2000万円足りない人の、とりあえずの500万円 佐藤治彦

2020.9.7

11ポテトサラダと老人

 

 2020年夏。あるネットの投稿に注目が集まりテレビ報道までされました。多くの人が議論に参加したのです。その投稿は、スーパーでお惣菜のポテトサラダを買っている子供連れの女性にシニアの男性が「母親ならポテトサラダくらい自分で作ったらどうだ」と言い放ったのを見たというものでした。
 ネットでは、他人のことに口を出すな、ポテトサラダを作るのがどんなに大変なのか知ってるのか、子育て中の若い女性の生活のことをわかっていないという怒りもあれば、美味しいポテトサラダの作り方講座と言う実用的なものまで、いろいろとありました。
 これだけ話題になったのは、それだけ多くの人が同様のことを目撃したり、感じたりしているからではないでしょうか? この文章を読んでくださってる皆さんもいろいろの感想を持たれたと思います。
 多くの人の発言を見ていくと、女性とその生活、子育てに対する暖かい発言が山ほどありました。それに異論はまったくありません。ただ、気になったのがネットなどの感想に男性についての発言が少なかったことです。このシニアの男性についての言及はただ責めるだけのものばかりでした。私はそれが気になります。
 私の想像に過ぎませんが、このシニアの男性は決して幸せな人ではない。幸せな気分で生きていない。そう思うのです。そして、こういう男性は決して少なくないと思うのです。きっと人生を懸命に生きてきて、人生の後半になってみたら、幸せな気分では生きられなくなっていた。とても悲しいことだと思いませんか?
 人は生きてきた時代や環境が違えば、自分が常識と思うことが現在と違っていても仕方ありません。たとえば、昭和の後半にペットボトルのお茶が発売された時には日本中が騒然となりました。お茶は急須で入れたほうが美味しいし、安いじゃないか。昭和の後半まで日本でミネラルウォーターを買う人は、本当のお金持ちのごく一部でした。庶民は、海外では水を買うそうだ。中東ではガソリンより水の方が高いそうだ。そう知ってびっくりしたものです。今では日本でも多くの人が当たり前のように水をペットボトルで買いますし、お茶は自ら入れるよりも、ペットボトルで飲むのが一般的なことになりました。きっとシニアの人の中には、今でもお茶や水をペットボトルで買うなんてと思って生活している人は少なくないはずです。
 だから、この老人が、若い女性がポテトサラダを買うのをみてびっくりしても、それは仕方ないと思うのです。ただ、それを口に出すか、出さないか。そういう問題ですし、ああ、今の人はこういうものを買う生活をしているんだなとおおらかな気持ちで受け入れることができるかどうかだと思うのです。
 おおらかな気持ちに欠け、自分と違うことを受け入れることができない。違和感を口に出して相手を責めてしまう。そういう人は決して多くの人と和やかな関係を築けていません。赤の他人に口に出すような人は、知り合いや友人には口には出さないようにしていても、心では思ってるので、顔や態度に出てしまうものだからです。こういうことは、大人の対応をしようと思ってるだけではうまくいきません。本当にそう思っていないとダメなのです。本当の気持ちというものは滲み出てしまうものだからです。

