6回目を迎えるソウル㊙️博物館&美術館探訪、いよいよ博物館界の横綱、国立中央博物館を紹介する時が来た。梨泰院(イテウォン)・龍山(ヨンサン)というソウルの人気観光エリア位置し、地下1階、地上3階の展示館を中心に総面積13万6000平方メートルを誇る。404メートルの長さの本館は「開かれた広場」を中心に東館と西館に分かれ、東館には常設展示場と収蔵庫、西館には企画展示室や子ども博物館、劇場、講堂、図書館などがある。
常設展示場は7つのテーマ館、39の展示室で構成され、9884点の収蔵品が周期的に入れ替えられている(公式サイト情報)。さらっと見ても2〜3時間はかかり、歴史や文化に興味があれば一日中いても時間が足りないほど。国宝や宝物の展示も多く、非常に見応えがある。さらに素晴らしいのは、これだけ充実した展示が無料で観覧できることだ。
紹介といっても、この探訪記はアクセス、展示、所蔵品について流れるような説明はないことを予めお断りしておく。博物館と向き合いどう感じたかの記録であるが、いつかどこかで、どなたかの役に立ちますように。

国立中央博物館の歴史は複雑だ。1945年に朝鮮総督府から業務を引き継ぎ、国立博物館として景福宮(キョンボックン)で開館。その後、激動の歴史の中で移転を繰り返してきた。朝鮮戦争の時は釜山に避難、ソウル復帰後は徳寿宮(トクスグン)や景福宮の中にある旧中央庁(かつての朝鮮総督府庁舎)で再開館したりもした。1993年に金泳三(キム・ヨンサム)政権が発足すると、景福宮復元のために旧中央庁の建物が、1995年8月15日(韓国では日本統治からの解放の日で、光復節と呼ばれる)に合わせて撤去された。
新しい建物の場所が龍山に決まると、完成するまでの間、国立中央博物館は景福宮内の現在の国立古宮博物館に場所を移した。私がよく通っていた2002年前後は、ちょうどこの時期に当たる。国立にしてはずいぶんこぢんまりとしたところだなと思ったが、臨時の運営だったわけだ。
ところで、国立中央博物館はちょっと変わった場所にある。まずは最寄りの地下鉄4号線・京義中央線二村(イチョン)駅から一緒に歩いてみよう。
二村エリアは、ソウルの中央を流れる漢江(ハンガン)に面しており、かつソウルのちょうど真ん中に位置する。人々は漢江大橋を中心に東部と西部に分けて「西部二村洞」「東部二村洞」と呼んでいるが、正式な行政区画の名称ではない。博物館のある東部二村洞(トンブイチョンドン)は、1970年代から高級マンションが次々と建てられ、ソウルを代表する富裕層の住む町のひとつ。日本人駐在員やその家族たちも多く住んでおり、リトル東京、日本人街と呼ばれている。だが、ここ数年はマンションの老朽化と地価の高騰で、ソウル日本人学校のある上岩洞(サンアムドン)や、交通の便がよい孔徳(コンドク)、江南(カンナム)に近い城南(ソンナム)市などが人気だ。
二村駅と博物館は「博物館お出かけの道(パンムルグァンナドゥルキル)」という地下道でつながっている。両壁にはドット絵の国宝が並び、そのまま進んで地下道を出ると、視界がぱっと開けて目の前に大きな「鏡池」が現れる。天気のいい日は水面をさざめく光が美しく、軽快な印象を与えてくれる。そんな水の柔らかさとは対照的に、その先にそびえる巨大な建物は横に長く延びている。まるで城壁のようだ。
「開かれた広場」は、そんな建物の真ん中に風穴を開けるような形で広がり、建物がフレームとなって南山(ナムサン)の風景を一枚の絵のように切り取る。
「開かれた広場」の大変凝った空間演出
「昔みたいにバーンッと韓屋(韓国の伝統建築様式)の屋根を載せて、伝統アピールしたいけれど、違和感もあるからモダンな印象にしたい。といっても、米軍基地との風景ギャップは埋めたい。うーむ、後ろの米軍基地は見せたくないから隠そう。けれどもいかにも壁ではよろしくないな。よし、壁に穴開けて南山を取り込んで韓国っぽい風景をフィーチャー、決まり」と誰かが言ったのではないだろうか(妄想)
なお、BTSは「開かれた広場」で、YouTubeが開催したオンライン仮想卒業式「Dear Class of 2020」で演説を行った。コロナ禍で卒業式に参加できない学生たちに励ましのメッセージを贈り、歌を披露する様子を世界中に配信。このイベントをきっかけに、国立中央博物館はBTSのファンであるアーミーたちにとって聖地となり、広く知られるようになった。BTSの立っていた場所にはパープルの目印があるので、写真を撮る時はぜひチェックを。

