「お洒落」考 江弘毅

2020.1.22

03服に正統なんてあるんか?

 

LEON』の特集タイトル的な「モテるオヤジはスーツで攻める!」というのを真に受けるのも恥ずかしいが、「チェンジポケットは必須」「袖口は必ず4つボタン本切羽」、ひいては「ブリティッシュ正統派」とかいうのもしんどい。

  この手の「正統」の「ディテール」とかを知ったり、こだわったりするのは結構楽しくてまあ勝手だが、そういうことを言う人にあんまりカッコいいなあと思える人がいないのはどういうことか。

  正統なトレンチコートのアレ、つまりバーバリーやアクアスキュータムをカッコよく着てる人が少ないのと似てるな。
 ちなみに日本人の場合、バーバリーは男が着た場合「どうしょうもないオッサン臭」がする人を見かけることがほとんどで、女性の方が「カッコいいな」と思う人が多い。
 結構難しいのが「正統」なのだ。

  スーツのジャケットには、何のために左のラペルにフラワーホールがあって、右のポケットの上にチェンジポケットが付いてるんか、などなど。
 それは「これはちゃんとしたスーツですよ!」というリアリティを担保するためのディテールであって、フラワーホールつまり襟のボタン穴は本来、「会社や議員章や代紋とかのバッヂを付けるのではなく花を挿すものだ」というのは、どーでもいい話だ。

本切羽だが3つボタン。別にオーダーしたわけじゃない。それの右手だけの第一ボタンを外す。たしかにチラッと見えるチェンジポケットは正統派らしいなあ。チーフはやり過ぎの感ありで反省

 

 スーツに限らず、そこらへんのディテールについては「自分にどうか」で見るほうが正解だ。
 ネクタイのウインザーノットについても「どうでも良いと思う方が良い」と思っている(オレはウインザーノットは締めたことがない、というかよう締めない)。

「服のリアリティ」と「カッコいいこと」の関連って何だ?
 90年代初頭にプラスチックでコーティングしたコムデギャルソンのスーツを着たことがあるが、製品表示のタグに「ウール50%、プラスチック50%/洗えません」て書いてあって、「デザインも素材もそうやが、洗えませんて、こんなん服ちゃうやんけ」と思ったが、「何ものでもないカッコいいスーツ」としてのリアリティがあった。
 川久保玲は「やっぱりすごく考えてるデザイナーやなあ」と思った。
 極端な話、素材が紙でも葉っぱでもナンでも、人が見て「それがスーツなのかどうか」というリアリティなのだ。
 その上に「カッコいいかどうか」がある。

シルエットと丈の長さを見ただけで欲しくなった(セールで←言い訳)このエンポリオ・アルマーニのジャケット。試着して「この服、胸も腰もポケットないやん。袖ボタンもないし」とわかり、買って帰って「あれ、内ポケットもないわ」の徹底して「なにも付いてヘん」ぶり。何ちゅう服や

 


オレ流勝手に決めた準フォーマル的でよく着てる紺のコーディネート。
エンポリオ・アルマーニの紺3つボタン、ポケットなし、ミラノリブみたいな織りのジャケット。3シーズン目。
シャツはジョルジオ・アルマーニ白ラベル・コレッツォーニのスナップダウン。さすがにアルマーニ同士でVゾーンの面積がちょうど良い。20年ぐらい前にこのサックスとベージュとアイスブールの同じやつ3枚を前の嫁はんの社員割引で大人買いした。
パンツはこのジャケットのために買ったバナナ・リパブリック。もちろんバーゲン半額、7千円くらいやった。明るめの紺グレーの感じかよく合ってるやろ。しかし寒いわ。
アスペジの紺コートは7〜8シーズン目かなあ。これもバーゲンやけど4万円ぐらいした。中綿サーモアで割とぬくい。
黒スエードのデザートブーツは普通のクラークス。しかし高なったなあ。
(@aoyama_kobe,facebook2019/1/30投稿より)


 それに比べると、ダブルの上着のピークドラペルとかパンツの裾のシングル/ダブルの幅とか、そんなんはどうでもいい話だ。
 スーツの全体的なシルエットやボリューム感、あるいはパンツの丈に、「これでいいのか?」と神経を使う方が大事な気がする。
 そういう正統的ディテールは、じぶんが思うほどまわりはカッコいいとは認めてはくれないところに、正統派スーツの哀しさがある。

「スーツを着こなす」みたいな志向性はこれまたちょっと恥ずかしいというか、実際に鏡を見て「できてへんなあ」と思うことが多いので、冠婚葬祭とか以外は編集仕事で間違ったことを載せたりして謝りに行くときぐらいしか着ない。

  ふだんは大方カジュアルな格好で過ごすことが多い。人に会う仕事の時はだいたいジャケットとパンツである。パーティーもしかり。
 といっても、以前のようにジャケットにジーンズを合わせて穿かなくなった。別にブサイクだからじゃない(これは結構やってきたから、自信ありまっせ)。
「ちょいワルおやじ」とか「タレント芸能人」とかが穿き出したからだ。 
 ここ数年のジージャンの流行もそうだが、スーツ的世界では本来正統でないジーパンが、トレンドを経て「紺のジャケットにダメージのジーンズ」みたいにそういうふうに「定番化」されると、どんどん面白くなくなってくる。

  胸ポケットにチーフを挿したりするのも、なんだか「オシャレやってますよ」みたいな主張をしているようで、逆に「それって今、普通ちゃうん」と問いただしてみたくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 50歳を超えてスーツの数が以前よりグッと増えた。
 だいたいわたしの場合、ここ10年は地元神戸・三宮の『Brown Brown Kobe』でシングル3つボタンの同じ型、同じサイズを買ってるが、このところの数着はパンツの裾をシングルにしている。
 店主の藤岡氏は必ず「シングル3つボタンのスーツは絶対ダブルですよ」と言うが、「いや、今回はシングルでいくわ」と涼しい顔で頼んでいる。

  で、着方だが、
「完全フォーマル」のドレスコードがないところでは、ABCDのスーツがあるとして、ジャケットがBでパンツがD、ジャケットCでパンツがB……といった「順列組合せ的」に合わせて着ることが多い。

 そういう仕方で着ていてたまたま訊かれて(多分、カッコいいと思ってくれたからと信じている)、「へへっ」などと説明すると、「面白いなあ」とか「それはあかんやろ」とかまあいろいろ反応あるわけだが、こっちとしたらスーツにシャツを合わすように、「チェックのアレと千鳥格子のコレ」「紺の無地のソレと茶色に黄のストライプのアレ」と取っ替え引っ替え、真剣に「ああでもない、こうでもない」とやって、「よし今日の平松洋子さんとのトークショーはこれで行こ」となるわけで、そのへんが「そもそも正統なスーツとは」といった因循なネタを飛び越えておもろいのであった。

 

(第3回・了)

次回、2020年2月4日(火)掲載