2000万円足りない人の、とりあえずの500万円 佐藤治彦

2020.6.11

08「新しい生活様式」を作りましたか?

 

緊急事態宣言が解除されました。

長い自粛生活も基準が緩められて少しほっとしていますが、僕の住む東京ではすぐに感染者が再び増えて、東京アラートというのが発令されました。レインボーブリッジや新宿の高層ビルのひとつである都庁舎が真っ赤にライトアップされています。闇夜に浮かび上がるその深紅の色がまるで炎のように思えて仕方ありません。あんな赤い色を東京が見たのは、太平洋戦争中に空襲で燃え上がる家屋を焼き尽くす炎しかなかったはずです。

そんな、大げさなと思われる方もいるでしょう。しかし、6月から8月というのは、青春の蒼い思いが爆発する夏=サマーであると同時に、鎮魂の季節でもあるのです。20年ほど前に仲良くしていた沖縄出身の音楽グループとよく遊んでいるうちに、6月が沖縄にとってとても哀しい季節であることを知らされました。沖縄本島では4月から壮絶な地上戦があり、ひめゆりの塔の悲劇で有名なように、多くの民間人は自決することを求められ20万人もの犠牲者を出したのです。そうした組織的な戦いが終結したのが1945623日とされています。この後も日本の敗戦は間違いないのに、鹿児島の知覧からは若い人たちが特攻隊として飛び立ち、南の海にその貴重な命を数多く落とし、そして、日本各地では連日連夜、軍事施設でもない市民が住まう市街地への執拗な空爆が行われ無数の人が亡くなったのです。そして、86日と9日の広島・長崎の原爆投下につながっていきます。こうして、太平洋戦争では300万人もの日本人が亡くなった。とんでもない数です。

春先にすでにドイツが降伏して、大戦の帰趨は決着していたのにも関わらず権力者は終戦の判断を先延ばしにし、多数の国民の命をないがしろにしてしまった事実は拭えません。多くの人があと2ヶ月、あと数日早く終戦を決めてくれていれば、私の夫は、息子は、母は子供は死なずに済んだのにと悔しい涙を流した。それが1945年の日本の夏だったのです。負けると分かっているのに、大切な国民の命が失われる重要性を政府が軽視する。なんと言う不条理なことでしょう。でも当時の普通の日本人にとってはそんな苦悩と悲劇の時だったのです。

僕が生まれたのは1961年。終戦とたった16年しか違いません。ニューヨークのワールドトレードセンターが同時多発テロで倒壊してからすでに19年。東日本大震災からも9年以上が経っています。つまり、僕の生まれたころは、戦争が終わって大して時も過ぎていない、多くの人が戦争の傷に苛まれながら生きていた時だった。当時の大人たちは、いま僕が東日本大震災や同時多発テロがつい昨日のように思うのと同じように、太平洋戦争を考えていたはずです。戦争中や戦後直後の普通の日本人が受けた苦悩と悲しみを考えると、コロナウィルスでの自粛生活ですむ私たちの世代はとても運が良かったといわざるをえません。

こうした危機の時に皆さんはどうやって生き残ることを考えているのでしょうか? 僕は世の中の空気を読み、政府や役所からの要請を念頭に置きつつも、ただそれを鵜呑みにするのではなく、自ら考え行動することも時には大切だと思っています。戦争中も戦後の食糧難の時代も、公式のルールにただただ従っているのでは生き残ることができなかった人が多くいます。表向きの建前のルールと、社会が暗黙のうちに定めた本音のルールが併立しています。それをきちんと把握した上で、自分で考え判断し、いい塩梅を見つけて行動しないと、個人が被る被害は尋常ではなくなる可能性があるのです。一言で言うと上手くやることが必要だと思うのです。