 私は昭和生まれ。テレビでは歌謡曲がいつも流れていました。そのメロディや歌詞は今も心に響きます。今の音楽は相当変わりました。音楽の作り方も、メロディラインだけでなくリズムやハーモニーも違います。歌い方も相当違います。時には苦手だなと思うこともあります。しかし、ヒットしている曲を何回も聞いていると、そこに面白さを感じるようになりました。ああ、こう言う音楽もありだな、面白いなと思える。そう感じるのは嬉しくもあります。
 今の映画やテレビのドラマは物語の展開が早く、その語り口がすごく短く、じっくり見せるものが相当減りました。そんなこともあって、DVDで昔の名作を見ることも多いのですが、それでも今の映画やドラマの面白さ、スピード感のある作品からも心を打つ名作が生まれていることを知り楽しんでいます。
 若い人たちのファッションや髪型、話し方や生き方も面白いなと思います。真似したいとは思いませんが、へえそうなんだと思うことはよくあります。例えば、ファミレスで若いカップルが会計をしている時に、割り勘をしているだけでなく、彼氏の方から割引クーポンを出して会計しているのを見ると驚いてしまいます。でもニヤッと笑いもします。私の若い時には、デートの勘定は男が持つ。そう言う時に割引券など持っていても決して使わないと言うのが常識でした。
 自分と違うことを面白がり受け入れる。それは幸せであるために必要なとても大切な要素のひとつだと思うのです。なぜなら自分と違う人と楽しくやっていくためには、自分以外の嗜好や価値観を認めることが必要だからです。異なるものを受け入れること。それは、自分と違う人や考え方を尊重することです。 
 お金がないといつも嘆いている、まともに食事もしていない若い人が、携帯というかスマホ、それもスマホのゲームに毎月多くのお金を使っているのを見ると、よく分からなくなります。しかし、彼らからすると、私がわざわざ劇場まで足を運び、歌舞伎やオペラのチケットに3万だ4万だと使っていることの方がよっぽど理解してもらえないんだろうとも思います。海外旅行に数十万円もかけるのも同様です。
 私とは違う若い世代の間でも、まったく赤の他人のアイドルの応援のために同じCDを何十枚も買ってみたり、同じ芝居やミュージカルを何回も見に行ったりすることが分からないと思うこともあるそうです。世代間だけでなく、同じ世代でも価値観は多様化しいろんな生き方がある時代なのです。
 シニア同士でもそういうことはあるでしょう。ふらふらになりながら運動をしたり、夏になれば熱中症で多くの死者が出ているのに、自分には不要だとエアコンをつけない人がいることに理解できない人は少なくないはずです。
 私は、家からバスで目黒駅に出るときに、権之助坂という終点の一つ前のバス停からたった2分ほどのバスの乗車のために、バス停で待ち、わざわざお金を払って乗ってくる人がいて、毎回あんぐり口を開けてました。それも、結構多くの人が乗ってくるのです。権之助坂はなだらかな坂が数百メートルに渡って続きますが、心臓破りの坂とまでは言えない坂です。いろんな店もあってみるのも楽しいし、日差しを避けることもできます。もちろん歩いて目黒駅に向かう人が多く一般的です。だから、自分なら余程のことがない限り歩くでしょう。少なくとも、バスが来るのを待ってまで歩くのを避けるような距離ではありません。この短距離にバス代を払うくらいなら、災害などで困ってる人へのコンビニ募金に回したいです。それが私の価値観です。
 だからと言って、乗ってくる乗客に、声を出して「バス停ひとつくらい歩いたらどうだ!」とは言いません。そういう人もいるんだなと思うだけです。 
 渋谷駅にバスで出るときも、渋谷駅の二つ手前のバス停に大坂上というバス停があります。そこからは渋谷駅まで歩いて10分ほどです。それも、権之助坂から目黒に行くのと違って下り坂です。それでも本当に多くの人が乗ってきます。身体が不自由な人でもなく、健康状態も私よりも断然によさそうな、何しろ自分より若い人がほとんどです。会社から通勤定期が出ているんだろうかと思って見ていると、たいていICカードで運賃を払って乗車しています。
 だからと言って、乗ってくる乗客に、声を出して「ここから渋谷までは、下り坂じゃないか、歩いたらどうだ!」とも言いません。言ったら、私が変人だと思われるだけです。
 やはり、そういう人もいるんだなと思うだけです。
 それどころか、きっとこうも思うのです。もしも誰かと一緒に出かけていて、自分と違うチョイスをされた場合。つまり、権之助坂や大坂上から友人がバスに乗るといったなら、私は一緒にお金を払って乗ると思うのです。自分とは違うけれど、相手に合わせると思う。もしかしたら、さも自分もいつも乗ってるんだ見たいな顔をするかもしれません。そして、短い時間ですが、バスの中で楽しい会話を楽しみます。
 そんな風になったのは、この10年くらいでしょうか。
 私も若いときならば、自分は渋谷まで、目黒駅までは歩くからと言ったかもしれません。いや言っていたはずです。そういう経験も少なからずあります。
「おい、一緒に乗ろうよ」と言われても、「こんな短い距離でバス代払うなんてもったいないよ」と自分の経済観念まで吐露していたものです。もちろん、そんな会話では、ちょっとした関係性のモヤモヤ、摩擦が起きます。しかし、20代の私はこれが俺の生き方だからいいんだと思ってた。空気の変化にハッとできるようになったのは30代も半ばです。普通はもっと若い時からできるものですよね?
 30代はそういう経験を何回も繰り返しても、私はまだバスに乗らない選択は続けていた。ただ、自分の経済観念を吐露することはなくなりました。余計な摩擦を避けた方が楽しいと分かったからです。そのために大人の小さな噓をついて、関係を微妙にしないまま、自分のやり方も通せるようにしてました。つまり、この近くに用事があるからとか、急に電話をしなくちゃいけなくてとか、ついていいそんな噓で摩擦を避けるようになったのです。
 今でも「こんな短い距離なのに、お金を払ってバスに乗るなんてもったいない」と思います。しかし、友人知人がその選択をするなら、笑って自分もお金を払ってバスに乗るようになりました。そして、可能なら一緒にいる人が、何でこの短い距離もバスに乗るのかを知りたいと思います。もしかしたら、靴が合わなくて歩くのが辛かったのかもしれないし、渋谷や目黒周辺に行く間の人混みを避けるのが目的かもしれません。帰宅が少しでも早くなるのなら220円程度のバス代は出したいかもしれないし、仕事が忙しくて疲労困憊していて、そんな時でさえ約束を守るために時間を作ってくれた可能性もあります。私はその理由を探ろうとする。相手の価値観や状態を知ろうとするようになりました。 
 ポテトサラダを買う若い女性に小言を言った老人は、どうも自分の娘を叱りつけるような勢いで言ったように思うのです。老人は、ポテトサラダや今のスーパーで売られている惣菜の多くを、母親や妻が作ってくれて、それを食べて人生を送ってきたのでしょう。もしくは、今では自分でも作るかもしれません。この人はポテトサラダくらい自分で作れと自分の娘にも言ったのかもしれません。
 この老人はかつてと今の女性が置かれた立場が大きく違うことをわかってないのでしょう。今の女性は子育てをしながらも、働いている人が本当に多くなったことです。自由になる時間が少なくなったのです。グローバリスムの流れの中で、普通に働く人の待遇が悪くなったために、女性も収入を得るために働かないと家計が成立しない。それも日本は男女の雇用環境にも格差が未だにあって、女性は本当に低い賃金で働かされる。毎日働いてクタクタです。それに加えて子育ても家事もあるのです。だから、スーパーの惣菜売り場のものも利用する。もしかしたら、この女性も本当は自分が母親にしてもらったように、自らポテトサラダを作って可愛い子供に食べさせてあげたいかもしれないです。そういう変化をこの老人は理解できない。だから、あんな発言になったのかもしれません。そういう社会背景をもっと分かっていたら、老人は発言をしなかっただけでなく、そんなことを思いもしない。いやもしかしたら、今のお母さんは、働きながらの子育てで大変だ。ポテトサラダを作る時間も持てないんだと真逆の気持ちを持てたかもしれません。そうあって欲しいですね。
 ネットではこの老人に非難が殺到しました。老人は言った後にどう思ったのでしょう。言って清々したのでしょうか。きっとそんなことはないと思うのです。女性のおかれた立場に理解はできなくても、あっ、余計なことを言ってしまったと思う部分はきっとあったと思うのです。

