「いま」と出会い直すための精神分析講義 工藤顕太

2020.6.25

14「精神分析の時間論——ヘーゲルに抗するラカン」

 

 前々回・前回と、フロイトの「狼男」症例から、精神分析における現実とは何かを考えてきた。患者が4歳のときにみた夢の解釈から「原場面」(=両親の性交の場面)を導き出したフロイトは、この場面が「心的現実」、つまり患者のファンタジーである可能性こそ認めるものの、その根拠をあくまでも「物理的現実」のなかに探り出そうとする。この飽くなき探究は結局、人類の歴史以前の経験が個人の無意識のなかに書き込まれている、というかなり飛躍した仮説にまでフロイトを導いたのだった。
「現実界」という独自の概念によってラカンが企てたのは、フロイトのこの飛躍(良い意味でも悪い意味でも)の価値を最大限引き出すと同時に、分析主体が話すことでみずからの記憶を掘り下げてゆく、という分析実践の基本へとそれを連れ戻すことである。
 ただしこれは、ラカンがフロイトのファンタジーからより「真っ当な」議論を引っ張り出してきた、ということではない。そこにどんな飛躍があろうとも、フロイトの思考はすべて、実践をめぐる問いと結びつくことではじめて真に意味をなす——これが、ラカンが終始譲らなかった基本姿勢なのだ。
 前回述べたとおり、現実界とは、話す主体の言葉が突き当たる限界、あるいはその言葉によって紡がれる個人の歴史の起源(これ以上遡ることができない地点)である。精神分析がトラウマと呼んできたのは、まさにこのような意味での現実界なのだとラカンは言う。どうやってもそれについて話すことができない、という不可能性こそが、トラウマの本性である。
 では反対に、このような不可能性から解放された完全な言語というのは果たしてあるだろうか。あるいは、自分について隅々まで見渡すように知っていて、そのすべてを話すことができる主体は存在しうるだろうか。デカルトの神のような全能の〈他者〉を想定する形而上学ならいざ知らず、少なくとも精神分析の答えは否である。何かについて絶えず語り損ねること、どうやっても言葉にできないものを抱え続けること、これはすべての話す主体に等しく降りかかる条件だ。
 だとすれば私たちは、言葉を話すようになったそのときから、構造的に、トラウマを携えていることになる。そのかぎりで、トラウマは、そしてそれがもたらす症状は、必ずしも精神分析というフィールドに限定されはしない。
 例えば、どうしても「あの人」に「このこと」を話したいと思っていたはずなのに、いざ話そうと思ったらまるで言葉が繋がらないとき、私たちはどんなふうに感じるだろうか。それがたった一度のことであれば、たんなる偶然と片付けて忘れてしまうことができる(たまたま疲れていたのかもしれない、たまたま考えがまとまっていなかっただけだ、等々)。
 だが、それが何度か繰り返されたら、そこには何か本質的な原因があると考えるようになるかもしれない。あなたがその原因を自分のなかに探し始めるとき、ほんの些細な偶発事は「症状」としての価値を持つことになる。私たちがどこまでも言語に依拠して生を営む存在であるという事実と、その裏側に絶えずついてまわるトラウマ(=言語の限界)は、そんなふうにして、折りに触れ、みずからの存在を忘れさせまいとするかのように顔を覗かせる。

***

  ここまでしばしば「歴史=物語(histoire)」という言葉を用いてきたが、そこで問題となっているのは、つねに、言語と時間である。今回は、とりわけ時間のほうに焦点を当てて考えてみよう。というのも、トラウマをめぐるフロイトの議論は、ある特殊な時間性の発見と切っても切り離せないからである。フロイトはこの時間性を「事後性(Nachträglichkeit)」と名付けた。ちなみに、ラカンはあるところで、フロイトのいう「事後性」に着目し、それを精神分析の重要概念の地位に押し上げたのは自分の功績だという旨のことを述べている[1]
 では、「事後性」とはどんなものなのか。それを考えるための素材は、やはり「狼男」症例のなかにある。この症例は、事後性というメカニズムがはっきり現れているという意味でも、多くを教えてくれるのだ。フロイトは、原場面がパンケイエフにもたらした影響について、次のように述べている(念のため繰り返すと、このテクストが書かれた1914年の段階では、フロイトは原場面の目撃を現実に起こった出来事とみなしている)。

