片づけの谷のナウシカ 奥野克巳

2020.3.24

12人間であることの最果てをめぐって ~語りえぬものの純粋経験~

 

残された問い

 アニミズムは、19世紀のエドワード・タイラーの定義以来(タイラー 2019)、モノに霊や魂を認める考えだとされてきた。その見方は、けっして間違いではない。
 しかし私たちは、その言い方によって、モノ自体のあり方に目を奪われてしまいがちである。つまり、アニミズムは、人間がモノを感知することによって生成する現象であるという点が、往々にして見過ごされてしまう。その結果、カミが宿る巨木や聖なる石や、森羅万象に八百万の神が宿る日本古来の信仰がアニミズム的であると説明されるのみで、それがどのようなメカニズムにおいてアニミズムとして発生するのかの機序に関しては、ほとんど取り上げられることがなくなる。アニミズムを考える上では、人間とモノの「あいだ」を考えることが重要なのである。精神医学者・木村敏によれば、「あいだ」とは、人間やモノなどの存在しない空白部分ではなく、表面に出ている人間やモノに裏面から作用を及ぼす力の場である(木村 2008: 71-9)。
 こんまりが押し入れやタンスの奥にしまわれていたモノをそこから出して、感謝の念を抱く時、あるいは子どもが寝ようとすると、ベッドがそのタイミングを決めてくると感じる時(第1回参照)、私たちの前にあるモノやベッドは、私たちと同じような、人間と同じような気持ちや思考能力を有する存在として触れられ、感じられている。しかしモノたちは、それ独自に、アニミズムを秘めているのではない。モノたちは、いつ何時でも、人間との「あいだ」にアニミズムとして現れうるのである。
 論点を先取りすれば、アニミズムとは、人間が、人間であることの最終地点に立つことに深く関わっている。それは、モノに向かう人間の精神の問題として現れうる。人間が、人間以外のモノや何者かになりきってしまう直前で、再び人間のほうに還ってくることを含んでいるのだと言い換えてもいい。
 その意味で、アニミズムは、人間による人間のためのギリギリの、人間中心主義の最後の砦であろう。そうした経緯はこれまで、「ダメ人間」や忘我的な人物の物語の中に描かれることが多かった。今回は、雨月物語の「蛇性の婬」、落語の「粗忽長屋」、西行の和歌を順に俎上に載せて、人間であることの最果てとしてのアニミズムについて考えてみたい。

 

雨月物語の豊雄

 上田秋成の『雨月物語』は、18世紀後半、和漢の物語に基づいて創られた、九話から成る近世文学である。『漫画訳 雨月物語』の作者・武富健治によれば、雨月物語の男性登場人物には「ダメンズ(ダメ男)」が多いが、「蛇性の婬」に登場する豊雄もまた、ダメ人間の雰囲気を漂わせている(武富 2016: 339)。「蛇性の婬」のストーリーを追ってみよう。
 紀伊の国の漁業の網元の長男・太郎は、父親の跡を継いで家業に精を出したが、次男の豊雄は生まれつき性格がやさしく、ふだんから風流を好み、実直に生業に勤しむことはなかった。新宮の神官のもとに勉強に通っていた豊雄は、ある日空を見て、雨傘を借りて帰途につくが、雨が降り始めたので、漁師の家に雨宿りに立ち寄った。召使らしい少女と軒下に入ってきた、この世のものとは思えないほどの美しい女性に心を奪われた豊雄は、女に雨傘を貸す。「県の真女児(あがたのまなご)」と名乗ったその女のことが頭から離れず、その夜豊雄は夢の中で、真女児の家を訪ね、契りを交わす。
 翌朝、豊雄は新宮を訪れ、夢で見た家と寸分違わない真女児の家を探しあて、真女児と契りを交わした後、真女児の亡き夫が残した太刀をもらい受けて辞去する。翌朝、その立派な太刀が兄・太郎の目に留まり、豊雄は母親に、お前は、何のためにそれを買ったんだい、米も銭もみな太郎のものなのだよ…こんなことで太郎に憎まれたなら、この世の中でいるところがなくなってしまうではないかと諭される。豊雄は兄嫁に真女児のことを話すが、兄・太郎は、県という人のことなど聞いたことがないし、宝物が紛失したとの噂話もあり、豊雄が太刀を盗んだのであればお家断絶の処罰を受けることになるのではないかと怖れて、豊雄の行状を大宮司に訴え出る。実地検分のため、国司の次官たちと豊雄が荒れ果てた真女児の邸内に入ると、美しい女がいたが、大雷の音とともに消えて見えなくなってしまったのである。
 太刀の一件が妖怪変化の仕業であることが発覚したことにより、豊雄は、姉の嫁ぎ先の田辺の金忠という商家に一時身を寄せることになる。ある時、そこに真女児と召使のまろやが突然訪ねてくる。豊雄は二人のことを怪しむが、真女児はうまく取り入って豊雄と婚儀を済ませ、真女児と豊雄は仲睦まじく暮らし始めた。ある時、金忠の家で行楽に出かけた折、一人の老人が近づいてきて、真女児とまろやを邪神だと見抜いた。二人は激流めがけて飛び込んだかと思うと、水が大空に向かって湧き上がって、姿は見えなくなった。
 大和神社の神官である老人は言う。この邪神は年を経た蛇である。その本性は淫蕩なるもので、牛と交尾しては麟を生み、馬と交わっては竜馬を生むという…これほど執念深いのだから、豊雄は十分慎重にならないと命をなくしてしまうだろうと。それに続けて、

