生きていく上で、かけがえのないこと 吉村萬壱・若松英輔

2017.4.20

39虚無


虚無

若松英輔

 幼い子どもにも、自分と向き合いたいと感じることはある。一人になって自分の心と向き合う時間を飢えるように欲する、そんな衝動を感じる。孤独を愛する、というとずいぶんと大人めいた響きに聞こえるが、そうした抗いがたい思いは、もの心ついたばかりのころからあった。
 それは今も変わらない。睡眠時間は多少短くてもよいのだが、誰とも話さない時間が一日のうちに、睡眠時間の半分ほどないと全般的に調子がよくない。人間嫌いではないと思うのだが、一人でいる時間がほかの人よりも必要なのかもしれない。
 今日では「衝動」という言葉はどこか、否定的な文脈で用いられる場合は多いが、必ずしもそうとは言えない。人は生涯のあいだに幾度か、人生の衝動と呼ぶべき情感を抱く。そうした実感が、もっともよく表現された文章の一つが松尾芭蕉(一六四四~一六九四)の『奥の細道』はじめにある次の一節ではないだろうか。

  予もいづれの年よりか、片雲の風に誘はれて、漂白の思ひやまず。

 自分が旅に出るのは、自分の願望であるよりも、雲の誘いによるもので、それに抗うことはできない、というのである。
 言葉通り、芭蕉は支度をしっかりとして旅に出た。だが、生きるということ自体が旅だという人は少なくない。それは単なる比喩でないならば、誰もが旅人だということになる。芭蕉を貫いた衝動は現代を生きる私たちの心を日々、貫いているはずだ。
 人は誰も、容易に埋めがたい虚無を内に抱えて生きている。それは自信の欠落や不安、あるいは不信といったかたちで現われる。虚無は恐ろしい。そう感じるかもしれない。しかし、もし、虚無を感じることがなければ王侯の子息だった釈迦が、ブッダ(目覚めた人)へと変貌することもなかったし、法然、道元が生まれることもなく、一人の北面の武士が西行となることもなかった。彼らにとって虚無との遭遇は回心のはじまりを意味していた。
 さらにいえば、虚無の風が吹く、それは人生における新しい旅の始まりが告げられている。そう芭蕉は感じていたように思う。
 先の一節に芭蕉は続けて、「道祖神の招きにあひて取るもの手につかず、股引の破れをつづり、笠の緒付けかへて、三里に灸すゆるより、松島の月まづ心にかかりて、住める方は人に譲り」とも書いている。
 旅へと招くのは人間ではなく、旅先の土地にいる道祖神たちである。それを感じたらもう居ても立ってもいられず、服の破れを直し、笠の緒を付け直して、足にある三里というつぼに灸をする。
 遠く松島の空に浮かぶ月が強く心に浮かび上がってくる。住まいも人に売ってしまった、というのである。住まいを売却したのは旅の資金が必要だったからかもしれないが同時に、当時の旅はつねに、身の危険を感じながら行われる行為だったことが暗示されている。
 何かにせき立てられるように旅立つ芭蕉の姿は、他者の眼には不可解なものに映ったかもしれない。しかし、彼には打ち消しがたい人生の必然があった。私たちは人生のうちに何度か、こうした衝動を経験する。それは我意から出たものであるよりは自らのおもいを乗り越えるものとして抗しがたい力をもって私たちの生に顕現する。
 虚無を感じるのは、私たちの人生に意味がないからではない。今感じているよりもより深く感じることを人生が求めているのである。
 旅とは、芭蕉のように遠くへ行くことだけではない。世界は確かに広い。しかし、私たち個々の人間が宿している宇宙もまた、はかり知れないほどに広く大きい。私たちが出発しなければならないのは、外ではなく、内なる旅なのかもしれないのである。

 

 

 

