挫いてしまうだろう。
 そこのところをこの書き手は完全に裏切ってしまっている。いやそもそもの「カッコ良さ」という魔力とは手を切っている。

GAPは好きなブランドで、Tシャツやビッグロゴのスエットやフーディー(いつからこういうふうに言うようになったのか)、ソックスや冬の手袋などなどたくさん着用したが、この3本のベルトを「IVYバンド」と呼んで大切にしている。使用価値以上のものがあると思う

 

「安い服」にしても「おしゃれな洋服」にしても、ど真ん中の言い方だが、それは一義的に決められない。そこにファッションの世界の「おもしろさやえげつなさ」があって、エキサイティングなのだ。
 まず第一に、ファッションには適正価格なんてない(これをユニクロが転覆させるのであるが)。

「プラダのバッグはナイロン素材。そんなバッグに28万円はおかしいのとちゃうか?」
CHANELのピアス、プラスティック製で15万円。24金ならともかく、単純なマークだけなのに何で?」

 量販店に並ぶ家電とか食品などほかの世界と違うこういうところが、ファッションなのである。クルマのスペックすらない。「コストパフォーマンス」とかの観点や、数字でデータ化されるのを拒むところにモードの楽しさがある。

 ユニクロについては、20数年ほど前。ファッションページを担当していた頃、サンプルがしばしば編集部に届いていた。コスメライターに「この乳液、お試しください」という感じで、あれやこれやが送られてきた。そのなかにカシミアのセーターがあって、これが3800円だった(と記憶する)。

 良い素材でV襟の大きさ形状も非の打ち所がない。Lyle & ScottのカシミアのVネックと似ているが、こちらは軽く10倍ぐらいするはずだ。

 プレス担当者は「ロットがものすごいから安く出来るんです」と言っていた。首の後ろのタグは「UNIQLO」ではなく「CASHMERE」とだけ書いたものだった。

 着ると「あの手触り」がしてさすがに温かい。「良い素材である」ということは小学1年生でも着たらわかる。けれども子どもはデザインのことやジーンズの色落ちの茶道具のようなシブさのことは分からない。
 だからブランドについて、どこそこ産のウールだとか素材のことをとやかく言う記事や評論はつまらない。明石鯛とか魚沼産のコシヒカリとかのグルメ記事じゃない。

ユニクロについては、ヒートテックもソックスも買ったが、着なくなったので捨てた。ファストファッションは「すぐ捨てやすい」宿命になるから、反環境保護である。このTシャツは20年近く前のものだと記憶する。デザイン良し


 そのシーズンの冬のとある寒い日、家に帰る際、南海難波駅改札横のユニクロで紺のVネックと黒のクルーネックの2枚を買った。あまりに気持ちが良いので家でも寝るときにもずっと着るようになってさらに2枚買った。
 洗濯は「安いし買い直せば良いか」と思ってネットに入れてソフランで洗ったら意外とオッケーだったので、それ以来は家でがんがん洗っていた。

 数年経って、買い直そうかと思わなくなったのか、ユニクロがそのセーターを作らなくなったのかどうか、気がつけばもう1枚もない(小さく切って靴磨きの仕上げの布に使っているのがある)。

 使用価値。
 代表選手となるのが、服のパーツだ。コートのボタンやズボンのジッパー。だからわざわざブランド名を刻印して象徴価値に近づける高いイタリアン・ブランドのメーカー。

「適正価格じゃないか」と思ったのは、10年以上前に+Jが登場したときだ。このローゲージのニットはそろそろ肘が擦り切れそう。革の肘パッチをつけようと思ったが、「高くつきそう」なのでやめておいた。ジル・サンダーぽい襟の小さなボタンダウンシャツを色違い柄違いで4枚大人買いしたことがある


 雨が降ってきたので駅のコンビニで傘を買う、庭仕事をするためにホームセンターで軍手を買い物カゴに入れるように、寒くなったので南海電車の難波駅の改札横のユニクロでカーディガンを買おうと入るとカシミアのVネックとクルーネックがあった。

 ただそれだけのことである。
 それだけのことであるが、鏡に映っているユニクロを着た自分は、それがほんまにカッコいいかどうか、そちらの方に重心を傾けているのだがどうなんだろう。

(第19回・了)

次回、2022年1月14日(金)掲載