畜が仮の化に魅はされて丈夫心なし。今より雄気してよく心を静まりまさば(上田 2009[2006]: 293)。

豊雄は、あの畜生が化けた女に魅惑されて、男らしいしっかりとした心を失っている。今後は男らしく雄々しい心を奮い起こして、浮ついた心を鎮めなさいと。
 故郷の紀州に戻った豊雄は、心機一転して、豊子という女を妻に迎えるが、ある夜、豊子を見ると真女児だった。祈祷調伏するために呼ばれた鞍馬寺の僧侶は、逆に邪神に取り殺されてしまう。その後、道成寺の法海和尚によって、真女児とまろやは白蛇としての正体を現し、鉄鉢の中に封じこめられたのである。
 この物語の中で豊雄は、兄の稼ぎで暮らしていたが、ある時、蛇の邪神に魅入られて交わり、こちら側とあちら側の「あいだ」ではっきりしない往還を繰り返す。大和神社の神官が言うには、豊雄は、男らしいしっかりとした心を失っているために、邪悪な存在に惑わされている。鞍馬寺の和尚は邪神の調伏に失敗し、道成寺の和尚が正体を顕した白蛇を封じることで、事件は落着する。
 その後豊雄はようやく、人間の住む世界での安定を得る。精神的に浮ついたところのあるダメ男が我を忘れて、あちら側の美しい女性との秘め事にのめり込み、最後にあちら側の世界を封じ込めてしまうことによって、こちら側の世界に戻ってくるというのが、「蛇性の婬」の話の筋である。

 

粗忽長屋の熊五郎

 「粗忽もの」とでも呼ぶべき演目が落語にはあるが、そのうち、五代目立川談志が落語の傑作中の大傑作と呼ぶのが、「粗忽長屋」である(立川 2009: 296)。談志によれば、粗忽者とは、マスクをしたまま唾を吐いたり、掛けている眼鏡を捜したりする慌て者のことである(立川 2009: 296)が、「粗忽長屋」に出てくる人物たちは、その次元の粗忽者ではないのだという。以下、ストーリーを辿ってみよう(立川 2009: 306-322)。
 八五郎は、浅草の観音様のお詣りの帰り道、仁王門のところで大勢の人が集っているのに出くわす。「行き倒れ」を確かめる八五郎と、その場の世話役はこんなやり取りをする。

「こりゃァ……熊の野郎だ。脳天熊五郎だァ」……
「いやね、誰も身寄りが判んなくて困ってたとこだよ。よかった……てえと誰も知り合いも身寄りもいないの?」
「いないよ俺だけが頼りなんだからァ……」
「じゃ、ま、仕様がない、お前さん、これ引き取ってくれないかい」
「おう、いいよ。いいけどね、俺より当人のほうがいいだろう」
「何ィ?」
「当人」
「“当人”って……」
「行き倒れの当人、熊公…(中略)…当人を連れてきて引き取らせるよ、今朝寄ったらね、変な顔しやがってね。お詣りに行こうったら、“行かねえ”なんて……」
「今朝会ってんの? あ、そう、じゃ違う。これは昨夜から此処に倒れてんだから……」
「昨夜から……? ……おかしいじゃねえか。俺は今朝会ってんだから」……「いや、駄目だって……、その、おい、困ったな、駄目なのはそっちなんだよ、落ち着かなきゃ駄目だよ」……
「いえ、すぐ連れてきますから、この人を見ててくださいよォ……」
「いえ、あの、オイ……オーイ、あのネ、お前さん、そこでニヤ~笑ってないで何とか言ってやっとくれよ」

