とうとうやって来てしまった……。
“現実(リアル)”な生活。
たしかにコロナ禍下での生活は息苦しいものでした。
マスクも苦しいし、ソーシャルディスタンスもうざい。カフェだって早く閉まってしまうし、お酒だって飲めない。コンサートも席が半分なのでなかなかチケットが取れないし、帰省だってできない。友だちと会うことも難しい。
不平不満、愚痴ため息。そんな毎日でした。
それでもよかった。“現実(リアル)”よりは。
急速なワクチンの普及によってコロナの終息が見えたことによって、突然、目の前に出現した“現実(リアル)”。それがこんなにも恐ろしく感じるなんて、コロナ前には考えてもいませんでした。
エアコンの音を切った途端に「いままでこんなにすごい音がしていたんだ」と気づくことがあります。エアコンを切るまでは音がしていたことにすら気がつかなかったのに、一度気づいてしまうとその音が気になってしかたがない。
“現実(リアル)”もそうです。
それまでは何気なく送っていた“現実(リアル)”な生活がこんなにもきついということに気づいてしまったのです。
満員電車。
面と向かってねちねち文句をいう上司。
気を遣う飲み会。
そしてお化粧。
それらがない生活はこんなにも楽で、そして人生は案外楽しいものだと気づいてしまった。
在宅ワークだって、そこそこうまくいっていたので、コロナ後には世界は変わるかなと思っていたのに、また元の生活に戻らなければならない。ショックすぎます。
いや。
「世界」は変わりつつあります。
Appleでは従業員たちが、在宅ワーク継続希望者への対応を求めてクックCEOに意見書を提出したというニュースが流れてきました。Twitter社などは一部社員には恒久的にリモートワークを認めることにしたそうです。
変わらないのは「日本」の企業や学校です。あーあ、いやになる。
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そう思っている方も多いのではないでしょうか。
いやいや、思っているどころか、「もう出勤拒否をしたい!」、「登校拒否したい!」と思っている方もいらっしゃるかもしれません。そんな方のために緊急連載をはじめることにしました。
「現実、こわい!」と思っている方のための連載です。
この連載を担当するのは4人(プラス1人)です。
ひとりは精神科医の大島淑夫さん。もうひとりは臨床心理士の五味佐和子さん。そして、一般人代表として金沢霞さん。それからなぜか能楽師の安田登です。
ちなみに今回は安田が書いています。私(安田)は先日、亜紀書房から『見えないものを探す旅』を出しました。
精神科医の大島淑夫さんは、元・形成外科医という異色の精神科医。見た目はもっと異色で、ほとんどの人は彼が医師であることに気づかない。ほとんどサーファーです(そして本当にサーファーです)。
がんの専門病院に勤務しながら、鎌倉でクリニックも開業しています。医療とカウンセリングの立場からアプローチしていただきます。お薬の話なども時々します。
五味佐和子さんは日本で臨床心理を学び、精神科などでカウンセリングをしましたが、そののちイギリスの研究所でサイコシンセシスという心理療法を学び、イギリスの大学院で神話などを研究して帰国しました。また、ヨガをインドで学び、インストラクターの資格も有しています。
サイコシンセシスを用いた心理療法や、またヨガと心理療法を組み合わせたカウンセリングもしています。五味さんにはおもにサイコシンセシスの立場からお話をしていただきます。
金沢霞さんは社会人代表。都内の企業に勤め、突然、“現実(リアル)”に直面しているひとりです。金沢さん自身の悩みや考えだけでなく、同じ会社、学生時代の友人、そういった人たちからもお話を聞き、それをこの連載に反映していきます。
さて、もうひとり、バーチャル人格である「かおるさん(仮名)」が登場します。かおるさんは、みなさまのお便りによって作られる集合的な仮想存在です。
この連載をお読みになり、「そういえば私にもこんな悩みがある」「こんなのがイヤだ」ということがございましたら、お便りをいただきたいと思っています。そのお便りの内容を、このバーチャル人格かおるさんに代弁してもらいます。
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ところでサイコシンセシスという心理療法、ご存知ですか。
日本ではあまりなじみのない心理療法ですね。サイコシンセシスについては、次回以降に五味さんから詳しくお話ししてもらいますが、今回は私、安田から見たサイコシンセシスについてお話しておきましょう。
私はサイコシンセシスを学んだことはありませんが、サイコシンセシスに関して書かれた日本語の本はほとんど読んでいます。また、現代のサイコシンセシスの一人者であるピエロ・フェルッチさんに会いにフィレンツェに行ったりもしましたし、アメリカのパロアルトでサイコシンセシスのカウンセラーの方に会ったりもしました。
要はサイコシンセシス大好きな、ひとりのファンです。
そこで、素人の目から見るとサイコシンセシスってどんなものだろうということを今回は書いてみたいと思います。
日本の友人たちに「サイコシンセシスって知ってる?」ときくと、どうもサイコパスなどをイメージする人が多いらしく、「なんか怖い」とか「不気味で暗そう」という人が多いのですが、むしろ正反対の心理療法です。
サイコシンセシスを(とても乱暴に)ひとことで説明すると「明るい心理療法」なのです。
サイコシンセシスの創始者であるロベルト・アサジョーリ(1888~1974)は、フロイトやユングと同時代人のイタリアの精神科医です。
