片づけの谷のナウシカ 奥野克巳

2019.12.1

08宮沢賢治を真剣に受け取る(後編)

 

「なめとこ山の熊」

 なめとこ山の頂には風が通って、白い細長いものが落ちて大空滝となっている。昔はそのあたりに熊がたくさんいたという話から宮沢賢治の「なめとこ山の熊」は始まる。その山の熊の胆は有名で、熊捕り名人の淵沢小十郎がそれを片っ端から捕った。小十郎は山刀とポルトガル伝来というような大きな重い鉄砲を持って、たくましい黄色い犬をつれて山や沢や森をまるで自分の屋敷を歩いているという風に歩いた。
「なめとこ山あたりの熊は小十郎をすきなのだ。その証拠にはクマどもは小十郎がぼちゃぼちゃ谷をこいだり谷の岸の細い平らないっぱいにあざみなどの生えているとこを通るときはだまって高いところから見送っているのだ」(宮沢 1990b: 343)。「小十郎はぴったり落ち着いて樹をたてにして立ちながら熊の月の輪をめがけてズドンとやるのだった。すると森までががあっと叫んで熊はどたっと倒れ赤黒い血をどくどく吐き鼻をくんくん鳴らして死んでしまうのだった」。小十郎はクマの傍で、憎くて殺したのではない、仕方なく猟師をしている、因果な商売だ、この次は熊に生まれてくるなよ、と言うのだった。
 そして、小十郎には熊の言葉が分かるような気がした。母熊と子熊が淡い六日の月光の中で、向こうの谷を見つめて話しているのを聞き、「なぜかもう胸がいっぱいになってもう一ぺん向こうの谷の白い雪のような花と余念なく月光をあびて立っている母子の熊をちらっと見てそれから音をたてないようにこっそり戻りはじめた」。
 小十郎が町に熊の皮と胆を売りに行くと、熊の皮を二円で買いたたかれる。「実に安いしあんまり安いことは小十郎でも知っている」。「あんな立派な小十郎が二度とつらも見たくないようなやつにうまくやられることを書いたのが実にしゃくにさわってたまらない」と、語り手は述べている。
 ある年の夏に木に登っている熊に小十郎が銃を突きつけると、熊は木から降りて両手をあげて叫び、「もう二年ばかり待って呉れ、おれも死ぬのはもうかまわないようなもんだけれども少し残した仕事もあるしただ二年だけ待ってくれ。二年目にはおれもおまえの家の前でちゃんと死んでいてやるから。毛皮も胃袋もやってしまうから」と言って歩き出した。

それから丁度二年目だったがある朝小十郎があんまり風が烈しくて木もかきねも倒れたろうと思って外へ出たらひのきのかきねはいつものようにかわりなくその下のところに始終見たことのある赤黒いものが横になっているのでした。…(中略)…そばに寄って見ましたらちゃんとあのこの前の熊が口からいっぱいに血を吐いて倒れていた。小十郎は思わず拝むようにした。(宮沢 1990b: 351