 行き倒れを前にしたこうしたやり取りの後、熊五郎を長屋に訪ねた八五郎と熊五郎のやり取りの場面。

「死骸を引き取りに……」
「誰の」
「お前の」
「うん、俺?……オレのォ?」
「そうよ、嫌か」
「嫌じゃないけどさァ、今頃ンなって、“これは私の死骸です”、昨夜忘れて……なんて、きまりが悪い……」

この後八五郎はどうにか熊五郎を長屋から連れ出し、再び行き倒れの現場に向かう。

「どうも、先ほどは……」
「あーっ、また来た。あの人は。仕様がねえな、ありゃァ。”行き倒れの当人を連れてくるんだ“って……。嫌だよ、私は。誰か代わっとくれょ……。どうした? いなかった? ……いた、……ああ、いた……。でも違ってたろ」
「ええ、まあ、あのォ、話をしましたらね、最初のうちは”俺は死なねえ”死んだ気持ちがしない”なんて言ってましたよ。その気持ちは理解りますからね。で……いろ~~話をしたら、“ボォッ”としてるけど馬鹿じゃねえんですから、順にこう、言ってやったら理解りまして……“死んだ”ということが理解りました。もう大丈夫です。……こっちへ来い。こっちへ来い。あのォ……こ奴でござんす。おい。よくお礼を言いな。あのおじさんにお世話になってんだから」
「……どうも済いません。ちっとも知らなかったんです。兄貴に言われて判ったんです。昨夜ここで死んだそうで……」
「嫌だなァ、同じような人がもう一人増えちゃった。駄目だ、こりゃァ。この人が行き倒れの当人だってさ」

「うーん、俺かなァ……」と死骸を見て呟いた熊五郎に八五郎は、熊五郎の「不甲斐なさ」を諭す。

しっかりしてくれよ、だから、よく俺がお前に言うだろう。“朝はちゃんと顔を洗え、鬚を剃れ”って。別に洗ったり、剃ったりすることよりも、鬚を剃りゃァ鏡を見るだろ。毎日鏡で自分の顔ォ見てりゃァ、何処で自分に会ったって、すぐ“俺だ”って判るんだ。俺なんざァ、毎日自分の顔を見てるから、どこで俺に会ったって、“あれは俺だ”って判らァ。お前はそれが出来ないんだ。いいか、俺はな、俺が判って、お前も判る。両方判る俺が見て、“これはお前だ”って言ってんだぞ。しっかりしろい(立川 2009: 321-2)。

死骸をよく見てそれが自分だと「分かった」熊五郎が死骸を抱き上げる。そして、「粗忽長屋」の有名な下げ(落ち)の場面での熊五郎の言葉。

そうだ~、これは自分の物なんだから、自分で抱いて、俺は……ウーン……何だか判んなくなっちゃったぞ。抱かれているのは確かに俺だけど、抱いている俺は誰だろう(立川 2009: 322)。

 演者である談志は、これは「粗忽長屋」ではなく、「主観長屋」であるという。「『粗忽長屋』の内容というのは、果たして粗忽なのか、待てよ。あまりにも主観の強い人間に会うと、自分の死まで判からなくなってしまうのではないかと、思った。つまり、存在というのは他が決めることで、アリバイじゃないが、それがないと、己で己の説明すら人間はできない」(立川 2009: 322)。主観の強い人間とは八五郎のことで、自己の死までが判からなくなったのが熊五郎である。八五郎が熊五郎の自己存在を決めるというのだ。
 また談志によれば、

主観の強い奴に会うと、人間己の生まで判んなくなってしまうのではなかろうか。所詮、人生は虚なんだし、そこに知性で存在というものを作っているだけなんだから……。(立川 2009: 325

