私のイラストレーション史 南伸坊

2015.10.21

03「コドモの頃から絵が得意」だったワケじゃない。

 

 イラストレーターとか漫画家とか、私の知っている絵描きは、たいがいコドモの頃に周囲から絵のうまいのをほめられている。
 たとえば水木しげるさんは天才児と新聞にまで載ったし、赤瀬川原平さんはクラスの子にせがまれて軍艦の絵とか描いてあげてた。横尾忠則さんも和田誠さんも、コドモの頃の絵が今でもちゃんと残っているし、安西水丸さんも、やっぱりコドモの頃の絵を見ることができる。みんなとってもうまい。
 イラストレーター仲間にリサーチするみたいに聞いてみるけれども、ほとんどの人はなんらかの形でコドモの頃に絵をほめられている。
 私はというと、そもそもがコドモの頃の記憶がほとんどない。

1.小一の私

 三つ上と五つ上の姉がいたのだが、上の姉が六年生の時、担任の先生から私のことを尋ねられたらしい。
「キミの弟、顔おっきいねえ!」
 それが夕食の食卓の話題になったのである。
 当時「顔が大きい」ことは、今のようにあからさまなマイナスイメージではなかったけれども、かといって、ほめ言葉だったわけでもない。
 だからうれしかったわけじゃないはずなのだ。そもそも当時のことをこのように憶えている、というケースがひどくめずらしい。
 家族がテーブルを囲んで、カレーライスだか肉じゃがだかを食べているわけだ。そういう時に小学六年生の姉が発言する。
「カツヤマ先生がね、あの顔おっきい子なんて名前? って訊いたの」とか言う。ふーんと母が笑い顔で応じている。
 夕食の食卓では、ふだんキゲンの悪いオヤジも、冗談を言って、家族で大笑いしたりする。私はこの時間がきっと好きだったのだろう。そうして、そこで姉たちのように発言して、みんなが笑ったりする。のを自分もしてみたいと思っていたのにちがいない。
 だが、私は口が回らなくて「えーとね、うんとね」と言うばかりで話がちっとも進まない。そのうち、しびれをきらした姉達のどちらかが、新しい議題を持ち出してしまうというわけだ。
 私はその時、話題の人になれたのがうれしかったのかもしれない。
 カツヤマ先生が、なぜか私の「顔がでかい」ことに妙に興味を持ったというだけの話であるが。
 もっとも、こんなふうに思うのは、今ふりかえって思うので、当時は本当にボンヤリしたコドモだった。小学校にあがって、どんなことをしていたのか、どんな気持ちですごしていたのか、まるで思い出せない。まったく学校という場所に馴染んでいなかったらしい。
 私は、幼稚園にも保育園にも行かずに、いきなり小学生になったから、周囲の子どもがたやすく理解できることがわからなかった。
 「前へならえ」というのが、わからないから「小さく前へならえ」というのも、もちろんわからない。なんでみんなあんなふうにサっとうごけるんだろう? と思っていたのだろう。
 そんなふうで、一体どうやって友達になったかしれないが、コグチテツオ君という同級生を家に連れてきたことがある。漢字で書くと小口哲雄くん。お父さんが郵便屋さんで、だからホンモノの郵便屋さんの自転車がうちにあった。
 小口くんが、内職しているオフクロに、ちゃんとアイサツをすませてから咳き込むように
「あのネ、このコのりんご、こ~~んなにちっちゃいんだよー」
 とナゾのようなことを言ったそうだ。
「そーお」
 と、オフクロは手を動かしながらそのまま、聞き流していたらしい。
「うんとね、こ――んなにちっちゃいの」
 と小口くんが重ねて主張するので、奇妙な印象だけが残ったらしい。それからいくらもしない日に、オフクロは授業参観にキモノを着て出かけたのだが、ゲラゲラ笑いながら帰ってきた。
 夕食のテーブルで、オフクロが思い出し笑いしながらきりだした。
「こないだ、小口くんて子があそびにきてヘンなこと言うの。この子のりんご、こ~~んなにちっちゃい、こ~~んなにちっちゃいって、何度も言うのよ。なんのことだろうと思ってたんだけど、今日行って、すーぐわかった。絵がい~っぱい貼り出されてあるんだけど、あっ、アレがのぶひろの絵なんだ、ってす~ぐわかった(笑)。のぶひろの絵だけ、りんごがこ~んなにちっちゃかったから」
 と言ってケラケラ笑っている。こんなにお母さんが「よろこんでる」と私は思ったらしい。こんなに笑って、ぼくの絵はお母さんに「うけたなあ」と私は思ったらしい。
 この絵がどういう課題であったかというと、黒板に先生が作ったお手本の絵が貼ってあった。「りんごとみかん」の絵。

3.お手本

 ひとりひとりに画用紙と色紙が二枚(だいだい)と(赤)それから緑色のテープが3センチくらい。そうして備え付けの大和糊が一つずつ配られる。

2.材料

「お手本のように作ってみましょう」
 ということだ。私は(だいだい)の紙をとりあげて、丸くやぶいていった。すると、とってもうまいこと丸くできたので、すぐさまのりをつけて、ペタリと貼ってしまった。
 みかんのヘタもじょうずにちぎって即座に貼りつけた。ところが、りんごの部に突入するとなかなか気にいった形になってくれない。
 最終的に納得がいったのが、こんな具合だ。

4.こんなちっちゃい

 お手本とは、ちょっと違ったが、私は私なりに満足できる仕上がりだった。

 

 

 

(第3回・了)

 

この連載は月1更新でお届けします。
 次回2015年11月18日(水)掲載