巨大植物をたずねて ~のほほん二人歩き~ 村田あやこ(文) 藤田泰実(絵)

2026.2.15

02熱海の駅前から中野にたどり着いた、巨大サボテン

 

 まだ暑さが残る9月。よっちゃんとともに降り立ったのは、JR中野駅だ。
 中野に高円寺、阿佐ヶ谷、荻窪。上京してもう20年近くになるが、未だに中央線沿線の駅名は、地方都市出身者の私にとって、どこか心をぎゅっと摑まれる響きを放つ。
 スーツ姿の人。楽器を持った人。短パンにサンダルの人。虹色のTシャツにダボッとしたズボンを履いてる人。駅前は、平日の昼間にかかわらず、多種多様なかっこうをした人たちでごった返している。皆、日々どうやって生計を立てているのだろう。……って、人のこと言えた身じゃないか。
 どんな人でも受け止めてくれそうな街・中野。だから妙に落ち着くのか。

 アーケード商店街を抜けて、閑静な住宅地へと足を踏み入れる。

 実は我々、中野には少々苦い思い出がある。数年前、よっちゃんと二人で駅からほど近い住宅街を歩いていたときのこと。いつものように路上の様々なものを写真に撮っていたら、背後から
「ちょっと! なに撮ってるんですか!」
という声がした。
 振り返ると、チャイルドシート付きの電動自転車にまたがる女性が、こちらを睨みつけている。
「え、あ……えと、あの、道端の植物の写真とかを撮っていて……すみません」
 突然のことに戸惑いながらも、震える声で絞り出すように伝えた。カメラの画像も見せたような気がする。
 女性はずっと不審者を見つめるような目で我々を眺め回したあと、
「変な事件も増えてるから、気をつけてくださいね!」
とかなんとか言って、サーッと自転車で走り去っていった。

 ちなみにこれが、怒られる直前に撮っていた写真だ。勢いよく壁からはみだすシダ植物である。
 私たちがカメラを向けるのはこんなふうに、道端の何気ないもの。多くの人にとっては、「あってもなくてもいいもの」かもしれない。あちこちキョロキョロしながら歩く姿を遠目で見たら、不審人物なのは間違いない。

 チャイルドシート付きの自転車に乗っていたということは、女性にはお子さんがいらっしゃるのだろう。不審者に目を光らせるのは、子どもを守るため、住む街を守るため、親として、善良な市民として、ものすごくまっとうな行動だ。
 さらに、ときはコロナ禍。県外ナンバーの車がそこにいるだけで問題視されていた時期。自分の住む街に見慣れない人がいること自体を警戒する人も多かった。
 並行して特殊詐欺も増えつつあり、「アポ電注意」のポスターも、こころなしか至るところに貼られていた気もする。

 しかし。散歩中に誰かに怒られたのは、はじめてのことだった。珍人物を自負してはいるものの、何の前触れもなく頭ごなしに不審者扱いされると、それはそれで傷つくのも事実。いつもどおりの散歩をしていただけなのに人格否定されたような気になり、二人してズーン……と落ち込んでしまった。
 そのあと、「お祓いしよう」と近くの神社へと駆け込み、お賽銭をはずみ、強めに祈った。

 さて。前置きが随分長くなってしまったが、なぜ苦い思い出のある中野に再び降り立ったかというと、怒られた帰り道に、すぐ近くでめちゃくちゃ大きなサボテンを見かけたからだ。屋根より高くそびえる、でっかいサボテン。
 あのサボテンに再び会いに行きたい。
 そして、あの日の苦い出来事を、いい思い出で上書きしたい。そういうわけだ。

「確かこのへんだったよね」と、記憶をたどりながら歩いていた我々の目の前には、トゲトゲしたアロエの足元に、チリソースの容器。アロエの花のように、真っ赤だ。
「これ、すごい良くない?」「めちゃくちゃいいね!」「アロエと合ってるね!」と少しずつテンションが上がる。

「あ、あれじゃない?」と、よっちゃんがおもむろに向こうの方を指差す。
 わー、あったあった! あの時のサボテンだ! 健在で良かった。

 2階建てのおうちの屋根を追い越すほどの高さのサボテン。ビワやキンモクセイといった常緑の木々が、サボテンを覆い隠さんばかりに包み込む。この一角だけ見ると、まるでどこかの南国の森に棲息する獰猛な獣のようだ。
 よっちゃんと二人でサボテンを見上げながら、思わず圧倒されてしまう。