不思議なことに、小十郎に二年間の死までの猶予を申し出た熊がちょうど二年後に小十郎の前に死んで現れたのである。このことは、北米北方狩猟民の「動物にひそむ贈与(gift in the animal)」を想起させる。北米北方狩猟民は、自らの身を捧げることによって贈り物となった動物から、儀礼をつうじて返済すべき負債を抱える。狩猟とは、そこでは、狩猟者と動物の間の長きにわたる互酬的な交換関係である(ナダスディ 2012: 292)。
 人類学者のポール・ナダスディは、カナダのクルアネの調査中に自らが経験した「動物にひそむ贈与」について語っている。それによると、彼が仕掛けたウサギ用のくくり罠にウサギが掛かっていたが、罠の針金を切って、首に針金をきつく巻きつけたままブッシュの中に消えていった。ところがその5日後、そのウサギは、ナダスディのもとにやって来たという。「その動物は動きを止め、私を見上げた。そのとき、私はウサギの首に針金が巻かれているのに気付いた…(中略)…拾い上げても、逃げようともせず、もがきもせず、私の目を見つめている。私はウサギの首を折って殺した。殺した瞬間、そして、私が自分で何をしたのかを気付く直前に、静かな感謝の祈りを捧げている自分がいた」(ナダスディ 2019: 339)。
 これらのエピソードはまた、仏教の開祖である釈迦の前世における物語を集めた『ジャータカ』の一篇「わが身を捧げたウサギ」の話を想起させる。バーラーナシーでブラフマダッタ王の治世だった頃、釈迦はウサギだった。猿とジャッカルとカワウソとともに暮らしていた。ボーディサッタが托鉢の人に布施をするように言うと、カワウソは魚を、ジャッカルはヨーグルトを、猿はマンゴーを見つけ、バラモンに姿を変えた帝釈天にそれぞれ布施した。バラモンから食を乞われたウサギには何もなかったので、薪を集めて火を熾すように頼み、自分を捨てて火に飛び込むので、焼けたら肉を食べ修行道を完成させて下さいと言った。それに対し、帝釈天は神通力で冷たい薪を熾し、ウサギの布施を褒め称えた上で、その行いが永遠に忘れられることがないように、月面にウサギの姿を描いたという(松本 2019)。
 ナダスディは、「人と動物の関係に関するクルアネ流の理解にすでに親しんでいた」(ナダスディ 2019: 338)こともあり、「ウサギは私を探しに来て、文字通り、自らを私に与えたのではないかと思わざるを得なかった。そして、今も私はそう思っている」(ナダスディ 2019: 340)と述べている。彼はこの経験をアニミズムと捉えているわけではないが、この現象を「真剣に受けとる」ことがいったいどのようなことなのかを検討している点では、ウィラースレフと同じである。熊と小十郎の間に見られる「人と動物が(隠喩的ではなく)実際に継承的な互酬的交換に従事している」(ナダスディ 2019: 340)関係性は、ウィラースレフが言うように、人間ではない動物に対して人間の人格と同等の知的・情動的・霊的な性質を与えているという点で、アニミズムだと言えるだろう。
「なめとこ山の熊」に戻ろう。その後、小十郎が真っ白な堅雪を登って小さな滝に到着すると、大きな熊が両足で立って襲ってきた。

ぴしゃというように鉄砲の音が小十郎に聞こえた。ところがクマは少しも倒れないで嵐のように黒くゆらいでやって来たようだった。犬がその足もとに噛み付いた。と思うと小十郎はがあんと頭が鳴ってまわりがいちめんまっ青になった。それから遠くで斯ういうことばを聞いた。
「おお小十郎おまえを殺すつもりはなかった。」
もうおれは死んだと小十郎は思った。(宮沢 1990b: 354

小十郎は熊に殺されたのである。三日目の晩に「黒い大きなものがたくさん環になって集まって各々黒い影を置き回々教徒の祈るときのようにじっと雪にひれふしたままいつまでも動かなかった」。「思いなしかその死んで凍えてしまった小十郎の顔はまるで生きているときのように冴え冴えして何か笑っているようにさえ見えたのだった」。
 この最後の場面を、梅原猛は、(老いて)鉄砲を撃てなくなってしまった小十郎が熊を殺し続けてきた代償として、熊に身を捧げたのだと読み解いている(梅原 2013: 176)。さらに小十郎の霊を熊が環になって弔っていて、熊におそらく食べられるのだとも言う。アイヌのクマ送りを反転させたかたちで、熊たちが小十郎の霊を送り、小十郎を食べる設定になっているというのが、梅原の解釈である(梅原 2013: 177)。この指摘は、池澤夏樹の創作神話『熊になった少年』と同様に(第5回参照)、クマ送りそのものの反転構造が生み出されているという意味で興味深い。
 梅原は、小十郎は釈迦の前世であった薩埵王子が飢えた虎に身を捧げた本生譚のように、自らの身をクマに与えるという「利他行」をしたのだと捉えている。「自分はたくさんの命を取ったから、今度は自分の体を与えるのだというような、たいへん崇高な高い道徳がそこでさりげなく語られているのです」(梅原 2013: 177)。
 そうだとすれば、「動物にひそむ贈与」と人間による利他行が入れ子になっているのが、「なめとこ山の熊」の物語であるということにならないだろうか。前者は、二年間の死への猶予を乞うて身を捧げた熊であり、後者は熊に襲われ身を捧げた小十郎である。
 人間と熊は、因縁で「狩る/狩られる」関係となっているが、場合によっては、それが「狩られる/狩る」関係に反転しうる。この二者の関係は、そうした殺し合いの関係性だけでなく、互いの心が通じ合う関係性にも見られる。なめとこ山の熊は小十郎のことが好きだし、逆に、小十郎は母と子熊のやりとりで胸がいっぱいになるほど、互いの直接接触はないが、思いは深く通じ合っている。その思いは、狩られる客体の側である熊や人間が、身を捧げる主体となって、狩る主体である相手の前に現れる時に、より高次元において、法華経的なアニミズムを作動させている。

