片づけの谷のナウシカ 奥野克巳

2020.1.24

10ベルクソンとアニミズム ――純粋記憶と死者の魂――

 

予知夢とテレパシー

 ユングのいう「同時性」とは、河合隼雄によれば、「自然現象には因果律によって把握できるものと、因果律によっては解明できないが、意味のある現象が同時に生じるような場合とがあり、後者を把握するもの」(河合隼雄 2018[1977]: 202)である。中年までは順調に暮らしてきた人が、中年になってある時突然荒れたり、失敗したりすることがある。それらは、個人の「自我」のほうから見ると、たんに避け難くして起きたことであるが、「自己」のほうから見ると、全体性への回復をつうじて「自己実現」がなされるための一つの巧妙なアレンジメントなのである。
 また同時性という言葉で表されるのは、将来起きること(あるいはほとんど同時に起きたこと)を夢に見る「予知夢」のことでもある。伯父の死の夢を見て目覚めた時、その伯父の死を報ずる電報を受け取ったというのが、それにあたる(河合隼雄 2011[1967]: 9)。哲学者アンリ・ベルクソンは、1913年のロンドン心霊研究協会での講演で、このユングのいう同時性を「精神感応」ないしは「テレパシー」をめぐる問題として取り上げている。
 ベルクソンが出席した国際会議で、偉大な医者兼科学者が、ある聡明な夫人の話として、士官である夫が戦闘でなくなったちょうどその時に、死の光景をまぼろしとして見たことを紹介した。その医者は、それは透視ないしはテレパシーだということができるかもしれないが、まぼろしが実際に起きた(正しかった)場合だけを取り上げて、そうでない場合は考慮していないことを忘れていると述べた。加えて、一覧表を作ってみると、まぼろしと実際に起きたことの一致が偶然のなせる業であることが分かるはずだと言ったという。
 ベルクソンが席を立った時、彼の隣にいた若い娘が、その医者の言うことはどこか間違っていると述べたという。ベルクソンはその娘の考えに賛同している。医者は真実の場合と誤りの場合の数を比較しなければならないと提唱したのだが、ベルクソンによれば、そのことで、その夫人の知覚した光景そのものを無視して、問題を、真実の場合と誤りの場合の数を抽象的に比較することへとすり替えてしまっている。
 ベルクソンは、あの医者と議論するのであれば、きっと以下のように言っただろうと述べている。

「あなたの聞かれた話が信用できるものかどうか、私は知りません。その婦人が遠いところで展開されていた場面を正確に見られたどうかも、私は存じません。しかし、もしその点が証明されるならば、もしその場面に登場している彼女の知らない兵士の顔が現実のとおりに彼女に現れたと証明され、彼女の見たもの以外に本当の幻視が決してなかったとしても、私はテレパシーの実在が厳密かつ決定的に立証されたものと考えます。さらに、一般的に言えば、感覚の働きを拡張するすべての機器を使っても到達しえないものや出来事を知覚する可能性が立証されたものと考えます」(ベルクソン 2012: 107-8)

ベルクソンによれば、兵士の夫人の知覚した精神現象を、近代科学のもとで数値に置き換えることは、その現象そのものに向き合う誠実な態度とは言えない。その夫人の語った経験は、逆に、テレパシーという精神現象を証し立てる証言としての価値があると言うのである。

 

直観と悟性

 わが国におけるベルクソンのよき理解者である批評家・小林秀雄もまた、これに類似する幾つかの精神現象に関する経験と思索を私たちに残してくれている。小林のベルクソン論である『感想』は、太平洋戦争終戦の翌年の母の死後のエピソードから始められている。仏壇に上げるろうそくを切らして、小林が夕暮れに買い物に出かけると、門の前に大ぶりの蛍が一匹飛んでいるのを見た。「おっかさんは、今蛍になっている、とふと私は思った。蛍の飛ぶ後を歩きながら、私は、もうその考えから逃れることが出来なかった」(小林 2015: 12)。しかし、

実を言えば、私は事実を少しも正確には書いていないのである。私は、その時、これは今年初めて見る蛍だとか、普通とは異って実によく光るとか、そんな事を少しも考えはしなかった。私は、後になって、幾度か反省してみたが、その際の私には、反省的な心の動きは少しもなかった。おっかさんが蛍になったとさえ考えはしなかった。何も彼も当り前であった。従って、当り前だった事を当り前に正直に書けば、門を出ると、おっかさんという蛍が飛んでいた、と書くことになる。(小林 2015: 12)

