「お洒落」考 江弘毅

2020.2.4

04で、どこに何着ていくん?

 

 ちょっとしたパーティーとかお祝い事だから、とスーツを着て行くのではなく、「ある種の店」に行くとき、街場の街的な感覚ではスーツの方が良い、というふうに思ったりする。 

 それは料理人や店の人に良いものを出してもらったり、依怙贔屓してもらったりしてほしいからではない(勿論それもある)。
 そうではなくて、ほかの客がおいしく飲み食いしている風景がないと、こちらもおいしくないからである。だから店の板前や仲居さんやバーテンダー、そして客が醸し出すその店の「おいしい風景」の一人としての責任みたいなものがあるのだと思っている(行き届いた気遣い)。

京都・麩屋町の連日濃厚な大人客が来る立ち呑み「BAR KIYO」にてわたしと祇園の友人・西島博之氏と。かれはこよなくスーツを愛する男で、こんなカジュアルな店でも「やっぱり京都ではスーツがエエな」と思わせてくれるのだ。ん、時計はフランクミュラーやんけ。よう似合ってるわ。


 フレンチやイタリアンというのは「まあ、それなり」で十分で、むしろ気を遣いたくなるのは「割烹」「鮨屋」「鰻屋」……の類だ。カウンターがメインの「旧いバー」などもそうだ。
 その手の店はどんな類のどんな空気の店なのか、街的に良く理解できる人には分かりすぎるぐらい分かりすぎるだろう。

  編集部の近くにあってよく行ってた肥後橋(大阪市西区)の老舗の鰻屋さんは、白い板前着に和の板前帽子の60代(70代かも)の大将が鰻を焼き、出来た鰻重と肝吸いは割烹着に白い3つ折りソックスの仲居さんが運んでくる。
 このおばちゃんが瀬戸物の急須で淹れてくれる番茶からして、とてもうまい。

  これは偏見かも知れないが、こういった鰻屋は若い女性やカップル、あるいは家族連れで人気の店でなく、年配の会社員(ビジネスマンではなくサラリーマン)とその後輩、あるいはお年寄りの女性がひとりで静かに、蒲焼きと燗酒をいただいているようなシブいシーンが見える店の方がおいしいのだと思う。

 鮨屋でも蕎麦屋でもバーでもそうだ。
 そういうオーセンティックな店では、ワイシャツにタイ、カフス、タイピンといった出で立ちの方が絶対うまい。
 カフスとタイピンはこういう店に行く時にあるものだと思って良い。

わたしの知る一番のスーツ着こなしを見せる50代が西島氏だ。 祇園のお茶屋さんの生まれ。「祇園で男に生まれたから、鼻チーンとかんでポイ、言われてます」と笑う。さすがに花街育ちの粋、という「ちょい悪オヤジ」など、逆立ちしても真似の出来ない着こなしをする。

寺町三条にある「京都サンボア・バー」。大正14年創業。Tシャツで行くとマスターから「うちはTシャツあきませんねん」と言われる。友人の西島博之氏はこの店の常連。「スーツは大昔のイタルデザイン、ワイシャツは10年ぐらい前、河原町松原のシャツ屋のオーダー。タイはフェラガモ」。このあと先斗町五番路地の「京都スタア・バー」へ。


 カフス、タイピンが無理な30代前後の若い男子なら、ブルックスブラザースやヴァン・ジャケット風(オシャレなお父さんなどに訊いて下さい)にチェックのスクエアが小さいタッターソールやこれまた小さいギンガムのシャツというのも好感やな。
 ちょい「ガリ勉」が入ってるみたいな、トラッド〜アイビーな感じこそ良しで、ありふれたラルフローレン風とはちょっと違うので、そこのところよろしく。
 夏なら上着なしで半袖のカッターシャツにネクタイというのも、敬虔なモルモン教の信徒みたいな真面目な感じでなかなか鰻屋に合う。

  ミシュランの星を気にしたりガイド本を片手に、基本的に下町である京・大阪にやって来るグルメ客(なぜか東京からが多い)は、その微妙なところが分かってない類の人が多い。
 ドルガバのスーツを着てきたり、エルメスのバーキンを持ってきたりするよりも、仕立てであってもそうとは気づかない普通のスーツで手には仕事帰りの会社の茶封筒、女性の場合は買い物帰りの大丸の紙袋の方が似つかわしい。

  おっと、女性の香水がNGなのとは同様に、手首にフランクミュラーの時計なんかも着けてくるなよ、ここはグランドSEIKOあたりでキメないとあかんで(なかったらCASIOのスタンダードあたり。わかるかなあ)。
 Netflixの人気番組『孤独のグルメ』の松重さんは、この「うまい感じ」を遺憾なく発揮しているスーツ姿(ジャケットを脱いでシャツ1枚になっても決してタイはゆるめない)だと思う。
 ちなみに「シーズン3エピソード6 東京都板橋区板橋のホルモン焼き」だけは、「さあホルモン喰うぞ!」とのことでワイシャツを腕まくりしタイもゆるめていたが、これもさすがに「おいしい風景」である。

  いくらトレンドだといっても、デカいエンブレムの付いたモンクレールのポロシャツに、太ももの肌が覗いたダメージ・ジーンズ、サングラスで、割烹のカウンターに座るのは一番あかん。
 そのロン毛引っ張って、怒突(どつ)いたろか、と思ったりもする。

 理由は簡単だ。横にいてて美味しくないからだ。
 ワインバーやスペインバルとは違うのだ。あるいは仏伊レストランのテーブル席で勝手によろしくやっといてくれ。

  ある種の街場の料理屋、飲み屋にオシャレをして出かけることのおもろさはこの辺の街的感覚にある。つまり「グルメ」ではなく「通」でいかなあかんところが多いのだ。

  ぐじ(甘鯛)の焼いたんでも、海老の天ぷら3本乗った天丼にしても、オールド・パーの水割りにしても、そういう感じを出す服を着ていった方が絶対うまい。

  その「どこに何を着ていくか」のセンスは、流行/伝統、派手/地味という二項対立でももちろんカジュアル/フォーマルといったものではない。そのあたりの感覚は「行儀」に近い。

カジュアルでもスーツ。「これは昔のビームスの麻のスーツにZARAのサーモンピンクのサマーニットと麻のストール。ストールは確か近所の商店街の雑貨店で」


 こないだ神戸の超有名鉄板焼きステーキハウスに行く機会があった。たまたまわたしたちおっさん二人と同じ鉄板にIT小僧たち(根拠はない)が陣取っていて、極上の神戸牛の200gぐらいのデカいヤツを注文していた(カネ持ってそうやった)。
 一人はSupremeのデカロゴ・ニットキャップを被っていた。iPhoneを出してステーキの焼かれ方を撮りまくりなのを見て、まあ芸能人のBALENCIAGAのキャップよりはマシやけど、それはやっぱりあかんぞキミら、ホリエモンの勘違いはその辺にあるんやぞ、などと注意してやった。
 というのは噓で、ほんまに「一発言うといたろか」と思ったがメシがまずくなると思いやめておいた。それでよかった。

(第4回・了)

次回、2020年2月19日(水)掲載