 

「いちょうの実」

 梅原は「草木国土悉皆成仏」という天台本覚思想、つまり「草も木も、国土もすべて仏になれる」という思想が、縄文時代以来の日本文化の中核的な思想であると説く(梅原 2013: 163)。そして賢治は、この思想を素晴らしい文学によって表現した文学者だと言う。梅原によれば、賢治は父の影響で浄土真宗を知るが、そこには利他行がないと感じ、日蓮宗に入信した。賢治の詩や童話は、彼の布施の道具・手段であり、彼が伝えたかった仏教思想は「草木国土悉皆成仏」だったのだと言う。「森羅万象のすべてが、星や風、虹や石といったものも、人間のように生きていて、仏に通じている、利他の心を持っていると語っているようです。争いの世界にありながら、どこかに慈悲の心を持っている」(梅原 2013: 172)。その最たるものとして梅原が注目する作品が、「いちょうの実」(宮沢 1995)である。
 鋭い霜のかけらが風に流されてその微かな音が丘の上の一本いちょうの木に聞こえるくらい澄み切った明け方に、いちょうの実はみな一度に目を覚まして、ドキッとする。「今日はたしかに旅立ちの日でした」。いちょうの実は、それぞれ旅立ちの日の不安を話し出す。

「僕なんか落ちる途中で眼がまわらないだろうか。」一つの実が云いました。
「よく目をつぶって行けばいいさ。」も一つが答えました。
「どうだ、忘れていた。僕水筒に水を詰めて置くんだった。」
「僕はね、水筒の外に薄荷水を用意したよ。少しやろうか。旅に出てあんまり心持ちの悪い時は一寸飲むといいっておっかさんが云ったぜ。」
「なぜおっかさんは僕へは呉れないんだろう。」
「だから、僕あげるよ。お母さんを悪く思っちゃすまないよ。」
そうです。この銀杏の木はお母さんでした。(宮沢 199510

いちょうの女の子たち、二人のいちょうの男の子たちの会話が続く。やがて星がすっかり消えて東の空は白く燃え、木が俄かにざわざわして間もなく旅立ちの気配が漂う。

 東の空が白く燃え、ユラリユラリと揺れはじめました。おっかさんの木はまるで死んだようになってじっと立っています。
 突然光の束が黄金の矢のように一度に飛んで来ました。子供らはまるで飛び上がるくらい輝きました。
 北から氷のように冷たい透きとおった風がゴーっと吹いて来ました。
「さよなら、おっかさん」「さよなら、おっかさん」子供らはみんな一度に雨のように枝から飛び下りました。(宮沢 1995: 14

木が死んだようになっているのは、母親が子供たちの旅立ちを悲しく思っていることの表現である。それに続けて、母なる木から飛び出した時、いちょうの実が仏のように光り輝くさまが語られる(梅原 2013: 173)。梅原によれば、この童話では「いちょうも人間のように生を生きている――そういう考え方ですね。いちょうも人間のように親子の情を持っている」(梅原 2013: 174)。
 賢治の童話では、