人の心には、ふだん気づいていない未知の領域が膨大にあるということを認めるという意味では、フロイトやユングと同じですが、アサジョーリはイタリア人なので(かどうかはわかりませんが)、ふたりとはちょっと違うところがあります。
私から見ると、まじめなドイツ人であるフロイトやユングは、どうも人の心の暗い部分ばかりを強調したがっているように感じます。無意識の比喩として氷山の比喩がよく使われたり、「下意識(subconscious)」という言葉もあったりして、下ばかり見ているイメージがあります。
さらに、それが自分の心に影響を与えて、いろいろな問題を引き起こしていると、そんな風に言っているように感じるのです。
それに対して、さすが太陽の国、イタリア人のアサジョーリは違います。
むろん、下位の無意識の存在は認めます。
その力や影響もあるだろう。しかし、それだけではない。人の中には、自分でも気づいていない「すごい」面もあるのではないだろうか、そんな風に言い、上位の無意識である領域もあるのではと考えました。
アサジョーリが考えた心のモデルを英語版のWikipediaから転載します。
1:下位無意識( Lower Unconscious)
2:中位無意識( Middle Unconscious)
3:上位無意識( Higher Unconscious)
4:意識の領域(Field of Consciousness)
5:コンシャス・セルフ、あるいは「私」(Conscious Self or "I")
6:ハイヤー・セルフ(Higher Self)
7:集合的無意識(Collective Unconscious)
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アサジョーリの提唱するこの上位無意識や、その中心であるハイヤー・セルフは、「トランスパーソナル」と呼ばれています。トランスパーソナルという言葉がよく使われるのは、いわゆるスピリチュアル(スピ)系の人たちの間です。それでサイコシンセシスもスピ系だと思われますが、それはちょっと違います。
サイコシンセシスのカウンセリングでは上位無意識やトランスパーソナルを扱うのは最後です。
ダイアナ・ウィットモアの『Psychosynthesis Counseling in Action』によると、サイコシンセシス・カウンセリングは「中位無意識」を扱うことから始まることが多いようです。
中位無意識のカウンセリングでまず扱うのは「サブ・パーソナリティ」という概念です。
サブ・パーソナリティとは、自分の中にいるさまざまな自分をいいます。
自分の中には、いろいろな自分がいるでしょ。
家族の前にいる自分と、会社の同僚といるときの自分。あるいは同じ会社でも上司といるときの自分。また、恋人といるときの自分。そして、ペットといるときの自分。
シチュエーションが違えば、おのおのまったく違う自分が顔を出します。
状況や人によってまったく違った人格が現れる。このこのひとりひとりをサブ・パーソナリティと呼びます。
「どれが本当の自分なのか」
そんなことをサイコシンセシスでは考えません。すべて自分なのです。
いろいろな自分がいるのに、なぜ状況に応じて適切なサブ・パーソナリティが顔を出すのでしょう。
それは、私たちの中にはこのサブ・パーソナリティをコントロールする「指揮者」のような存在がいるからです。
「いまは上司の前にいるからAさんを出しなさい」とか「子どもの前にいるからBさん」などと、この指揮者が指示をして、その場、その状況にあったサブ・パーソナリティを出しています。
でも、たまにこの指揮者がうまく機能しないことがあります。
そうすると社会生活で問題が生じます。
サイコシンセシスのカウンセリングでは、まずは自分の中のさまざまなサブ・パーソナリティを理解するところから始まります。これが現れるのは現実だけではありません。夢の中に現れるイヤな人も自分のサブ・パーソナリティのひとりかもしれません。あるいは、自分が憧れているあの人も、自分のサブ・パーソナリティのひとりかもしれないのです。
このように普段は気づいていない自分のサブ・パーソナリティもいます。それを探すのもカウンセリングの最初のフェイズです。
そして、自分の指揮者がちゃんと機能しているか、していないを確認し、もし機能していないとしたら、どうやったら機能するのか、それも見ていきます。
このようにして中位の無意識を扱ったら、次は下位の無意識です。これはフロイトやユングと同じです。ここでしっかりと自分の闇の部分に向き合い、その後、やっと上位無意識、トランスパーソナルの領域を扱えるのです。
ここがいわゆるスピリチュアルなものとは違うところです。上位無意識やスピリチュアルなことを扱うには、しっかりとした土台、足元が必要であり、それをちゃんと扱ってからでないと上位無意識、トランスパーソナルは扱いません。
…ということで、今回はこのくらいにしましょう。次回から本題に入っていきますので、どうぞお楽しみに~。
さて、文中にも書きましたが、ふだんの生活の中での「こんなイヤなことがあった」ということをお教えいただければと思います。残念ながら、個別へのご返事はできませんし、カウンセリングもできないのですが、いくつか選ばせていただき、バーチャル人格かおるさんにその怒り、お悩みを語っていただこうと思っております。
どうぞよろしくお願いいたします。
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