熊五郎は虚な人間の典型で、主観で生きている八五郎によって自己の存在をつくられるのだという。
 これに対し、精神分析医・藤山直樹は、熊五郎は八五郎の説得により、「長屋にいながらも浅草の観音様のそばにいる、死んでいながらも生きて道を歩いている、という根本的に矛盾した状態に入ってしまう」(藤山 2012: 123)のだと分析する。言い換えれば、その根本的に矛盾した状態」とは、「ここにいる自分とあそこにいる自分、生きている自分と死んでいる自分をただ静的に並置している」(藤山 2012: 123)「人工的な乖離状態」である。
 八五郎によって熊五郎という二人に引き裂かれている人工的な乖離状態が「確立された」直後に、下げに突入する。そこで熊五郎が「自分の死体」を抱きかかえようとして発する言葉――「抱かれているのは確かに俺だけど、抱いている俺は誰だろう」――を観客が受け入れることに、藤山は注目する。

熊五郎のこころに人工的に作られた、二つの矛盾した自己のあいだのまったく対話することなく切り離されていた乖離がゆるみ、対話が再開し矛盾の自覚と疑問の生成が起きる。乖離という永遠の静止した死んだ世界に、ふたつの自己が交わることによって、自発性と探求という生の要素がまさに誕生する瞬間が奇跡のように姿を現わす(藤山 2013: 124)。

つまり、熊五郎にふたつの自己がありうる矛盾した状態から、「自発性と探求」という意識をそなえた自己をひとつだけ持つ人間の生の領域へと熊五郎が還ってこようとしているということが確認できたことによって、観客の安堵がもたらされるというのである。
 熊五郎は八五郎に説き伏せられて、もう一つの自己を自己と思い込もうとする。死体を抱く瞬間になって、その思い込みは崩壊の兆しを見せる。その時、自己の足場はすでに別の自己のほうに移っている。「抱かれているのは確かに俺」なのだ。しかしそうすると、今しがた別の自己を抱き上げたこの俺が誰なのかが分からなくなる。「抱いている俺は誰だろう」と、熊五郎は呟く。
 この二つの自己からなる人工的な乖離状態の崩壊は、熊五郎「本来」の自己を自己として確定することに還ってくる兆しを含んでいる。「蛇性の婬」の豊雄が、男らしく雄々しい心を奮い起こして、浮ついた心を鎮めたように、熊五郎もまた、まっとうな人間の側に還ってくる兆しがあると、観客は予想すると同時に胸をなでおろす。
 人工的な乖離状態となって、熊五郎は、ここにいる自己とあそこにいる自己との「あいだ」を往還したのである。その力の場に、アニミズムが見え隠れする。なぜならば、アニミズムとは根本的に、本連載で述べてきたように、こちら側からあちら側へ往って還ってくる動きを含む現象だからである。
 あちら側にいる自己の中に入り込んでいってしまうのではない。あそこにいる自己を見ながら、こちら側にいる自己を意識する。熊五郎は逆に、ここにいる自己を見ながら、あそこにいる自己を持っている。熊五郎の意識は二重化している。アニミズムは、こうしたパースペクティヴの揺れに深く関わっているのだ(第7回参照)。

 

和歌を詠む西行法師

 アニミズムは、その意味で、人間の精神のあり方の問題であるのだと言えよう。この課題をより深めるために、時代をやや遡って、西行法師の和歌に息づいているアニミズムの可能性を探ってみたい。
 12世紀の初頭に鳥羽院下北面の武士を務めた佐藤義清は、妻子を捨て23歳で出家し、その後全国各地を経めぐって、仏教の行をしたり和歌を作ったりして生きた。宗教学者の山折哲雄によれば、「西行は何者にもなろうとしなかった人間ではないか、と思う」(山折 1995: 142)。「西行は高野山で修行していたかと思うと、やがて伊勢に参詣し、そこに草庵まで結んで神宮の神官たちに和歌の指導をしたりしている・・・・・・勝手気ままといえ、これほど勝手きままな行き方もないのではないだろうか。勝手きままというのが悪ければ、いっそ自由自在な生き方といってもよい」(山折 1995: 143)。
 小林秀雄は、西行について述べている。

西行の実生活について知られている事実は極めて少いが、彼の歌の姿がそのまま彼の生活の姿だったに相違ないとは、誰にも容易に考えられるところだ。天稟の倫理は人生無常に関する沈痛な信念とを心中深く蔵して、凝滞を知らず、頽廃をしらず、俗にも僧にも囚われぬ、自在で而も過たぬ、一種の生活法の体得者だったに違いないと思う。(小林 2009[1961]: 92