さらに述べておくと、この原場面の活性化(私は意図的に「想起」という言葉を避けている)は、あたかもそれが現在の新しい体験であるかのような作用をもたらす。この場面は事後的に作用して、1歳半から4歳のあいだその新鮮さを失っていなかったのだ。[2]

  ここで問われているのは、パンケイエフが原場面を目撃したと思われる1歳半から、彼が狼の夢をみた(つまり原場面が編集されたかたちで夢のなかに現れた)4歳までのタイムラグがどうして生じたのか、ということだ。フロイトの考えでは、原場面はまず、理解不能なものとしていわば凍結された状態で記憶され、後になってから、あるきっかけによって「活性化(Aktivierung)」されることではじめて、その作用を発揮した——あたかも、突如解凍されて、今まさに経験されているかのような生々しさを伴って。いうまでもなく、狼の夢はこの作用の産物である。
 フロイトが注意深く書いているように、二年以上も凍結されたままだった原場面の記憶は、そのまま「想起」されることはなかった。4歳当時のパンケイエフは、無意識から掘り起こされ、「活性化」されたこの場面を思い出すことなく、その代わりに夢を見たのだ。この夢が巧妙な編集によって原場面と似ても似つかないものになっているのは、彼がこの場面と、それに託された自分の欲望を抑圧しているからである。その欲望とは、前々回みたとおり、父親がもたらしてくれるはずの性的満足への欲望だ。
 原場面の効果を事後的に目覚めさせるその引き金を引いたのは何かというと、他ならぬこの欲望の高まりである。フロイトによれば、クリスマスを前にしてプレゼントへの期待に胸を膨らませた少年に宿っていたのは、実のところ、抑圧を免れない芽生えたばかりの性的欲望だった。そしてこの欲望が、父親が母親に性的満足をもたらしている場面の記憶を呼び覚ました。
 このように、ある記憶が、一定の潜伏期間を経て、それより後に経験されたことがきっかけとなってはじめて意味を持ち効果を発揮する、という事後性のメカニズムは、この症例に限らず、神経症一般に共通している。ヒステリーの治療から出発したフロイトが、トラウマの事後的展開によってヒステリーの症状が生み出される、という独自の病因論を練り上げたのも、キャリアの最初期である。
 要するに、精神分析という実践の発明は、事後性という特異な時間性の発明でもあったのだ。
 トラウマの発効という点で、パンケイエフの夢はこうした症状形成のメカニズムと同型のものである(症状も夢も、無意識の形成物という意味で同じ水準にある)。ところでフロイトは、パンケイエフが、この夢をみてから大人になって分析を受け、それについてようやく言葉を紡ぐようになるまでのタイムラグにも、やはり事後性を見て取っている。

これはたんに、事後性の第二のケースなのだ。子どもは1歳半のとき、それに対して十分に反応することのできないひとつの印象を受け取ったが、4歳になってこの印象が甦ってきたときにはじめてそれを理解し、心を奪われた。そして、そこから20年後の分析のなかではじめて、当時自分のなかで起こったことを、意識的な思考活動によって把握したのである。[3]

 事後性は、第一に原場面と夢のあいだで、第二に夢と分析経験のあいだで、パンケイエフという主体の歴史を条件づけている。トラウマは、経験されたその瞬間からトラウマ「である」わけではない。それはいつも遅れて、何らかのきっかけを捕まえるようにしてトラウマに「なる」。さらに、こうしたプロセスもまた、プロセスそのものよりもつねに遅れてやってくる言葉をつうじてはじめて明らかになる。だから、最初の出来事が理解不可能なものの記憶として無意識に書き込まれ、やがてそれに言語が追いつくまでの流れのなかで、事後性はいわば二重になっている。
 すでに触れた点だが、パンケエフは分析のなかで原場面について思考をめぐらし、当時の自分はそれを一種の暴力沙汰だと感じたが、母親の悦びに満ちた表情は明らかにそれと反対のことを語っていたと話した。ごく常識的な見方からすれば、1歳半の幼児がこれほど細やかな洞察を持つとは考えにくい。それは4歳の子どもにしても同じことである。たとえ早熟な性的体験を経ていたとしても、4歳の子どもの無意識がみずからの欲望に応じて記憶を掘り起こし、その意味を正確に理解し、あまつさえそれを夢の素材に利用することなどできるのだろうか。
 フロイトがうえのような二重の事後性の意義を強調するのは、まさにこうした疑義に対して先手を打って応答するためだ。
 原場面とそれに連なる夢の意味は、フロイトとの分析のなかに、いや、この分析を形作るパンケイエフ自身の言葉のなかに、ようやく時機を得て到来した。それは、彼が大人になった現在の視点に合わせて、自分の過去に新たな意味を与える、ということではない。そうではなく、ひとつの記憶に宿っている潜在的な力が、分析の現在において顕在化し、それが言葉を紡ぎ出すのだ。
 過去の出来事について語る現在の言葉は、その出来事に対してあくまでも必然的になされるリアクションであって、このリアクションはいつも遅れてやってくる。実のところ、そのときまで出来事の経験は本当には終わっていないのであって、この事後的なリアクションを以ってはじめて、ひとつの区切りを迎えることになる。