国立中央博物館の演出の真髄、それは常設展示のある東館2階「思惟の部屋」にある。国宝の半跏思惟像二体だけのために特別に用意された空間は、エンターテインメントそのもの。
まず、入口近くは真っ暗で、間接照明も必要最小限だ。横に大きく伸びる壁面はスクリーンになっていて、一定の間隔で映像が映し出される。
長い通路を進むと、どこまでも広がるような空間。奥の方に同じ方向を向いた金銅半跏思惟像が二体。楕円形の舞台に浮かび、ぐるりと四方から鑑賞できるようなっている。頭上の明かりは八の字を描き、夜空の星のように控えめに光っている。頭の中に「宇宙」「超越」「永遠」「救世主」という大きな単語が浮かんでは消えていく。仏像の美しさ、鑑賞方法については、国立博物館のアプリやホームページで丁寧に説明されているので、参考にするとよいだろう。
舞台の主人公は、正面向かって左が国宝78号金銅半跏思惟像(三国時代・6世紀)、右が国宝83号金銅半跏思惟像(三国時代・7世紀後半)。国宝の仏像がガラスケースなし。ありがたい。なぜなら、反射しないので自ら光を放つ姿をきれいに写真に収めることができるからだ。
室内にはインカムを耳につけたごつめの警備員がいる
ところで、この原稿を書いている2024年5月中旬、韓国では日本の文化財法をベースにした法律が六十数年ぶりに変わり、国家遺産基本法という法律が施行された。文化財は国家遺産と呼び、番号で管理するルールがなくなった。
「思惟の部屋」は既存の展示室をリニューアルし、2021年11月から観覧が始まった。設計は建築家の崔旭(チェ・ウク)氏。彼の手がけた作品の中に、外国人観光客にも人気の北村韓屋村カフェ「オソルロクティーハウス北村店」や、新羅ホテル5階の「ラウンジジェネシス」がある。
超現実的な世界にスムーズに入り込めるように、赤土の壁と床が少し傾いている。平衡感覚が保てなくなるので、乗り物酔いしやすい方は注意が必要だ。

国立中央博物館の演出について見てきたが、今回久しぶりに訪れてびっくりしたのは、大きなマスコット人形が設置されていたことだ。半跏思惟像を模した「ミューズ (MU:DS」は、「思惟の部屋」オープン1周年を記念し、2022年冬に立ち上げられたミュージアムグッズのブランド名でもある。
若い感性の風が博物館にも吹いていると実感する。公立博物館のグッズはダサい、なんていう時代はとうに過ぎたようだ。定期的に公募も行われ、グッズも頻繁に入れ替わっている。実際若者を中心に来場者が増えていて、資料によれば2023年度に国立中央博物館を訪れた人は418万人。前年に比べて22.5パーセント増え、世界の美術館と博物館を合わせた入場者数ランキングで6位になったそうだ。アート鑑賞が趣味の、BTSリーダーRMの影響も大きいと思われる。
冠と服を着ているかどうかで(旧)78号か83号かを区別できる
「ミューズ (MU:DS)」のPRルームが3階にあるというので行ってみた。ミュージアムショップのグッズの一部を触ったり、一緒に写真を撮るために用意された空間のようだ。SNSにアップするのが日常である世代に向けた空間、コンセプトはよいのにもったいないなというのが正直な感想だ。グッズが適当に並べられ、コンセントケーブルは露出、ソファやカーペットの位置もよくない。ここだけ照明もインテリアもがぐんとレベルが下がる。上から目線で申し訳ないが、演出力が高い国立博物館にはもう少しがんばってほしいところ。
3階は天井から光が降り注ぎ、とても明るい。各展示室の暗闇とのコントラストが展示品にさらに陰影を与えて美しい。ところどころに配置された休憩スペースのソファやテーブルも気の効いたデザインが多いのに。
手抜き感が否めない、PRルーム
館内にはミュージアムショップが二つある。メインは西館1階ウットゥムホール付近に位置するミュージアムショップ1、そして東館(常設展示館)の1階中央にミュージアムショップ2だ。西館は有料の特別展示エリアだが、どんなグッズがあるか足を伸ばしてみるのもいいだろう。
グッズの中でも特に人気なのが、朝鮮時代のソンビ(朝鮮時代の知識層の男性)の焼酎グラス。公募で個人が入選して2023年12月から納品しているのだが、品切れが続いている。
18世紀に活躍した画家金弘道(キム・ホンド)が描いたと伝えられている「平安監司饗宴図」の絵をモチーフにして、とてもキュート。オリジナルの作品はもちろん館内にあるのでぜひ探してほしい(※2024年5月現在)。
お酒を入れると描かれた人物の顔が赤くなる焼酎グラス
【インフォメーション】
開館:月・火・木・金・日 10:00~18:00(最終受付は17:30)、水・土 10:00~21:00(最終受付は20:30)
料金:無料(有料の企画展は除く)
住所:ソウル特別市 龍山区 西氷庫路 137(서울특별시 용산구 서빙고로 137)
交通:地下鉄4号線・京義中央線二村(Ichon)駅 2番出口 徒歩10分