七十歳の自己流「方丈記」 太田和彦

2020.8.3

11旅の豊かさは心持ちしだい

 

 

青春の無銭旅行

 

 初めての旅らしい旅は、今から五十年以上も前の十七歳のときの無銭旅行か。
 当時のベストセラー、小田実の『何でも見てやろう』に刺激され、男は旅に出なければと決意、同じ高校美術部で絵を描いていた友達を誘った。まずは資金調達。町のカメラ屋さんのポスターを勝手に描き、店にもち込んだのだから図々しいが、たしか一〇〇〇円で買ってくれた。
 それを手に高校二年のゴールデンウィーク初日の夜、長野県松本郊外の長距離トラック基地に行き、ある運転手に「京都に行きたいが乗せてくれ」ともちかけると、上から下までじろりとにらみ「いいよ」と言った。学生服に学帽が信用されたのかもしれない。
 初めての大型トラックの運転席は広く、二人組運転の一人は席の後ろの寝台で横になり、我々二人は助手席に並んで座り、夜の二十三時ころ出発した。
 塩尻、上松、木曽福島……深夜の中仙道、木曽谷の底の真っ暗な道をヘッドライトの明かりだけが照らし、ときおり急カーブの向こうから強烈な光が突然迫ってきて対向二車線を猛スピードですれちがう。長距離トラック運転手はおよそ無口なものだが、それよりも難所で知られる街道に緊張していたのだろう。無言の時間が過ぎてゆくうち、子どものこちらは眠ってしまった。
 翌朝目を醒ますとトラックはすでに名古屋を過ぎ、当時日本初の高速道である名神高速に入っていた。休憩所に入ったとき荷台に乗ってよいか聞くと「いいよ」となった。
 蓋(おお)うテントもない大型トラックの荷台で、晴れ渡った空の下にぐんぐんスピードを上げ、追い抜く小型車を上から見下ろすのは気分がいい。「やったなあ」オレたち二人はわけもなく痛快になり拳を上げた。
 京都でおろしてもらって礼を言うと、昼飯を終えた運転手二人は首タオルにくわえ楊枝で「まあ、気ぃつけて行けや」と言ってまた運転席に戻った。
 ギー、ブロロロロ……高い運転音でトラックは去り、残った二人はなんとなく見送って歩き出した。

 

 

 

旅の楽しみは商店街歩き  

 

 一人旅の楽しみはいろいろだ。自然や風土、歴史や名所。私は町歩きが好きだ。
 それも商店街。日本の町はどこも同じになってしまったと言うけれどそれは郊外で、旧市内の古い商店街は味わいがある。魚屋があれば必ず見る。この地はこんな魚が揚がるのか。安いな、買って帰ろうか、干物なら大丈夫か。東北八戸では必ずカレイ一夜干しを買う。市場があればベストだが大きなスーパーに入るのも面白い。その土地だけのお総菜や、即席ラーメンなんかも変わったご当地ものがある。
 歩いてゆくと神社になった。玉砂利を踏んで参拝するのもいいものだ。この古いこま犬はなかなかいい面構えだな。パンパン。かしわ手を打つと何やら気が晴れた。
 本屋も入る。本の揃えは全国でそう変わるものでもないが、ふだん本屋にぶらりとながく居ることも少ないので、立ち読みも楽しい。その町のグルメガイドがあれば買っておこう。アウトドアショップがあると入りたくなる。最近の道具はどうなっているか見てみたい。歩くうちコーヒーのいい香りがしてきた。本格派だな。買った本をここで開くか。いや新聞だ、地方紙があるだろう。
 そろそろ昼どき。昼は蕎麦屋がいいな。歩きながら何軒か見たが、あそこが老舗でよさそうだ。引き返して暖簾をくぐる。「いらっしゃいませ」白髪のお婆さんが前掛けにお盆でお茶を運んでくれるのがうるわしい。「名物とろろそば」これにしよう。
 つまりは自宅の近所でできることばかりだが、これを地方の町でするところがおもしろい。
 それは解放感だ。この町では誰も自分を知らない。決めた用事もない。携帯電話も切ってある。散歩しようが、昼からビールを飲もうが、公園で横になろうが自由だ。別の町で普段のことをするのがいかに楽しいかはやってみるとよくわかる。東京では人目もありこんなことはしない。買い物嫌いの私が、東京にもある大型店に入りスニーカーを熱心に品定めする。服を買うこともある。そうして宅急便で送ってしまう。
 歩きながら探しているのは今夜の居酒屋だ。だいたい見当がついた。そろそろホテルに帰り、ひと眠りして夜に備えよう。