 今回ばかりは、中野の住民の皆様から不審がられてはいけない。
「すみません、私たち、街なかの巨大な植物の記事を書いていまして」「サボテンについてお話を聞かせていただけないでしょうか」
 ドアの前でよっちゃんと代わる代わるシミュレーションしたあと、ドキドキしながらインターホンを押す。
 奥から「はーい」という声がして、家主の方が出てきてくださった。サボテンの写真を撮ることを快く許可してくださり、ひとまずホッと胸を撫で下ろす。

 サボテンの由来を尋ねたところ、家主のYさんの口から飛び出したのは、思いもよらないエピソードだった。

「親父の三兄弟が戦後すぐ、戦争から無事に帰ってきたってことで、熱海で飲み会をやって。帰りの汽車に乗るときに、駅前にサボテンが転がっていたから1本いただいてきたんです。汽車の中で三等分して、うちの親父は真ん中の、頭も尻もないところをもらってきたの。
俺が子どもの頃は鉢植えで持ち運べるくらいのサイズだったね。でも親父の転勤でこの家を貸し出してた時、庭に放り出してたら、そのまま鉢を割って根付いちゃった。」

 戦後すぐというから、今から80年ほど前だろうか。そこからずっと、ここ中野の一角で、すくすくと育ってきたとは。道ゆく人にも時々声をかけられるそうだ。

「もうね、伸びて困るから、少し前に屋根の上に登って切り落として、そのへんに転がしたの。でも切って庭に置いてたら、根っこが生えてまた伸びていっちゃう。」

 よく見ると庭のあちこちに、切られたとおぼしき小さいサボテンたちが鎮座している。またここから、大きく育っていくのだろうか。

「花も咲きますよ。6月から9月にかけて、だいたい200か300くらいは咲くんじゃないかな。白い、月下美人みたいな大きい花が咲くんです。」

 Yさん、後日ご丁寧にメールをくださり、開花時の写真を見せてくださった。夜空の中、真っ白な花が一斉に上空を見上げる姿は、なんとも幻想的だった。

 ちなみにサボテンの横では、ビワの大木が、気持ちよさそうに葉を茂らせている。

「このビワ、捨て子なんだよ。家の前の道路際に鉢植えで転がされていて、かわいそうだから引き取ったの。ちょっと大きくなったからプラスチックの鉢に植え替えたら、鉢を割って根付いちゃった。小さいうちは良かったんだけど、家を倒しそうなくらい大きくなっちゃって。」

 日当たりの良さそうなYさん宅。さぞかし栄養満点な土で満ち溢れているのだろうか。きっと植物たちにとっては、駆け込み寺のようなおうちに違いない。

 汽車の中でサボテンを三等分する、Yさんのお父様三兄弟の姿に思いを馳せる。激動の時代を経てサボテンがこの地にたどり着き、ここまで大きくなったということは、それだけ穏やかな歳月が流れたということ。サボテンがすくすく育つ平和な時代がいつまでも続くことを願いながら、御礼を言ってYさん邸をあとにする。

「ビワのことを“捨て子”って言ってたのがよかったよねえ」と振り返る、よっちゃん。
 ほんとほんと。あの言葉には、ただの植物っていうよりも、生き物としての愛情がにじみ出ていた。

 Yさん宅のサボテンとビワについてしみじみ反芻しながら歩いていたところ、植物に溢れるカフェを見つけ、吸い寄せられるように入店。

 フェアトレード商品を扱うカフェ「Lampada Ⅱ」さんだ。


 店内には、大きな窓のそばに鉢植えがたくさん並ぶ。光をいっぱい浴びて育つ植物たちが、気持ちいい木陰を作り出している。まるで森の中にいるみたいだ。

 さっきのYさん宅のサボテンとビワの話ふたたび。最近ハマっているYouTube。仕事の話。家族の話。日々の家計の話。昔見た巨大サボテンの思い出。これから訪ねたい街。
 自家製のジンジャーエールと梅ソーダをいただきながら、他愛もない話をたっぷりして、カフェを出る頃には、あの日の苦い出来事はすっかりかき消され、上書きされていたのだった。

(つづく)

 

バナーデザイン:藤田 泰実(SABOTENS)