虚無

吉村萬壱


 私には、意味を嫌う傾向がある。
 例えばここに一枚の絵があって、桜の木が一本描かれているとしよう。桜の花は満開になっている。そしてこの絵に「希望」というタイトルが付されているとすると、私はたまらなく不自由なものを感じて、たちまちこの絵に興味を失ってしまう。桜は桜であって、そこに「希望」などという意味付けは一切要らないと、どうしても思ってしまう。更には、桜である必要すらない。白い花を沢山付けた一本の木ということだけで充分であるし、もっと言えば花や木であることすら必要ない。何か白や灰色で構成された意味不明の物体であってくれた方が、私にとってはずっと気楽で、風通しがよい。
 つまり私は、ひねくれているのである。
 人は自分の人生に意味や希望がなければ生きられないというが、本当だろうか。
 確かにフランクルはこう書いている。
「何の生活目標をももはや眼前に見ず、何の生活内容ももたず、その生活において何の目的も認めない人は哀れである。彼の存在の意味は彼から消えてしまうのである。そして同時に頑張り通す何らの意義もなくなってしまうのである。このようにして全く拠り所を失った人々はやがて仆れて行くのである。あらゆる励ましの言葉に反対し、あらゆる慰めを拒絶する彼等の典型的な口のきき方は、普通次のようであった。『私はもはや人生から期待すべき何ものも持っていないのだ。』」(V・E・フランクル『夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録』みすず書房)
 意味、価値、目標、希望、家族、友人、仕事、生きがい、愛、平和といったものは、誰の人生にとっても生きていくうえでかけがえのないものであり、一見反論の余地がない。しかし我々は強制収容所にいるのではない。希望などなくても、それが即、死に結び付くということはない。幸福か不幸かは別にして、意味や希望などないままに生きていくことが、決して不可能ではない社会に我々は生きている。そしてこの社会は、アウシュヴィッツから生還した人々が、長く夢見た希望とは全く違う一種の無感動な解放に直面したのと同じ無意味さに彩られているのかもしれない。全てを手に入れてさえ一切は虚しいとソロモン王は言った。
 人生から期待すべき何ものも持っていない人は、果たして間違っているのだろうか。意味のない人生を生きる在り方も、どんな強制力をもってしても誰にも奪えないその人固有の「態度」として、当然尊重されるべきであると私は思う。この世に対する希望は、言葉を変えれば生への執着である。そういうものを一種の束縛であり、また苦役であると感じて、希望や期待や意味からすっかり自由になりたいという思いを抱いたとしても、それは文字通りその人の自由である。
 私は時々あの世のことを考える。そして出来れば、あの世がこの世と地続きのような場所であって欲しくないと願っている。もし死後もなお、この世的な価値観が支配する世界が続いているとすれば、そのことを知った途端私は叫び出してしまうような気がする。
 私があの世に望むのは、虚無である。
 純粋に何もない世界。全てが消えて何もない。もちろん意味も価値も全てが存在しない。それは果たして絶望的な世界だろうか。いや、虚無の世界には絶望すら存在しないはずである。そしてもともと、この世もまた虚無だったのではなかろうか。
 人間が、この世に意味を創ったのである。言葉によって。板子一枚下は虚無であり、そこに営々と意味の巨大構築物を作り上げてきたのが人類史なのだと思う。一本の桜の木には、本来何の意味もない。もちろん、人間存在にも意味はない。意味がないからこそ、無限の言葉を積み上げて絶えず意味を補強することで、虚無の中に逆戻りしてしまうことを懸命に回避しようとしてきたのが我々の営みなのではなかろうか。「神は人を正しい者に造られたけれども、人は多くの計略を考え出した」(「伝道の書」第七章)。意味に対する人間のこの熱狂は強迫観念的である。そして意味は増殖し、死後の世界にまで及んでいる。しかしこれら過剰な意味は、本当のことなのだろうか。むしろ、意味がなければ生きられないという人間の在り方そのものが、生物として極めて特殊で、何か一つの病気のようなものなのかもしれないと思う時がある。
 しかしこんな文章を書いていること自体、私が意味の囚われ人であるということを証明している。死に際に、あちら側が完全な虚無であると分かった瞬間、私はやはり叫び出してしまうのではなかろうかと思う。


 

(season2  第14回・了)

この連載は月3回更新でお届けします。 次回は2017年5月1日(月)掲載