今回の緊急時もそれは言えると思うのです。政治的な判断で自粛を呼びかけ、これ以上の経済の沈滞は受け入れられないと基準を緩和する権力を握る人たち。その人たちが、何と言おうとコロナウィルス は消えたわけでも、治療できる病になったわけでもありません。6月の1週目で世界中で40万人以上の死亡が確認されています。そして、死者の数はどんどん増えています。収まる気配は全くありません。感染爆発=パンデミック状態は続いているのです。

3月から4月にかけてはイタリアやスペイン、イギリスなど欧州が感染爆発の中心地でしたが、その後、アメリカ、特にニューヨークに移りました。アメリカでは11万人以上の人が亡くなっていて、最も悲劇を生んでいるのはニューヨーク州でもマンハッタンや隣接するブルックリンなどの人口密集地です。そのニューヨークの感染爆発の主な原因に挙げられたのが、ニューヨークの主な公共交通手段である地下鉄です。その過密な状態が多くの感染者と犠牲者を生んだとされています。僕はニューヨークに住んでいましたし、その後も何十回とニューヨークに出かけていますので、よく知っていますが、その混み方は日本よりずっと緩やかです。ニューヨークの地下鉄と日本の通勤時の満員電車と比べるとどちらが危ないかは明らかに思えます。ところが、日本では、特に春先までは公共交通機関が感染爆発の中心になる可能性があるとは、ほとんど言われないままでした。中国、欧州、米国も公共交通の利用には厳しい制限をかけているのに、日本ではタブー視されて何も言われない。もちろん、日本では多くの人がマスクをし、会話を控えるなど、満員電車を利用する人はいろいろと配慮していたとは思うのですが、誰もが一番3密になるのは、通勤や通学列車だろうと思っいるはずです。しかし、出来るだけ避けるようにとか、時差通勤が推奨されても、飲食店やライブハウス、パチンコ店に厳しい自粛要請があったのとは対照的に、満員電車は仕方のないものとして、各自の自主性に任せるという形でしかありませんでした。僕は怖くて利用するのをほとんど辞めてしまいました。いったい正解はどこにあったのでしょうか?

僕は自分自身のことは最終的には自分で守るしかないと思ってます。緊急事態宣言が出ているか出ていないかに関わらず、どう行動すべきかは自分で判断して行動しなくてはならないと思うのです。僕は緊急事態宣言が解除されたからと人混みの中に外出するのは安全になったとは思えないし、緊急事態宣言中であっても、それほど人の歩いていない風のある屋外では、しっかりマスクをする理由はないと思うのです。

僕は公共交通機関に乗るときには混雑していれば、マスクだけでなく水泳用のゴーグルをすることもあります。積極的に窓も開け、その風下に立とうとします。また、スーパーで買い物をする時にはマスクだけでなく、さらに手袋もしています。しかし、店から出たらたいていはマスクも手袋も外します。そう自分で決めて行動してきました。

この数カ月で通勤に自転車を利用する人が増えたそうです。それは、満員電車の3密の状態を避けたほうがいいと思ってる人がそれだけいるということでしょう。出来るだけ避けるようにと言われても、使うことを禁止されない公共交通機関。そんな論理に自己矛盾があると感じた人が、通勤手段をしなやかに変えたのでしょう。

もう一つ、今回の象徴的なもののひとつがマスクでした。1月の末に東京の屋形船でコロナウィルスの陽性患者が出ると、数日で街からマスクは消えてしまいました。政府からは増産を要請しているから心配する必要はないと言った趣旨の発言が繰り返されました。近いうちにマスクは買えるようになるとも言われました。しかし、それを信じた人が街中で簡単にマスクを買えるようになったのは、東京の場合は緊急事態宣言が解除された後です。本当に必要な時にはマスクはどこに行ってもなかったのです。トイレットペーパーも、消毒液も慌てなくていいと言うことを信じた人は手に入れられなかったのです。3月に政府が洗える布製マスクを2枚づつ全世帯に配るから心配しないようにともされましたが、そのマスクさえ5月の末までに届いた人は少数派です。

