「お洒落」考 江弘毅

2020.4.1

08コートにおける一般論、みたいなもの── まずトレンチコートというくせ者について。

 

 コートは男にとってはなかなか便利な重衣料である。
 ただいろんなコートがあっていろんな着方が出来るだけに、よくわかって着ないと「とほほ」になってしまうアイテムだ。

 防寒着あるいは雨を避けるレインコートとかの実用品、服のカテゴリーとしてはこれが基本だと思うのだが、ふだんはアウトドア系のダウンだけど、ドレスアップの際、あるいはオフィスや営業とかでスーツの上に着る場合がほとんどの人も多い。
 今回はそっち、それだけじゃ寒いからと「上に重ね着する時に、羽織るもの」としてのコートについて、あくまでも私見を前提(いつもどれも私見だけど)として考えてみたい。

 寒い季節の防寒具としてのコートは、このところスーツの上にフード付きのダウンジャケット系の短いコートをあたり前に着るようになってるけど、個人的には「それは流行り物やろ」という捉え方をしている。
 女子大生から六十代のおばちゃんまで、現在進行形でモンクレールの長いダウンコートがステイタス的なモードみたいだが、五十台のオトコの場合はどう見ても「スキーでっか? 山登りに行くんでっか?」みたいな感じが否めない。

 わたしの場合、ダウンはジャケットもベストもそれの中間の半袖のものも持ってるが、あくまでもジーパンとバスクシャツやセーターの上に着る防寒着だ
 それらは基本的にどこまで行ってもアウトドアのガーメントでありカジュアルウエアの域を出ないものだと思う。

 だからスーツやジャケットの上に着るコートとして、「世界の一流ブランド的」にモンクレールとかを買ったり、パタゴニアや、いやノース・フェース、安いしユニクロでええんちゃうん、とアウトドア系のダウンを着ている人は、賞味期限が切れる前に、ここ数シーズンぐらいで着倒して消費してしまうのが賢明かと思う。

 8090年代バブルの頃、「ガラパーティー」みたいな奇妙な寄り合いが流行って、タキシードとかブラックスーツ、ディナースーツみたいな、にわかドレスコード的なアイテムを着て行くみたいな風潮があった。
「せっかく買ったんだからパーティーへ行かなあかん」みたいになって、それでその時に着ていく服が大変なことになった記憶がある。

 シティホテルでは「中森明菜ディナーショー」とかが、とくに年末年始に頻繁にやりだして、まだ30代初めの明菜ファンのオレは一瞬「そら行かなあかん」と思ったが、4万円のフィーに怯んでしまって行かなかった。

 90年代の初めの12月のクリスマス期のディナーショーだと記憶しているが、自分ならあの時にスーツの上にどんなコートを着ていってたのだろうと思うのだが、そんなシティホテルのディナーショーに行くのに、タキシードの上に「バーバリーのトレンチコート」を着てるニーチャンをよく見た。

 ダンヒルのタキシードとバーバリーを「同じ英国ものだから」という理窟で着てた40前後のおっさんもわたしの周りにはいた。多分「バーバリー=コートのステータスブランドだから」ということだったろうが、どう見ても変やでそれ。同じ英国製でもダッフルコートでそれやれへんやろ。
 その時代はすでにアイビーを経ていたので、だいたいがダッフルがどういう服だというのは知っていたから、タキシードに合わせなかったのだろう。

 二重の意味で「それはないやろ」である。
 まずトレンチコートは1850年代のクリミア戦争の際に風雨や寒さを避けるために、英国軍が着用し始めたコートだ。そもそもトレンチは塹壕という意味だそうで、アクアスキュータムやバーバリーを軍が採用した話についてはよく知られている。
 こいつらは完全にパーティーとかフォーマルのためのアイテムではない。ドレスアップとしてタキシードを着てクラークスのデザートブーツを履くみたいな、むちゃくちゃな感じかなあ。またカーキ色の服はシャンパン&キャビア的じゃない。

 モード的に唯一例外だと思うのは、イギリスのモッズ野郎たちが着ていてた、カーキ色のミリタリー系コートだろう。
 まあ、加藤和彦がその昔、タキシードとジーンズを合わせて雑誌『POPEYE』に出てたみたいに、勝手にアレンジして似合う人もまれにいると思うけど、ここは一般論で行くことにする。

 あのバブル時代、同じくブランドものにすこぶる弱かったわたしの場合もトレンチコートを買おうとしたことがある。
 それも「バーバリーよりアクアスキュータムのほうが歴史が古いんや」という、アパレル商社の宣伝文句からの蘊蓄の理由で、「逆張りでそっちにいったれ」と思って試着までしたが、「これは似合わんわ」と自覚した。

 ジャケットよりずっと丈の長いコートの「キメ手」のひとつは「後ろ姿」である。6回目のパンツの丈の際でも触れたが、服を選ぶときはきちっとそのあたりを見てもらえる、信頼できる服屋スタッフが大切なのだ。

 基本的にトレンチコートを着たことがないわたしは、試着して身体をひねって、鏡に映った肩の部分がでろんと後ろに落ちた自分の貧弱な姿を見て、「これはあかんわ」と苦笑した。同時に、コートにしろブルゾンにしろ「なで肩にラグラン袖は合わない」ことを理解した。