西行は、俗でも僧でもない自由を貫いた生活法の体現者だったのである。
 西行には吉野山の桜を詠んだ歌が多いが、白洲正子によれば、平安時代までの吉野山は山岳信仰の霊地であったため、険阻な秘境だった。西行のように、吉野山で桜の花に埋もれて陶酔した人間は珍しいという(白洲 2019[1996]: 113)。
 以下、吉野の桜を詠んだ有名な西行の和歌である。

吉野山梢の花を見し日より心は身にもそはずなりにき(『山家集』)

「吉野山の花をはるか遠くから望み見たその日から、私の心は花でいっぱいになって落ち着かない」(西澤 2010: 59)というのである。白洲は、「花にうつつをぬかした心が、身を離れて浮游する」(白洲 2019[1996]: 114)と、この歌を解している。小説家・辻邦生は、西行を扱った小説『西行花伝』の中で二箇所、この歌を詠った時の西行の心情を以下のように描いている。

私にはもはや虚ろな身体しか残っていなかった。それは私でありながら、私でなかった。本当の私は、花また花のこの歓喜のなかで踊っていた。(辻 2019[1999]: 447

この歌の中で、私は、桜の美しさに惚れぼれとした瞬間、心が我という薄暗い家などまったく問題にせず、そこを離れて梢の花に同調(ともなり)しつつ、花の歓喜(よろこび)と一つにときめいているのを表したかったのである。(辻 2019[1999]: 587

西行は桜の中に入り込んで、私でありながら私でないという境地に達している。また、花と同調して一つとなってときめいて、身体には何も残っていないという思いが、この短歌には表現されているのだと解釈できよう。
 宗教学者の山折哲雄は、この歌を以下のように読み解いている。

自分の魂がいつの間にかこずえのほうに抜け出ていってしまう。花のほうに浮動する心といってもいい。そしてそのまま、それが再び自分の身体に戻ってこない気がする――そのような気持を詠んだ歌である(山折 2010: 190-1)。

このような心のことを山折は、ある事柄に触れて感動のあまり心が体から離れていく感覚、つまり「遊離魂感覚」あるいは「霊肉分離の感覚」と呼んでいる(山折 2010: 191-2)。日本人は古来、人が死ねばその魂は体から離れて自然のそばに浮遊していくと考えてきたし、そのことが『万葉集』の挽歌には繰り返し歌われてきている(山折 1976: 98)。山折はそれをまた、「神道感覚」とも呼んでいる(山折 2010: 192)。
 古来の「神道感覚」の現われであるこうした和歌に対して、山折は、6世紀の仏教伝来以降の「仏教感覚」とでも呼ぶべき、もう一つの感覚が、西行の和歌の中には潜んでいると考えている。例えば、以下の和歌が挙げられる。

山の端に隠るる月を眺むれば 我も心の西に入るかな(『山家集』)

「山の端に沈んで隠れる月を見続けていると、私の心の月も一緒に西に入り、西方浄土に入ったような心境になる」(西澤 2010: 250)という意味である。徹夜で念仏を称えていた西行は、西の空を移動する月を見ているうちに、自分も心も一緒になって西方浄土に入って行くような心境になり、心と身が一体になった「心身一体」の感覚で、西方浄土への再生を望んでいるというのが、山折の解釈である。
 山折によれば、前者の歌(吉野山の桜)が、身体から魂が離れてしまう遊離魂的な心情、後者の歌(山の端の月)が、身体と魂が一体化する心身一体的な心情が詠まれた歌で、西行という一人の詠み手の中に「神道感覚」と「仏教感覚」の両方が同居している。言い換えれば、こちら側から魂だけが抜け出てあちら側(桜の花)へと往ってしまう感覚と、こちら側から魂と身体がともにあちら側(月)に往ってしまう感覚の二つが、西行のうちにあったのだと見ることができる。
 魂だけなのか、魂と身体ともになのかの違いはあれ、これらの和歌の主題は、自分が桜の花ないしは月の中に入り込んだり、向かっていこうとしたりする感覚である。こちら側とあちら側の「あいだ」に生じるこういった感覚こそが、アニミズムと呼ばれているものに他ならない。

 