 小林の経験としては、門を出ると、亡くなったおっかさんという蛍が飛んでいたと感じられたということだけであった。小林は、曲筆のないその「童話」に対して、事後の徒な反省によって「妙な気持ち」が浮かんだのだとも述べている。その妙な気持とは、事実の直接的な経験から発したものではなかったのだという。そう述べた後に小林は、「寝ぼけてないでよく観察してみ給え、童話が日常の実生活に直結しているのは、人生の常態ではないか。何もかもが、よくよく考えれば不思議なのに、何かを特別に不思議がる理由はないであろう」(小林 2015: 14)という言葉でこのエピソードを締めくくっている。「おっかさんという蛍が飛んでいた」経験は、特別に不思議がる必要のない出来事なのである。 
 小林のいう「妙な気持ち」とはいったいどのようなものだったのか? それは、論理的思考である「悟性」によって自らを振り返ることで喚起されたものだと言えよう。しかし、精神に関わる経験では「悟性の機能だけでは間に合わぬ何ものかがある」(小林 2015: 25)。その「何ものか」とは、「直観」に他ならない。要するに、直観が先にあって、小林は、悟性を用いて直観による経験を妙な気持であると判断したのである。
 悟性と直観は対立概念ではない。それらは、「対立しながら、その境界を接して、補い合う」(小林 2015: 25)と、小林は言う。小林はこうした見方をベルクソンから得ている。ベルクソンを評して小林は言う。ベルクソンは、「哲学者として直観による精神の解放を目指して歩くのだが、その事は彼の精神が物質の接触を断つという事にはならない。悟性とは精神の物質へ向かう注意力なら、この注意力を補う様に、精神が精神に向う直観と呼ばれる注意力が、これに連結している」(小林 2015: 26)と。精神が精神に向かう時に現れるのが直観であり、精神が物質に向かう時に現れるのが悟性である。その二つは、対立するのではなく、分かち難くつながっている。
 ここでもう一つ、小林の思索にあたってみたい。小林は、民俗学者・柳田國男の『故郷七十年』所収の「ある神秘な暗示」の中で語られる、柳田の直観的な経験に注目する。14歳の頃、柳田が住んでいた家の近隣の小川家の土蔵の下の庭に、亡くなったおばあさんを祀った新しい祠があった。柳田が抑えられない好奇心からその祠の石の扉を開けると、綺麗な蝋石の珠が納められていた。後に聞いて知ることになるのだが、そのおばあさんが生前中風でその珠をしょっちゅう撫でまわしていたため、祠の中に祀ったのである。
 柳田は自分がその美しい珠を見た時のことを語っている。「フーッと興奮してしまって、何ともいえない妙な気持になって、どうしてそうしたのか今でもわからないが、私はしゃがんだまま、よく晴れた青い空を見上げたのだった。するとお星様が見えるのだ。今も鮮やかに覚えているが、じつに澄み切った青い空で、そこにたしかに数十の星を見たのである」(柳田 2016: 56)。

そんなぼんやりした気分になっている時に、突然高い空で鵯がピーッと鳴いて通った。そうしたらその拍子に身がギュッと引きしまって、初めて人心地がついたのだった。あの時に鵯が鳴かなかったら、私はあのまま気が変になっていたんじゃないかと思うのである(柳田 2016: 56)。

 美しい珠を見た時に柳田の心に沸いてきた「妙な気持」とは、直観を悟性から振り返った瞬間の感覚ではなかったか。いずれにせよ、柳田少年は「異常心理」に陥り、鵯の鳴き声で我に返ったのである。 
 小林は、この柳田のエピソードを読んだことを「学生との対話」の中で言及し、「私はそれを読んだ時、感動しました。柳田さんという人が分かったという風に感じました」(小林 2017: 181)と述べ、以下のように語っている。

ここでは、自分が確かに経験したことは、まさに確かに経験した事だという、経験を尊重するしっかりした態度が現れている。自分の経験した異常な直観が悟性的判断を超えているからと言って、この経験を軽んずる理由にはならぬという態度です。例えば、諸君は、死んだおばあさんをなつかしく思い出すことがあるでしょう。その時、諸君の心に、おばあさんの魂は何処からか、諸君のところにやって来るではないか。これは昔の人がしかと体験していた事です(小林 2017: 182)。