動物は人間と対等な意味をもつ。動物も人間と対等な同じ生命をもっているのである。そして、そこでえがかれるのは、動物と人間が共通にもっている生命の運命である…(中略)…人間が動物をはじめとする天地自然の生命といかに親愛関係に立つべきかを示したのである。(梅原 1967: 202

賢治が描き出したのは、争いの世界にありながら慈悲の心を持つことによって、森羅万象全てが内面的に通じ合っている法華経的なアニミズムだったと見ることができるのではないだろうか。

 

賢治、四次元のアニミズム

 中沢新一は、妹や父母との関係において主観や心象風景を扱っていると語られる傾向にある賢治の詩や童話を、そのような文脈から解き放ち、その向こう側へと開いていくべきだと主張する。賢治の目指したものを考える上で、賢治が関心を抱いていた〈四次元〉に目を向けることは重要だと思われる。
 中沢によれば、賢治が生きていた大正から昭和初期には、エンジンの発達で人間の空間が一気に拡大し、飛行機の発明が近未来の想像力を刺激し、三次元の空間を拡大するだけでなく、高次元を探究することに関心が向けられた時代でもあった。そのことは、人間の意識を高次元へと拡張し、スピリチュアリズムと合体する方向へと向かった。アインシュタインの相対性理論は霊性主義的な四次元思想のすぐ近くで広がっていたのである。これらのことを、賢治はほとんどリアルタイムで経験していた(中沢 1999: 136-7)。
 したがって、賢治の文学はけっしてナルシスティックな主観の内部で作られたものではなく、世界に対して独特の仕方で開かれた物質的想像力を土台とする知性と、仏教における利他の主題に深く関わっていたと捉えられるべきだというのが、中沢による賢治論の骨子である。後者、すなわち「仏教における利他の主題」こそが、法華経的アニミズムであろう。そのアニミズムが、賢治の一連の作品を動かしていると言っても過言ではない。
「なめとこ山の熊」に関して中沢は述べている。強力な飛び道具が出現すると、人間は人間だけの世界に留まったままで動物をしとめるという関係ができあがってしまう。そうでなかった時代には、狩猟者は人間だけの世界に落ち着いているだけでは猟はできなかった。「動物が知覚している世界や、感情の世界と一体となって走って行かないと駄目なんですね」(中沢 1999: 47)。
 そこには、人間が熊の喋る言葉を聞き、熊を人間が食べたり、その毛皮や胆を売ったりして生きていかねばならないことを承知の上で、人間と熊が狩ったり狩られたり、さらに利他行として身を捧げる行為が行われている世界があった。それらは比喩や象徴として語られるだけでなく、現実態として生きられていたのである。
 アニミズムとは、人間と熊の間にある距離の近さのことに他ならない。いま、宮沢賢治を真剣に受け取らなければならない。

 

参考文献
ウィラースレフ、レーン 2018 『ソウル・ハンターズ:シベリア・ユカギールのアニミズムの人類学』奥野克巳・近藤祉秋・古川不可知訳、亜紀書房。
梅原猛 1967 『地獄の思想』中公新書。
梅原猛 2013 『人類哲学序説』岩波新書。
中沢新一 1999 『哲学の東北』幻冬舎文庫。
ナダスディ、ポール 2012 「動物にひそむ贈与――人と動物の社会性と狩猟の存在論」(近藤祉秋訳)、『人と動物の人類学』奥野克巳・山口未花子・近藤祉秋共編、pp.291-360、春風社。
松本照敬 2019 『ジャータカ:仏陀の前世の物語』角川ソフィア文庫。
宮沢賢治 1990a 「鹿踊りのはじまり」『注文の多い料理店』pp.129-144、新潮文庫。
宮沢賢治 1990b 「なめとこ山の熊」『注文の多い料理店』pp.341-355、新潮文庫。
宮沢賢治 1995 「いちょうの実」『ポラーノの広場』pp.9-14、新潮文庫。

 

この連載は月1回更新でお届けします。
次回2019年12月24日(火)掲載