 老人は「母親ならポテトサラダくらい自分で作ったらどうなんだ」と言い放ったあと、女性が傷ついたのを見ているはずです。その変化には気が付いたはずです。つい余計なひと言を言ってしまったとしても、「あ、大変失礼しました。ごめんなさい」と、もしもすぐに謝れたら、どんなに良かったでしょう。そうしたら、両者に別の感情が残ったのではないかと思うからです。人は何回も間違いをするものです。だから、それを認めて謝る能力は絶対に必要だなと。せめて、この老人にその能力があれば良かったですね。
 余計なひとことを言ってしまった老人は、こんなに世間の話題になったことを知っているのでしょうか。テレビニュースで報道されたのを見て、そんなことを言う奴がいるのか! とすっかり忘れてしまったとは思えません。私は忘れてくれているくらいの方がいいなとも思います。あまり深く反省して落ち込んでしまったらちょっと可哀想だと思うのです。もう十分、多くの人に非難されたからです。
 感情のコントロールは、生きていくことが不快にならないためにとても必要なことだと思うのですが、シニアになってそれがうまく制御できなくなっただけかもしれません。それなら、きっともう十二分に反省していることでしょう。
 言われた若い女性は本当に災難でした。老人に言われなくてもポテトサラダは自分で作る方が安く作れることを、もちろん知ってると思うのです。そして、老人に言われたときに、怒りや驚きとともに、この女性もお母さんが作ってくれた美味しいポテトサラダのことを思い出したかもしれません。とても複雑な思いだったと思います。怒りはあったと思うのですが、せめて老人が謝ってくれていたら、彼女の心に残ったものは怒りだけではなかったと思うのです。それに、謝ってもらうと怒りも少し落ち着きますしね。
 私は年に一度くらいはポテトサラダを作ります。キッチンが暑くなるので涼しい季節に、時間があってじゃがいもが安い時に作ります。隠し味は細かいみじん切りの玉ねぎとマスタードです。塩は極力少なめ。あとは、きゅうり、ゆで卵、人参、マヨネーズで簡単にできます。すごく安く山ほどできます。幼い頃に母が山ほど作って銀のボールに入れラップをしたものが冷蔵庫によく入っていました。お腹が空くと、取り出してよく食べていました。とても美味しかった家庭の味です。そして、ポテトサラダは少し作るのも多く作るのも手間はほとんど同じなのを知ってます。それだからか、私の子どもの頃にはご近所づきあいというのがあって、仲のいい主婦は自分で作った惣菜を小鉢に入れてご近所に配り、またお返しをもらってました。そういう工夫で、食卓のおかずの種類は増えたものでした。考えてみると、幸せな時代でした。例の老人は自分の母や妻がしていたそういう知恵は知っていたのでしょうか?


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(第11回・了)

この連載は月1回更新でお届けします。
次回2020年10月5日(月)掲載