いまマスクは街中に溢れるようになりました。中国でマスクの需要が下がり、繰り返し使える布製などのマスクを使う人が増えたこともあり、マスクの輸入で一山当ててやろうと思った人のマスクが溢れかえっています。需給のバランスが崩れたのですね。それまで1枚100円はしていた使い捨てマスクが、僕の家の周辺では30円くらいまで下がっています。しかし、今回の騒ぎが起きる前までは、使い捨てマスクは50枚入りで5〜600円前後でした。つまり、まだ高いです。大儲けしてやろうとマスクの商売に手を出した人は、いま在庫の山を抱えて何とか最小限の赤字で済まそうと必死だと思います。つい1カ月ほど前までは、飛ぶように売れていたマスクが、いま見向きもされなくなりました。ただ、僕は50枚で1000円を大きく下回る価格になったら、何箱か買っておこうと思います。マスクは消費期限があるわけではないですし、いわゆる感染の第二波がくれば、またマスクは必要となるでしょう。もうすぐ今年も台風のシーズンがやってきます。日本は地震もあります。避難場所に行かなくてはならない時にはきっと3密になります。その時にはマスクが必需品です。大災害のために何日間か過ごさなくてはならなくなれば、マスクの替えも必要です。その時は布製マスクを避難場所で洗って干すことはできそうにもありません。そして、またいつか来るかもしれない新たな感染症のためにも、買っておけば、今回のようにマスクがないと慌てずに済みます。次の危機の時。自分の友人知人などで、マスクがなくて困ってる人がいれば分けてあげることもできます。ですから、少し買っておこうと思います。

世の中には建前と本音があります。僕がそれを強く思ったのは、就職試験の時に公式の解禁日と事実上の就職試験の開始日には大きな差があったからです。それぞれの人生に大きな影響を与える就職試験なのに、世の中には公式の建前の解禁日しか流通していません。本音の就職試験解禁日をきちんと見極め、行動しなかったために就職が上手くいかなかった同級生が何人かいたのです。

今回の新型コロナウィルスの問題でも、PCR検査を幅広くしたほうがいいという説とする必要がないという説が出回りました。そして、37.5度の発熱が4日間続いたら、検査を受けるべきかを相談するというルールが当初はありました。それをきちんと守って命を落とした人、重症化した人がどれだけいたでしょう。反対にルールを四角四面に厳格には守らず、これは危ないと判断し、すぐに連絡し検査を受けて助かった人も少なからずいるはずなのです。

アメリカでの新型コロナウィルスの死者を見ると、低所得者の死者が平均の2倍以上になっています。これはアメリカだけに言えることではなく、世界的なことだそうです。WHO(世界保健機関)もこの感染はより経済的に弱い人に大きな健康被害があるとリポートしていますし、経済的なダメージはそれこそ明白に襲います。この数カ月で仕事だけでなく、住まいを失った人も少なくありません。それは、築いてきた人生の基盤が崩れてしまうことを意味します。ですから、経済的にぜい弱な生活をしている人は、それ以上にしたたかに、自分で学び、考え、判断して行動することが必要なことがあるのです。

今回はいつもと違う形でお話をさせていただきました。もう一度申し上げます。緊急事態宣言が解除されたから、ウィルスが日本からなくなったわけではありませんし、今後も海外のいろんなところから日本に再び入ってくる可能性もあります。どうか、生き延びてください。ということで、今月は最後に皆さんに質問して終えたいと思います。


Q 新型コロナウィルス において、新しい生活様式が求められました。さまざまなルールもありました。では、実際の皆さんの生活はどのように決めましたか? 公式なルールを自分なりにアレンジしましたか? それとも、公式ルールを厳格に守りましたか?

追記:僕は決して政府や自治体の広報するルールや自粛要請を批判したり否定しているわけではありません。それに従うなと言ってるわけでもありません。そこを誤解しないでくださいね。


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(第8回・了)

この連載は月1回更新でお届けします。
次回2020年7月7日(火)掲載