***

  ひとつの記憶が後からトラウマになり、さらに遅れて、今度は言葉がそのトラウマを追いかけるようにしてやってくる。これが、精神分析をつうじて無意識から取り出されてくる主体の歴史である。だとすると、患者は最終的に、この歴史全体を見渡す地点に立つことができるのだろうか。言い換えれば、精神分析は完全な自己知へと主体を導くのだろうか。
 このような大仰な問いを立てるのは、ここであらためて、ある種の哲学と精神分析の根本的な差異を確認したいからである。いささか唐突に思われるかもしれないが、フロイトのいうトラウマを特徴づける際にラカンが引き合いに出してくるのは、ヘーゲルの『精神現象学』(1807年)だ。以下は、セミネール『ある〈他者〉から他者へ』(1968-1969年)での発言である。

ヘーゲルの自己意識とは〈私が思考するということを私は知っている〉であり、それに対してフロイト的トラウマとは、それ自体が思考されえない〈私は知らない〉である。というのもフロイトは、およそいっさいの思考の、解体された〈私は考える〉を想定するのだから。無意識を理解することが問題となる場合には、起源‐点は、発生的にではなく構造的に理解すべきものであり、欠落する知の結節点なのである。[4]

  まずはヘーゲル独自の概念について少し確認しておこう。
『精神現象学』において、「自己意識」は意識と対象の対立を乗り越える運動とみなされる。意識にとって、対象とは自己の外部にあるものだ。つまり、意識においては、自己と対象の静的な区別が設定されている。重要なのは、この(自己と対象という)区別そのものが、実のところ、意識そのものに由来している、という点だ。まさしくそれゆえに、意識は、対象との関係をつうじて、自分自身を知ることになる。
 言い換えると、意識にとって、外部にかんする知は、同時に自分自身にかんする知でもある。この意味で、対象は意識が自己知に至るための不可欠な媒介なのだ。この媒介作用によって、他者のうちに自己を見いだすこと、それこそが自己意識である。『精神現象学』を貫いているのは、みずからの外に乗り出すことによってみずからに帰ってゆく、という逆説的な運動の連続である。
 この運動の出発点には、知(Wissen)と真理(Wahrheit)の分裂がある。知は本質的に意識の内部にある。これに対して、真理は内部/外部という対立が乗り越えられた後で、つまりすべてが内部に包含されるに至ってはじめて知られることになる。したがってこの運動の終着点は、知と真理の分裂が完全に乗り越えられて、知が究極的な全体となることだ。
 以上を踏まえて、ラカンの議論に戻ろう。うえの発言で、ラカンはヘーゲルをデカルトの延長線上に位置付けつつ、ヘーゲルの自己意識とフロイトのトラウマをはっきりと対立させている。ここで問題となっているのは、両者において主体と知がどんな関係にあるか、という点だ。
 ヘーゲルの自己意識では、主体はみずからを知っている。というよりむしろ、主体は知そのものであることによって、みずからの同一性を保っている。自己意識は、絶えず他者を媒介にして、自分自身との一体化を果たす。これに対して、フロイトのトラウマは知の「欠落」する地点をなしており、その意味で、知と分裂した真理の座を占める。当人のあずかり知らぬうちに主体を決定づけるという点で、トラウマは真理の価値を持つ。
 では、こうした知と真理の分裂にあって、主体はどこにいるのか。ここで、ラカンがコギトの定式を絡めつつ議論していることに留意する必要がある。第7回で述べたように、ラカンにとって、コギトが示しているのはなによりも主体の分裂(思考という行為のなかでの存在の消失)にほかならない。つまり、主体は知と真理のあいだで分裂を余儀なくされるのだ。
 これを踏まえたうえで、もう少し視野を広げて、『精神現象学』全体のプロジェクトについて触れておきたい。プロジェクトというより、ここでこそ「歴史=物語」という言葉を使うのが適切かもしれない。というのも、この本はひとりの主人公(=主体)がみずからを形成し、展開してゆく歴史=物語を描いたものだからだ。
 重要なのは、この歴史=物語では始まりと終わりがしっかりと結びついていて、全体が閉じた円環をなしていることである。
 ヘーゲルが企てたのは、真理がひとつの全体をなすような哲学体系であると同時に、「精神」という主人公が力強く運動し、みずからの歴史を作り出す壮大なドラマでもあるような構成だった。ヘーゲルによれば、このドラマの最後に、「精神」は「絶対者」として姿を現す。そして哲学の使命は、この「絶対者」を認識することであるという。
 この構成が興味深いのは、見方によってはそれが、うえでみたフロイトの事後性の論理に通ずるように思えるからである。例えば、『精神現象学』の序論では次のように書かれている。