西田幾多郎の純粋経験

 これまで、「蛇性の婬」の豊雄から始めて、「粗忽長屋」の熊五郎と和歌詠みの西行の中に順に見てきたのは、主体である人間が、客体の世界に引き入れられたり、客体と見分けがつかなくなったり、客体の中に入り込んだり、客体のほうに往ってしまうというテーマであった。それらは、主体と客体の問題であると言い換えることもできるだろう
 ここでは、主客の問題に関して真正面から挑んだ哲学者・西田幾多郎の思索を手がかりとして考えてみたい。西田は、「花を見る経験」について、以下のように述べる。

我々が物を知るということは、自己が物と一致するということにすぎない。花を見た時は即ち自己が花になって居るのである。花を研究してその本性を明にするというのは、自己の主観的臆断をすてて、花其物の本性と一致するの意である(西田 2019[1950]: 124-5)。

「花を見た時、自己が花になる」と西田が言うのは、一方に心、他方にモノを置き、それぞれを独立したものと捉え、主客を対置させる図式的な理解への批判がある。西田は、主客の対置は事後的に、分析的な理性によってなされるのであって、もともとの経験には、主客の区別や対置はないと考える。

元来精神と自然の二種の実在があるのではない。この二者の区別は同一実在の見方の相違により起るのである。直接経験の事実においては主客の対立なく、精神物体の区別なく、物即心、心即物、ただ一箇の現実あるのみである(西田 2019[1950]: 239)。

西田によれば、まず意識される対象があって、私たちが意識するという意識現象があるのではない。「物即心、心即物」の事実があるのみだと言う。どういうことだろうか。西田が挙げる、以下の美しい音楽の例を見てみよう。

恰も我々は美妙なる音楽に心を奪われ、物我相忘れ、天地ただ嚠喨(りゅうりょう)たる一楽声のみなるが如く、この刹那いわゆる真実在が現前して居る。これを空気の振動であるとか、自分がこれを聴いて居るとかいう考えは、我々がこの実在の真景を離れて反省し思惟するに由って起ってくるので、この時我は己に真実在を離れて居るのである(西田 2019[1950]: 81)。

例えば、私たちが、音楽の妙なる調べに心を奪われている時、それを例えば空気の振動に置き換えて考えるならば、「実在の真景」あるいは「真実在」から離れてしまう。この真実在とはいったい何であるのか。

主客の未だ分かれざる独立自全の真実在は知情意を一にしたものである。真実在は普通に考えられて居る様な冷静な知識の対象ではない。我々の情意より成り立った者である(西田 2019[1950]: 80-1)。

西田は、真実在とは、「知情意」を一つにしたものであって、そこから情意を引いたものが知すなわち知識の対象となる。「情意を除き去った知とは、幅のない線と同様に、実際には存在しない」(藤田 1998: 76)のであり、「『情意』を排除すれば排除するほど、われわれは『実在の真景』から遠ざかる」(藤田 1998: 80)。

実在の真景とはただ我々がこれを自得すべき者であって、これを反省し、分析し言語に表しうるべき者ではなかろう(西田 2019[1950]: 85)。

「自得」とは、ベルクソンの言う「直観」に均しい(藤田 1998: 86)。それは、事柄を外側から捉えるのではなく、事柄の中に入り込み、内側からそれを捉えようとする態度のことであり、自得されるのは実在の真景あるいは真実在である。「経験するというのは事実其儘(そのまま)に知るの意である」(西田 2019[1950]: 17)。

例えば、色を見、音を聞く刹那、未だこれが外物の作用であるとか、我がこれを感じて居るとかいうような考のないのみならず、この色、この音は何であるという判断すら加わらない前をいうのである。それで純粋経験は直接経験と同一である。自己の意識状態を直下(じか)に経験した時、未だ主もなく客もない、知識とその対象とが全く合一して居る。これが経験の最醇(さいじゅん)たる者である(西田 2019[1950]: 17)。