 小林は、直観が悟性を超えているような経験を軽視しない柳田の態度を高く評価する。後段ではさらに、亡くなったおばあさんを思い出す時、おばあさんの魂がやって来ると直観するようなことは常識の範囲のことで、当たり前のことなのだと述べている。それもまた特に不思議がる必要のない出来事なのであるが、こうした経験が柳田民俗学の礎になっていると読み込んで、小林は柳田の偉大さを称えるのである。

 

魂の実在性

 小林はこうした議論の延長線上に、魂の実在に関して、ベルクソンに拠りながら以下のように述べている。

ベルグソンの研究によれば、僕らの魂は、脳の組織の中には存在しない。もしも脳組織の中に存在しているのであれば、脳の組織を調べれば魂はわかるわけでしょう? そこにはない。けれども記憶現象は、いわゆる魂は、存在しているのです。これをおかしいと思うのは、古い、習慣的な考え方ですよ。存在するというと、いつも空間的なものを考えてしまうのです。これは僕らの悟性の機能の習慣に過ぎない。(小林 2017: 59)

 脳の組織の中に存在しない記憶、それがすなわち魂の正体である。それは空間的な場所を占めないために実在しないのだと考えられる傾向があるが、「魂の実在というのは、空間的存在ではない。決して物的存在に還元しえないものなのです」(小林 2017: 60)と小林は言う。直観によって魂は実在する。
 ところで、「記憶現象は、いわゆる魂は、存在しているのです」とはいったいいかなることなのだろうか? その点を探るために、ベルクソンに問い尋ねてみよう。ベルクソンは、知覚することと記憶との関係について述べている。

じっさいには、知覚であって、しかも記憶が浸みこんでいないものなど存在しない。自分の感官の直接的で現在的な所与に対して私たちは、みずからの無数の過去の経験についての細部を混入しているのだ(ベルクソン 2015: 65)。

 私たちが対象を知覚する時には、そこにすでに過去の「記憶」が浸透しているとベルクソンは言う。そして「ひとつの知覚はじっさい、どれほどの短時間のものと想定されても、つねに一定の持続を占める」(ベルクソン 2015: 66)。つまり、知覚が成立するには「持続」という一定の時間の経過が必要であり、そこに記憶が含まれていることになる。それゆえに、一瞬の知覚は知覚たりえないし、知覚することとは記憶することに他ならない。
 ここからは、やや抽象度は高まるが、記憶を軸として、精神と物質の関係を探ったベルクソンの論点を追ってみたい。哲学者・中村昇によれば、知覚と記憶が混合した領域、つまり必ず記憶を伴って知覚されるものとは、人間から独立した客観的なものでもなく、だからといって、こちら側からの意識や精神だけから作り上げられたものでもない、精神と物質の中間地帯としての「イマージュ」である(中村 2014: 65)。つまり、精神と物質の間にあるイマージュこそが、記憶が浸透している知覚なのである。これをひっくり返して、精神と物質について考えてみよう。

知覚による情報を一切排除した「純粋記憶」と、記憶がまったく浸透していない「純粋知覚」というわけだ。前者が精神で、後者が物質ということになる。純粋記憶は、生きるための注意がきれいさっぱりなくなったときにあふれでてくる。…(中略)…「純粋知覚」はあくまで理念的(権利上の)存在であり、それが完全なかたちで成立するのは難しい。(中村 2014: 66)

 精神とは、純粋に記憶だけから成るもののことである。精神は魂と呼び変えてよい。
 他方、物質とは記憶を除いた知覚のことである。記憶を全て抹消し、知覚によって純粋に対象にのめりこむならば、物質の一部になってしまう。中村は、それは華厳思想(仏教)でいうところの「事々無碍」に近いと見ている(中村 2014: 67)。
 今一度、知覚する場面に立ち戻ってみよう。知覚の現場では、記憶と知覚が融合し、物質界に精神性が入り込む(中村 2014: 68)。記憶と知覚が融合した精神性が、物質性を超えて広がっていくのだ。
 ベルクソンは、このことを以下のように述べている。「心の働きは脳の働きよりもずっと広いと私たちに考えさせるなら、魂の残存は大いに確実となり、したがって証明の義務はそれを肯定する人よりもむしろ否定する人に課せられることになります」(ベルクソン 2012: 120)と。記憶を伴う知覚が身体を超えて広がっていくという考えを受け入れれば、魂が存在しないなどと言ってはいられなくなるというのだ。