 

 

 

中高年の旅

 

 ある調査で、リタイア後に夫婦でしたいことの不動の第一位は「国内旅」だった。
 海外も何度か行ったが、言葉は通じないし、治安は悪いし、お金の計算はできないし、つねにパスポートを失くさないか心配だ。よい歳になれば旅先で倒れたらも考えておかねばならない。それが国内は、言葉は通じるし、治安はよいし、お金の計算はできるし、いざとなれば携帯電話がある。
 また海外旅行は、おしきせの観光レストランよりも、こわごわ入った裏町の地元酒場が一番の思い出になることがよくある。しかしガイドもなしにそういうところへ入る勇気はなく、入っても外国語のできない身としては、何か話をしたさそうな主人と会話ができたら楽しいのになあと残念な思いもした。
 国内旅は、その町の日常に夫婦で加わるおもしろさがある。市場があればすぐ直行。近所のスーパーへ夫婦でゆくなどしたくもないが、知らぬ町の市場だとおもしろい。「あれ買おうか」「こっちの方がいいわよ」とうまそうなものをあれもこれも購入、その場で宅配便で送ってしまえば、帰ってからの楽しみになる。市場の食堂は必ず安くてうまい。
 また中高年夫婦旅のコツは昼間は別行動にすること。一日中べったり一緒にいるのは家と同じで疲れるし、訪ねたいところをいちいち相談するのもめんどくさい。海外ならば一人歩きは避けたいが、日本はそれができる。
 男は歴史探訪や建築ウォッチ、奥さんは美術館やお買い物。夕方帰ってしばらく休憩し、夜に備える。夫婦別々にシングルルームをとる人もいて、これが何の気兼ねもなくいいのだそうだ。そうして夜の居酒屋で一日何をしていたかを報告し合う。「オレは昼は蕎麦、うまかったぞ」「私はパスタ、けっこうじょうず」この調子。
 また夫婦旅のよさは、二人で向き合っていてははずまない会話が、居酒屋のカウンターに座れば、そこの主人や女将を中に三角形に話がはずむこと。
「ご夫婦で旅行なんていいですね」「いやこいつが行きたいって言うから」「あらこの店選んだのはあなたでしょ」。いつしか土地の料理や隠れ名物に話が広がるのでした。

 

 

 

落魄の境地

 

 およそ三十年も前。会社を辞めてフリーになり、金はないが時間は山ほどあるころ、ある読みきりの居酒屋探訪記を頼まれて出かけた。
 東北の町をさまよった最後の弘前。まだ若く、相当飲んだ最後、町はずれにぽつりと一軒灯りをともすしょぼい店があった。すでに何軒もはしごして原稿の素材は足りた。後はホテルに帰って寝ればいい。仕事は終わった。やれやれお疲れの気持ちがその店に入らせた。もう取材するつもりはない。

〈町はずれのどのあたりにいるのかもわからぬまま、赤提灯の下る居酒屋のがたぴしの小さなガラス戸をあけた。酒のしみたカウンター、合板の机に丸いパイプ椅子。壁には最終列車に赤線を引いた時刻表。おでん艚には残りものがいくつか泳ぎ、首にネッカチーフ、綿入りネンネコのお婆は身じろぎもせず、じっと座っている〉

 そのときの文はまだ続く。

〈店は汚く、酒はまずい。おでんに箸をつけるつもりはない。古週刊誌はあるがテレビはなく、いや物音は何もなくシンとしている。お婆に話しかけても返事は期待できない〉

 店の観察は自分に向かう。

〈ここに自分が居ることは誰も知らない。私は何をしているのだろう。何もしていない。ただここに居ることを味わっている。居ることが安息なのであればここは天国か。天国とは汚いところだ。その汚い天国の、なんと居心地のよいことか。こうして私の流浪の居酒屋旅が始まった〉

 そのとき私は居酒屋の神髄を知った。それは「落魄」だ。落魄を味わうことこそ居酒屋の神髄だ。
【落魄】もと持っていた栄位・職業や生計の手段を失い、する事も無く、ひっそりしていること。おちぶれること。(新明解国語辞典)
 すでにそれは日常の自分になった。落魄とはなんと居心地のよいことか。あれこれ人生に迷い、もがいてきたがこんな境地があったか。
 落魄をもとめて今夜も居酒屋へ、か。

 

 

(第11回・了)

 

本連載は週1回更新でお届けします。
次回:2020年8月10日(月)掲載予定