主観と客観という構図が描かれる以前の段階で、言葉で言い表される以前の事実それ自体(藤田 1998: 42)を、西田は直接経験であると捉え、それを「純粋経験」と呼ぶ。
 西田の議論に沿って振り返れば、古典落語「粗忽長屋」の熊五郎が、行き倒れの死体をふと自分と同一視したのは、主体と客体、自己と他者を切り分ける以前の真実在の経験、言葉で言い表される以前の事実自体の経験だったのではないだろうか。それは、「未だ主もなく客もない、知識とその対象とが全く合一して居る」経験ではなかったか。西行が桜の花を見て魂があくがれ出ていった経験や、念仏を唱えていて移りゆく月とともに身体と魂が西方浄土に入って行くように感じられた経験もまた、主客未分の真実在、つまり一種の純粋経験だったのではないだろうか。
 哲学者・藤田正勝は、純粋経験とは、「主客対置と言語化以前」の直接経験であり、主客対置および言語化される「公共的空間」を基点として、私的な純粋経験に入って行くことだと述べている(藤田 1998: 70)。さらに、純粋経験から、再び主客が対置され、言語化された公共的空間に還ってくることもできる。
 哲学者・中村昇によれば、厳密に言えば、純粋経験が「意識状態の直下の経験」だとすれば、それは事後的に意識だと言えるだけで、それがどのようなものなのかは何とも言えない。そして何か分からない事態が生じているというのは、何も起こってないことに均しい(中村 2019: 37-9)。そうした困難を純粋経験は孕んでいるのだが、ここでは中村に従って、純粋経験を、「主客の分離はまだだが、結果的にそうならざるを得ない方向性」(中村 2019: 27)を有するものとして捉えておきたい。主客が登場してくる潜在的状態があると考えなければ、それを経験とは呼べないからである。
「アニミズム」と呼ばれる現象が、人間による言語化を踏まえており、人間の主観を含むものだとすれば、それは、人間が公共的空間と私的な純粋経験の領域を往ったり来たりする過程で現れうるものだと言うことはできないだろうか。私的な純粋経験の世界に深く分け入り、その経験に浸りきるのではなく、公共的な空間に還って、当の現象を客観的に判断しつつ言語化の水準で知ろうとした時に現れるのが、アニミズムだったのである。
 西田に即して述べれば、モノに魂を見たり感じたりするアニミズムが可能になるのは純粋経験に触れることによってであるが、逆にアニミズムとは、人間が事後的にその経験を判断し、言語化した時にのみ立ち上がってくるものだったということになる。それは、モノを客体視し、それに魂を見るのが人間だけであるという点を考えてみた場合に辿り着く一つの見方である。
 こうした点を踏まえれば、シベリアのユカギールのアニミズム(第7回)で見た、人間とエルクの主客の高速交換に関する議論は微修正されなければならない。ユカギールの狩猟者は、主客が対置され、言語が用いられる公共的空間から、エルクとの共感からなる、主客未分で言語化以前の私的な純粋経験へと入り込む。狩猟者が往還するのは、公共的空間と私的空間なのである。今となっては、公共的空間と私的な純粋経験の領域の「あいだ」にアニミズムが姿を現すのだと捉えたほうがより正確であろう。

 

不在の騎士のグルドゥルー

 さて、これまでのところで、アニミズムがいったい何であるのかを引っ張り出すことができるもう一歩のところにまで辿り着くことができたのではないだろうか。ここで論じたアニミズムが間違っていないのであれば、ここからはとびっきりのアニミズム小説を味読し、楽しむことが可能になるだろう。以下では、イタリアの小説家イタロ・カルヴィーニの『不在の騎士』を取り上げてみたい(カルヴィーノ 2017)。
 主人公は、シャルルマーニュ卿の軍隊の、白い美しい甲冑をまとっているが、中身が空っぽの「不在の騎士」アジルルーフォである。彼の部下となったグルドゥルーが、ダメ男であり忘我状態を生きるアニミズムの好例である。
 シャルルマーニュの前に現れた男は、「おお、家鴨だ、家鴨だ!」と大声をあげていた。しゃがみこんで両手を背中にまわし、足を水鳥のようによちよちもちあげて、「クワッ……、クワッ……、クワッ……」と言いながら歩いていた。巨将たちが「それが皇帝陛下にご挨拶申し上げる態度だと思っておるのか?」と怒鳴ると、笑い声をまじえた嬉しそうな声をあげて、グルドゥルーは、舞い立った家鴨の群れについていこうとするのだった。村娘は「ときどきあんなふうになるんだよ。家鴨を見ちゃあ、間違えるんだ。自分もそうだって思いこんじゃうんだ……」と言う。
 とそのうち、今度は沼でグルドゥルーは「ゲロッ!ゲロッ!ゲロッ!」と蛙になって沼に落ちてしまった。グルドゥルーは魚といっしょに網の中に入ってしまったり、梨の実が転がるのを見て自分までが梨の実のように転がったりするのだった。
 グルドゥルーは、家鴨の群れを見れば、自分も家鴨と間違えて、家鴨のような声を上げ、家鴨たちについていこうとする。蛙を見ると蛙になって沼に落ちるし、魚を見れば魚になって、人間が仕掛けた網の中に入ってしまう。
 目の前の動くモノたちに引き寄せられて、そのモノになってしまうのだ。グルドゥルーは、その間、人間に呼びかけられても、気づかないのだという。しかしグルドゥルーである限り、いつかまた彼はグルドゥルーに還ってくるのだろう。
 上で見た考えをあてはめると、グルドゥルーが主体として、客体になるのではなく、グルゥドゥルーは言葉や知識で整理されない、主客未分の真実在の領域に迷い込んでいることになる。そして、彼は再びいつの間にか公共的空間に還ってくるのだ。
 ところである時、シャルルマーニュからスープを与えられたグルドゥルーは、