真理とは全体である。全体とは、しかし、自らの展開を通じて自らを完成する実在にほかならない。絶対者について言われるべきことは、絶対者が本質的には結果であって、終わりに至ってはじめて真に絶対者となる、ということだ。まさしくここに、現実的なもの、主体、もしくは自己自身への生成という、絶対者の本性がある。[5]

  主人公が紆余曲折を経て真理を知る。ヘーゲルに言わせれば真理とは全体だから、そこには当の紆余曲折も丸ごと含まれている。そしてそれは自分の正体を知ることでもある。その意味で、主人公が物語の終わりで、その始まりに帰ってくることになる。この一部始終を開陳するのが、哲学者の叙述である。
 「精神」は、みずからを展開する歴史の終わりに至ってはじめて、事後的に、自分自身になることができる。このとき「精神」は「絶対者」として、普遍的かつ究極的な自己意識に達する。ここに至って意識は、自分が歩んできた歴史全体、様々な他者との出会いを含んだ物語全体そのものが、実は自分自身であったことを知る。言ってみれば、作中人物が自分の出てくる作品そのものを知るということになるから、これはまるでメタフィクションだ。
 では、この円環を経巡ることで、いったい何が起きるのか。この叙述の出発点には実はすでにその結末までもが含まれていた、ということが——事後的に——証明されるのだ。そのとき私たちは、『精神現象学』を、「精神」という主体の「記憶=内化(Erinnerung)」として読んでいたことになる。「ひとりこの学だけが、精神の、自己自身についての真なる知なのだ」[6]
 このように、良く言えば周到に練られた、悪く言えば予定調和的な結末にあって、主体は自身についての完全な記憶を持ち、それが知と真理の完全な一致を体現する。ラカンの見立てでは、まさしくこの点で、フロイト的無意識はヘーゲルへの抵抗となる。というのも、ヘーゲル的な精神の記憶のなかには、トラウマが体現する不可能性、ラカンのいう「欠落する知の結節点」など存在する余地がないからだ。
 精神分析をつうじて、主体は事後的に、みずからが無意識のなかに秘めていたトラウマと向き合うことができる。だが、それが完全な自己知に至ることは決してない。
 自分を決定づけた出来事と、それに遅れてやってくる言葉の断絶に身を置くという固有の経験をつうじて主体が学ぶのは、言語そのものが構造的に含んでいる不可能性という、根源的な事実だ。この事実は、ありとあらゆることを話すという作業をつうじて、やはり事後的に、浮き彫りになる。それを受け入れることは、物事が終わってしまった地点からすべてを見渡す、という夢との決別でもある。
 だが、この不可能性を自分にしかできないやり方で引き受け直し、区切りをつけることさえできたならば、主体は再び結末の知れない現実へと復帰し、歩んでゆくだろう。夢というかたちで、やはりみずからの知が決して及ぶことのない過去を、折りに触れ思い出しながら。

[1] Jacques Lacan, « Position de l’inconscient » (1964), in : Écrits, op. cit., p. 839.
[2] Sigmund Freud, » Aus der Geschichte einer infantilen Neurose «, a. a. O., S. 71.
[3] Ebd., S. 72.
[4] Jacques Lacan, Le séminaire livre XVI, D’un Autre à l’autre (1968-1969), Seuil, 2006, p. 273.
[5] Georg Wilhelm Friedrich Hegel, Phänomenologie des Geistes (1807), Felix Meiner, Philosophische Bibliothek, Band. 414, 1988, S. 15.
[6] Ebd., S. 526.

次回は2020年7月25日ごろ更新