身体組織を超え出る意識という考えに私たちが慣れるにつれて、肉体の滅びた後に魂が生き残ることを私たちは自然だと思うようになるでしょう(ベルクソン 2012: 120)。

 記憶と知覚が融合した知識が身体を超えて広がるという考えを、私たちが常識の範囲で持ち続けているのならば、身体がなくなった後にも魂は残存することになる。かくして、魂は実在する。

 

プナンの死、死者の痕跡なき純粋知覚

 ベルクソンをアニミズムに招き入れるこれまでの試みを踏まえて、最後に、東南アジアの熱帯雨林に住む狩猟民プナンの「魂」について考えてみたい。プナンにとって魂とは、生きとし生けるもののだけでなく、カミや霊を含めた存在者の現存性を規定する重要な三つの要素のうちの一つである。1950年代初頭にプナンの調査研究を行った人類学者であるロドニー・ニーダムは、プナンの人(人格)の概念について記述している。以下では、その概要のみを示す。

プナンは、人間は三つの要素から成ると考えている。身体・魂・名前である。…(中略)…
身体は状態(強さや敏捷さなど)と形態(身体変工など)の変化を経験し、概して内面的な方向づけによって動くが、モノと同じような物質的条件の影響を受けやすい。
魂は状態の変化を経験する点で身体と類似するが、認知できる形態を持たないし、揮発的であるという点で(身体と)特徴としては同じでない。個人の人生をつうじて、魂は持続的で個別的な性質を持つが、実体がないだけに可能な極度の動きの自由を持つ。身体は一時的で死すべきものであるが、魂はカミの永遠なる存在からやって来て、一時的に身体と結合する。
名前によって印づけられるのが、身体と魂の不確かな結合である。名前は人格の一構成要素である。人間は名前なしでは存在しえないからであり、個人がそれによって知られる名前が、身体的および精神的な状態に影響を及ぼすからである。しかし名前は身体と異なり無限に変化する(Needham 1971: 205-6)。