地面に置いたスープ皿のなかに頭を突っこみ、どうやらその中に入りこもうとしているところなのだった。善良な畠守は近づいていって、背中を一つたたいてやった。
「いつになったらわかってくれるんだね、マルティンスール? スープを飲まなきゃなんないのはお前さんで、スープがお前さんを飲むんじゃないんだよ! 忘れちゃったのかい? スプーンでスープを口に持っていくんだ……」(カルヴィーノ 2017: 46)。

グルドゥルーは、スープを飲もうとして、スープの皿に頭を突っ込んでしまう。畠守の言葉から、グルドゥルーは、自分が自分なのかスープなのか分からなくなって、スープになって自分を飲もうとしていることが分かる。グルドゥルーにとって、スープを飲むことは、その時、グルドゥルーがスープを飲むのではなくて、スープがグルドゥルーを飲むことなのである。
 そこでは、グルドゥルーの主客が逆転してしまっていると見ることもできよう。グルドゥルーは、主客未分の純粋経験の領域に入り込んで、はたと自分が何をしているのかに気づき(気づかされ)、さらに、知らない間に再び、主客未分の領域に入るという往還を繰り返すアニミズムを生きているのだと考えることができるだろう。公共的空間と私的な純粋経験の「あいだ」にこそ、アニミズムが生まれる力の場がある。
 グルドゥルーは、公共的空間に居ながら、主客がよく分からなくなるようだ。彼は、主客が対置されるのではない主客未分の私的な真実在の領域に入り込んで、人間の言語ではない鳴き声を発したり、スープになったりする。そうかと思えば、彼は楯持ちという公共的な役割を与えられて、不在の騎士アジルルーフォの部下としてまっとうに働いていたりするのだ。
 グルゥドゥルーは、人間であることの最果てであり、アニミズムの体現者なのである。

 

参考文献

上田秋成 2009[2006]  『改訂 雨月物語』鵜田洋訳注、角川ソフィア文庫。
カルヴィーノ、イタロ 2011 『不在の騎士』米川良夫訳、白水社ブックス。
木村敏 2008 『自分ということ』ちくま学芸文庫。
小林秀雄 2009[1961]  『モオツァルト・無常という事』新潮文庫。
白洲正子 2019[1996] 『西行』新潮文庫。
タイラー、エドワード B.  2019  『原始文化〈上〉』松村一男監修、奥山倫明+奥山史亮+長谷千代子+堀雅彦訳、国書刊行会。
武富健治(漫画)・上田秋成(原作) 2016 『雨月物語』PHP。
立川談志 2009 『談志の落語 二』静山社文庫。
辻邦生 2019[1999] 『西行花伝』新潮文庫。
中村昇 2019 『西田幾多郎の哲学=絶対無の場所とは何か』講談社選書メチエ。
西澤美仁 2010 『西行――魂の旅路』角川ソフィア文庫。
西田幾多郎 2019[1950]  『善の研究』岩波文庫。
藤田正勝 1998 『現代思想としての西田幾多郎』講談社選書メチエ。
藤山直樹 2013 『落語の国の精神分析』みすず書房。
山折哲雄 1976 『日本人の霊魂館――鎮魂と禁欲の精神史』河出書房新社。
山折哲雄 1995 『西行巡礼』新潮文庫。
山折哲雄 2010 『天皇の宮中祭祀と日本人――大嘗祭から謎解く日本の真相――』日本文芸社。

 

 本連載はこれで終了です。ご愛読ありがとうございました。
 年内に
、加筆修正を加えた単行本が発売予定です。ご期待ください。