七十歳の自己流「方丈記」 太田和彦

2020.6.29

06キャンプが育んでくれるもの

 

 

野外幕営集団

 

 趣味その二は、もちろんキャンプ、野営だ。信州育ちの私は、中学校教師だった父の夏休み学校登山キャンプに子どもの頃から連れられ、何日も泊まった。夜は先生を中心にキャンプファイアを囲み歌をうたう。チビは生徒に面白がられ、父に「しょんべん? そのへんでやってこい」と言われ、「カズヒコちゃん、ついてってやるね」と女生徒が立ってくれた。
 田舎の高校でも友達とのキャンプは日常だったが、爆発的に熱中したのは椎名誠さんをリーダーとする「あやしい探検隊」のプロ版「いやはや隊」の日々だ。登山家、カヌーイスト、バイク冒険家、アウトドア用具プロ、自然カメラマン、溪流釣り師、山岳雑誌編集者、医師、イラストレーターなどその道のプロが海山川に繰り出して野営を重ねる集団で、私は岩登り派として加わった。隊名は、何か危ないことをくぐり抜けたおっさん連が「いやはや」ともらすのが口癖でそうなったとか。
 方法は豪快。現地で椎名さんが「この辺」と幕営場所を決めると、おのおの個人テントを張り、山川なら倒木、海なら流木と、薪集めにすぐさま散る。必ず焚火担当が現れて終始管理。天をも焦がす大焚火が現出する。そして川に浸けておいた缶ビールをプシ。あとはアウトドア料理の達人・林さんに「リンさん、まだあ」と何かねだる。リンさんが「できたよー」の合図にカンカンと中華鍋を叩くと我先に〈蕗と鶏の豆板醤炒め〉などをとりにゆく。みんなで「カンパーイ」などの子どもっぽいことはしない、自分のことしか考えない大人の集団だ。瀬戸内海の無人島で、私は釣り上げた大蛸を粗塩でこする「ぬめり取り」役だったが、はかどらない間に蛸どもは堤防上を逃げ出し、追いかけて剝がすのがタイヘンだった。それを大きな寸胴で茹でタコにしてかぶりついたうまさ。
 腹もくちて、真っ暗な星の夜となると、落ち着いてきた焚火の周りに、あぐらをかいたり寝ころんだりのウイスキータイム。焚火管理者は薪がなくなると黙って暗い森に入り、大木を引きずってくる。話も尽きた頃、カヌーイストの野田知佑さんが小さなハーモニカをとり出す。曲は「リリー・マルレーヌ」だ。
 ああ黄金の日々よ。小型テント一張りあればなんとかなるという「方丈精神」は、ここで定まったか。

 

 

 

ひとつ釜のめし

 

 山形市にある東北芸工大で教えたゼミ生たちとのキャンプも長年続いている。こちらはいやはや隊のようにワイルドではなく、炊事水場やトイレなどの整った奥多摩の公営キャンプ場から始めた。参加十数人ほどは未経験者ばかりで寝袋と大型テントを借りる。
 まずキャンプサイトの決定だ。学校向け、家族向けなどいろいろある中の最も奥地、もうこの先は低い谷川というどん詰まりにした。隣に別チームがいなく、一帯が自分たちだけになることが肝要だ。決めるとすぐさま雨除けタープを張って調理場を作り、道具や食材を置く。「そっち、もっと引っ張って」とまさに授業のような陣頭指揮。山の夕暮れは早く、暗くならないうちに照明ランタンも吊り下げておかねばならず、自分のテントを張るのは最後だ。
 と、あれこれあって、なかには料理の達人もいて、焼き立てスペアリブに全員がビール片手に歓声をあげる。これには前史があり、大学夏休み前のゼミ合宿を山の大型ロッジでやり、食事は自炊にしたことだ。炭火を熾し、いやはや隊のリンさんに教わった生姜・ニンニク・人参・ピーマン・唐辛子をたっぷりの醤油に漬けた「リンさん漬」のタレで、肉、魚、ソーセージ、きのこ、茄子などを炭火で焼く「何でも焼」は、毎年必ず炉端焼き主人が登場。「ししとうは少々お時間を」と取り仕切る。狙いは「ひとつ釜のめし」を食うこと。そうして語り明かすのが若いときには絶対必要だ。
 ――それも昔のこと。いまや全員が個人テント寝袋持ちのすっかりキャンプ好きになり、「先生は寝ててください」と持参のハンモックを吊ってくれる。山形名物「芋煮」は欠かせなくなった。若い奴は成長するなあ。
 信州に住む妹夫婦とも子連れキャンプを続けた。その娘が結婚した相手がアウトドア好きで、三歳の男の子(妹には孫)との三人キャンプも始め、今年は下の女の子も誘うつもりだ。気がつけば、父に連れられてから、妹家族、その娘家族と三代キャンプしてきた。幼い子は自然の中で寝泊まりさせるのが一番。土の上の小さなテントこそまさに「方丈」。そこでの親との一夜は子どもにとって最良の思い出になる。
 自分だけが楽しいゴルフなんかやめろ。大人は子連れキャンプをしろ。