 プナンにとって、人間(kelunan)とは、身体(use)・魂(baruwen)・名前(ngaran)の三要素を備えた存在である。この三要素がそろった場合に、その存在は人間であるとされる(卜田 1996: 111)。ニーダムの説明によれば、そのうち魂とは、揮発的で実体を持たないがゆえに認知できないが、状態の変化を経験する(強くなったり、弱くなったり)ものであり、宇宙の永遠のかなたからやって来て、一時的に身体と結びついている。以下では、ベルクソンを補助線として、ベルクソンの誤読を承知の上で、人間の死を契機として、プナンが常識の範囲で、魂をどのようなものとして捉えているのかを探ってみよう。 
 プナンがかつて森の中を遊動していた時代には、「死が起きると、遺体はできるだけ早く彼らが占有していた小屋の炉の下に埋められ、住まいは取り壊されるか焼き払われ、キャンプは崩れて移動した」(Brosius 1995-6: 200)。プナンは、死者の痕跡に心痛を感じ、心痛から逃れるために死者を埋めて去ったのである(Brosius 1995-6: 200-1)。ベルクソンを援用すれば、死者の痕跡とは、生者にとっての死者の記憶のことであり、知覚の現場で記憶を抹消すること、あるいは魂を滅却することで、目の前にある物質、つまり世界にのめりこもうとするのだと言えないだろうか。
 プナンには、衣服をはじめ個人の所持品があるが、今日人が死ぬと、それらは燃やされる。生者は死者の遺品を暴力的なまでに徹底的に焼き尽くし、死者が生きた空間のかたちを無に帰し、死者自身の痕跡の一切を見えないように取り計らう。その時にも同じように、死者の記憶が知覚の現場から取り除かれ、生者は眼前の世界に入り込む。
 また遺族は、死者の名前を発してはならないとされる。「死者の名前は絶対に言ってはならないし、死者と同じ名前のすべての人は他の名で呼ばれなければならない」(Nicolaisen 1978: 33)。死者は、葬儀で作られた棺の素材である樹木の名前を用いて、「ドゥリアンの木の男」、「赤い沙羅の木の女」などという言い方で仄めかされる。名前もまた死者の記憶に関わるものであり、魂とともに名前は知覚から取り払われ、残された人々は理念上一種の純粋知覚の中に入り、世界にのめりこむ。
 このように、死に際して、死者の記憶が生者の周囲から一掃されるのだと言い換えてもいい。ベルクソン風に言えば、死者の記憶が知覚から排除され、理念上記憶が知覚に全く浸透していない純粋知覚が生み出され、人々は死者の記憶のない眼前の世界に没入する。記憶とはすなわち魂のことなのだとすれば、魂はこの世から断ち切られ、ここではないどこか遠くのかなたにさ迷いながら、やがては消えてゆく運命にあるものとして想念される。
 年に2回プナンの居住地を訪れる際に私が持ち込む、半年前まで生存していた今は亡き者たちの写った写真は、フォトアルバムから引き抜かれ、近親者の目に触れないように処分される。写真とは記憶に他ならない。死者の記憶が呼び覚まされないような工夫がなされるのだ。記憶=魂は永遠のかなたに消えてゆくものとして扱われる。
 しかし、死者の記憶=魂を遠ざける数々の行動によってかえって、死者の記憶=魂は、ある時ふと生者たちによって喚起されることがある。生者たちは、食事を終えた夕暮れから夜にかけて、つかの間の満たされた気分で何もすることがないような時などに、死者の記憶を否応なく呼び覚まされることがある。そんな時、生者たちは、知覚から情報をすべて抜き取った純粋記憶に入っていくのだとは言えないだろうか。
 プナンは「タワイ(tawai)」という言葉を用いて、死者の魂とつながろうとすることがある。「私は父を懐かしく思い出す(Akeu menawai Ame)」。「タワイは、過去の事柄についての記憶と慈しみを意味する」(Jayl Langub 2011: 107)。それは、過去の記憶が呼び覚ます情動を表現する語彙である。
 プナンは、そのように悟性に基づいて言葉を介して死者のことを語ることもあれば、直観により、鼻笛(kerengot)を用いて、死者の魂に触れようとする場合がある。狩猟キャンプに寝泊まりしていたある月の明るい夜更けに、森の奥から鼻笛の震えるような音色が聞こえてきた。私が町に出かけていた間(2週間ほど前に)、誰かが鼻笛を吹いているキャンプに住んでいた10歳にもならない子どもが死んだのだと教えられた。
 死者の記憶は、知覚の現場からひと思いに断ち切られてしまうがゆえに、ふとした場面で立ち戻ってくることがある。そうした死者の記憶=魂に対して、プナンは物悲しい音色の鼻笛を吹いて、死者の魂と合一し、夜の闇に死者を想う。プナンはかつてともに暮らしたが、今ではいなくなった身近な人たちの魂を、直観により、まざまざと呼び覚ますのだ。純粋記憶の全面化。これこそが、プナンが魂と呼んでいるものの正体である。

 

参考文献
河合隼雄 2011[1967]  『ユング心理学入門』培風館。
河合隼雄  2018[1977]  『無意識の構造』(改版)中公新書。
小林秀雄 2015 『小林秀雄全作品 別巻1 感想(上)』新潮社。
小林秀雄 2017 『学生との対話』新潮文庫。
Jayl Langub  2011 ‘Making Sense of the Landscape’, Sarawak Museum Journal 90: 79-110.
卜田隆嗣  1996 『声の力:ボルネオ島プナンのうたと出すことの美学』弘文堂。
中村昇 2014 『ベルクソン=時間と空間の哲学』講談社選書メチエ。
Needham, Rodney 1971  ‘Penan Friendship–names’, In The Translation of Culture
Beidelman
, T.O.(ed.), pp. 203-230.  Tavistock Publications Limited.
Nicolaisen, Johanes  1978 ‘Penan Death- Names’, Sarawak Museum Journal 47: 29-41
ベルクソン、アンリ 2012 『精神のエネルギー』原章二訳、平凡社ライブラリー。
ベルクソン 2015 『物質と記憶』熊野純彦訳、岩波文庫。
Brosius, Peter  1992 The Axiological Presence of Death: Penan Geng Death-Names (Volumes 1 and 2).  PhD dissertation, Department of Anthropology, the University of Michigan, Ann Arbor.
柳田國男 2016 『故郷七十年』講談社学術文庫。

 

この連載は月1回更新でお届けします。
次回 2020年2月24日(月)掲載