 値段も高くて20万円ぐらいしたと思う。今なら「こんなアホほど高くてごてごていろんなもん付いたややこしい、寒いコート、よう買うな。ブランド買いの典型やんけ」と思うが、バブル時の「気分」というのは危ないものがある。
 余談だが「どっちが古い」という理由で、マフラーはバーバリーを買わずに(すでにオシャレな女子高校生のあいだでは流行っていた。おばはんとおっさんは完全にフォロワーである)、アクアスキュータムを買った(いまでも自慢している←アホ)。

 ここ数年トレンチコートはオーセンティックなバーバリー系から、素材や色や丈やデザイン……をあれこれとアレンジした新トレンチまで(ZARAの長丈のトレンチはカッコいいと思う)を含め、トレンドアイテムで、とくに女性は、若い人はカワイく、おばさんはシブく着てる人が多いなあ。

 テイストとしては『シェルブールの雨傘』でギンガムチェックのシャツの上に着てたカトリーヌ・ドヌーヴとか、着古したジーパンに合わせてたジェーン・バーキンみたいなフレンチカジュアルな感じだが、これはレディスのモードの世界だ。
 このトレンドの感じで今風トレンチをうまく来ている若者も多いが、カジュアル慣れしてないおっさんには無理というものだろう。

 オトコの場合、ガタイも重要だ。
 石原裕次郎はあくまでも裕二郎であって何を着ても似合うが、ダブルでボタンがたくさん付いていて、帯やらヨークやら肩章やらが付いていて、ラグラン袖仕立てのトレンチコートの場合は、松方弘樹や宍戸錠さんの方が「日本人の場合のカッコいいトレンチ」であるのは分かるやろ。

 最上級はラガーマンとかレスラーで、マッチョで大柄、肩幅広くて胸板厚。もう一つ言うならデカくてコワい顔面が最上級だと、わたしの長い経験上言えるのではないかと思う次第だ。

 で、友人を引っ張ってくる(ノーギャラでごめんな)。


 わざわざ出てもらってたひとりは、元ワールド・ラグビー部のフォワードで、「世界のワールド」のアパレル営業もやってた金村泰憲くん。
 街の後輩の白川剛くん(ビームスのスタイリング統括課長やぞ)の「70年代の違いますか」の古いアクアスキュータムを「オレの方が似合う」と拝借。
 ボタンも締めず、襟も立てずに、色モノのボタンダウン&ジーンズ、スニーカー履きの上にさっと着る。さすが身長180センチ、胸囲95センチ、顔もイカつい、の3拍子だ。
 たしかにこういうふうにさらっと着るには紺がエエなあ。

 「ちょっと貸してな」と身長176センチ、胸囲89センチのわたしも真似したが、恥ずかしくて見せられない。

 もう一人の友人は、東馬場淳くん。
 路線バスの運転手で、びかびかのメッキタンクのモトグッチV7のナナハンに乗ってる洒落者の52歳。かれはバーバリーを「米軍ミリタリーのMA-1と一緒や」と徹底的な機能服として着続けている。


 腕時計やライターそうだが、かれはこの手の実用がからむ服に五月蠅い。
 ちなみに今日は、ジョンスメドレーのハイネックにJプレスのジャケットを下に着ている。サングラスはレイバンで、ジャッキー・オーがしてた70年代コピー。ハンチングは90年代のニューヨークハット。


 古着で買ったこのバーバリーは2着目。1着目は10代終わり頃(80年代後半)に、アメリカのデパートとのダブルネームのバーバリーを見つけて買った。
 シブすぎるぞ。

 「いまのより薄いホワイトベージュで、水もようはじく生地やし、手榴弾やらをひっかけるDリングやら胸上のヨーク(ガンパッチのことか)やら全部付いてる、ほんまもんのほんまもん」だった。難点は「バイクに跨がるとき、後ろのベントが割れにくい」ことと「手袋とか擦れたりするとすぐ汚れる」こと。

 完全に着たおして、2着目はあれこれ見た後、汚れが目立ちにくい濃いめのベージュにした。もう20年以上も前のことだ。「グリーンかかったカーキは難しいなあ」と加える。
 これはベントもスパッと割れてバイクに跨がりやすいディテールだし、襟のストラップもヨークも何もついていない「ずんべらぼん」なところが良いのだ、と言う(なるほど、わかるなあ)。


「ハンフリー・ボガート・モデルも見たけど40万円ぐらいしたんちゃう」
「アラン・ドロンはポケットの形とかどう見てもアクアスキュータム。しっかしベルトのくくり結びを真似するとキザや」
「ヒットラーのドイツ軍はヒューゴ ボスやろ(だからオレはヒューゴ ボスを着ない)」
 出てくる出てくる。こういう人が、トレンチ好きというのだろう。


 だから、一般人はもちろん、そこらへんのモデル事務所にいる男性モデルとか、ミラノ風のちょい悪オヤジはやってはいけない。
 しょぼい身体の顔だけイケメン風が、むやみに襟を立てたり、袖を通さずに肩で引っかけるのとかはもってのほか。
 だからトレンチはそのあたり、わきまえて着ることが良いかと。逆に言えば、似合う身体と顔が揃っていれば、必殺のアイテムになる。

 そんなことを思ってて、周りのオシャレ人間(♂)たちに聞くと、「買おうと思って、バーバリーはじめあれこれ試着したけどダメだった」「アレはどう着てもおっさんになる」「その昔、古着のアクアスキュータムを買ったが、ほとんど着てないしメルカリにでも出そうと思っている」という声が多い。

 気がつけば人の褌でトレンチばかり書いたが、次は自分自身のコート考で行こうと思う。

(第8回・了)

次回、2020年4月15日(水)掲載