 

 

 

キャンプは質素に

 

 子連れキャンプ推奨と書くまでもなくいまや大流行、シーズンのオートキャンプ場はぎっしりだ。そこに、八畳二間玄関蚊帳つきのような超大型テントを建て(もはや「張り」ではなく「建て」)、大机、人数分の椅子、皿、調理道具、コーヒー沸かし、ガス台、ストーブ、食器棚、照明などありとあらゆるアウトドア用品を満艦飾にしてキャンプ用品展示場のようだ。テレビ番組で「極上キャンプ」などと、新しい用具を次々に紹介しているからか。感心してよく見ると、調理器具などはピカピカの新品であまり使った形跡はなく、これだけの道具があるのに、スーパーで買ってきたおかずを並べ、自分で作る気はなさそうだ。設置が終わるとテレビを見たりして家にいるのと変わらない。何しにきたんだ。最近のキャンプ場は炊事場、トイレはもちろん、シャワーや風呂まである。しかしいちばん大切な焚き火はできない。
 こういうのは嫌ですね。
 大自然の中で工夫して耐乏の一夜を過ごすのがキャンプ。高級スーパーで買ってきた惣菜ではなく、小枝に刺したウインナを、自分で焚き火で炙って食べるからこそ「父ちゃん、うまいね」と子どもは喜ぶのだ。衛生観念の強いお母さんにも目をつぶってもらおう。簡単な鍋で作った父ちゃん料理のちょい辛「鶏こんにゃく炒め」に目を見張られ、こちらも得意だ。ずいぶん昔、三つ峠の岩場に連れていったまだ小学生の甥っ子に、簡単なガスコンロで即席ラーメンを作って鍋のまま食べさせたのを、大人になったいまも「おじさん、あれはうまかった」と言ってくれる。自然の岩場で目の前で作ったからこそだ。
 キャンプ場で最も嫌なのは、クリスマスのような電飾モールをいっぱい飾ってチカチカさせる(いるんです、こういう奴が)、音楽をかけたりギターを弾くなど音を出すこと。さすがに注意に行ったら「なんで?」という顔をされた。
 これは自衛するしかない。ともかく誰も来ないところにテントを張る。今夜このあたりは自分たちしかいないという暗闇の怖さや緊張感、父ちゃんに連れられたしょんべんで見上げた星。家族の結束の確認になることがキャンプの大きな意義。贅沢に慣れた日常であればこそ、親子で過ごした質素な一晩は忘れない。

 

 

 

朝の道のり 

 

 自宅から仕事場まで、十分ほど歩くのが日課だ。タイムカードがあるわけではないからゆっくり歩く。いろんな人と並行したり、すれちがったりする。
 同じ時間帯に出勤なのか、いつも向こうから来る口髭の似合う中年男は何をしている人だろう。背の高い外国人はこのあたりに住んでいるらしい。
 同じ帽子に同じ防護チョッキの高年男二人は、毎朝黙々とトングでゴミを拾っている。この通りはいつもきれいだなあと思っていた。小さな会社の玄関を毎朝しゃがんで拭き掃除しているのは上の地位の人のようだ。よい会社かもしれない。
 女性保育士さんが大勢の幼児を二人ずつ手をつながせ、信号は律義に片手を上げて渡ってゆくのには思わず目を細める。お姉さん先生と手をつなぎたい子もいるようだ。もっと小さな子らは大きな乳母車にまとめて立たされて運ばれ、それがまたかわいい。
 幼稚園に子どもを送ってきたママ友は園門前でにぎやかに立ち話。最近のお母さんは若い美人ぞろいだなあ。スーツで手をつないできた若いパパは、園内に駆け出してゆく後ろ姿を見てすぐ駅に直行だ。
 いまは珍しくなった煙草屋さんの前を毎朝掃いているお婆さんに、いつからか「おはようございます」と声をかけるようになった。お婆さんは恥ずかしげに頭だけ下げてくれる。
 大きな信号でときどき一緒に待つ見知らぬ若い会社員は、いつも身なりがセンス良く、特に靴がいい。今日は本場のチロリアンシューズで、つい声をかけた。
「とても良い靴ですが、どこのでしょうか?」。彼は一瞬けげんな顔をしたが、教えられたブランドは知らない。銀座の店で五、六万円だったとか。やっぱりな。そこでかるく頭を下げて彼は右に去った。
 やはり信号待ちでよく会う、向こうから来る若い女性は脚に障害があり、広げた両手を左右に振って体全体を揺らせた歩行はいかにも大変だ。私は寝ぼけた気持ちに平手打ちされたようにうなだれる。こうして普通に歩けるのが、どれだけ恵まれて幸せなことかと思い知れ。その方はいつも素敵におしゃれしているのが救いだ。
 大通りから脇道に入ると間もなくだ。今日も気を引き締めてゆこう。

 

 

(第6回・了)

 

 

本連載は基本的に週1回更新でお届けします。
次回:2020年7月6日(月)掲載予定