黒留袖や色留袖が洋装で言えば、アフタヌーンドレス、イブニングドレスに匹敵する既婚女性の第一礼装であることは、調べれば、きちんと書いてあるし、よく知られている。訪問着も、丈の長いドレスや、優雅なワンピースなど、結婚式に出られる洋服、という感じ。フォーマルな場に向く、パーティー用の着物である。要するに、そういうきものはドレスのようなものなのである。前回の連載では、オンライン仕事ならそういうとっておきのきものを着てもいいんじゃないか、というような話をしたのであった。とはいえ、この連載は「きものと仕事」である。今回は、ふつうに、こういう洋服を着て仕事に行く時は、きものであれば、どのきものに相当するのか、というごくあたりまえの、仕事をするときのきものについてあらためて考えてみる。
この洋服を着るようなときなら、このきものがふさわしい、というのは、さあ、これからきものを着てみよう、と思う方が、まず、どのあたりからきものをそろえたらいいか、という参考にもなるだろう。きものの専門家の視点などからしたら、それはちょっと違うのではないか、と思われるふしもあるかもしれないが、相手に失礼にならない、というレベルで、15年以上、仕事の場で、しかも、お茶とかお花とか踊りとかいった風流な仕事ではない仕事の場で、ずっと着物をきてきた実感からすれば、そんなにはずれることもないかと思う。
今や、女性の仕事着といえば、スーツである。就活にもスーツ、入社式にもスーツ、普段の仕事でもスーツさえ着ていれば、仕事をしている、という感じになる。スーツに匹敵するきものは、すでに以前の連載で書いたことがあるのだが、「色無地」である。何も柄のない、染めのきもので、一つ紋をつけておくことが多い。紋をつけるとフォーマルにもなり、帯によってはアフタヌーンドレス、イブニングドレスの場にも、着ていけないことはないきものにもなるのだが、もちろん華やかさには欠けることになる。かように紋がついているとフォーマルにもなりうる色無地だが、紋がついている色無地をスーツがわりに着ても構わないと思う。不祝儀にも使える寒色系、具体的にいえば、濃いグレーや紺や紫なら、何の心配もない、「スーツの装い」となる。仕事の時に赤いスーツを着る人がいるように、年齢によっては臙脂など少し赤っぽい色無地や茶色のものも、スーツとしてのきもの、になる。江戸小紋は、無地と同じ扱いになるから、濃い色の江戸小紋も、スーツのように着られる、不安のない仕事の装いができあがるであろう。
ワンピースを着て仕事、というむきもあろう。女性らしくて、おしゃれで仕事にきていけるようなワンピースは、きものでいえば小紋である。花柄のワンピースを着るように、花柄の小紋のきものをきるのはかわいらしいと思うし、チェックのワンピースのように、市松柄の小紋を着てもいいと思う。色無地より華やいで、訪問着のように仰々しくないから、ワンピースを着る程度の仕事の状況に、よくあっている。様々なおしゃれも楽しめる。
と、以上、スーツかワンピースにあたるきものは、いわゆる「やわらかい」染めの着物がよい、といえる。スーツかワンピース、というのはそれなりの「きちんとした」よそおいだから、それに見合うような着物も、染めのやわらかいきもの、ということになる。とはいえ、いまどき、仕事には、別にスーツもワンピースも着ない、セーターとパンツとか、シャツとスカートとか、もっとラフでカジュアルな格好で仕事に出られる方も少なくない。むしろそういう人の方が多いかと思う。そういうかんじのカジュアルな仕事着にあたるのが、織りの着物である紬であろう。値段からすれば、結城紬や大島紬や琉球ものは訪問着よりよっぽど高かったりして、カジュアルな仕事着、と呼んでいいのかと思われるようなものなのであるが、あたたかみがあり、柔らかいきものと比べれば丈夫で、びっくりするような派手さもなく、渋い感じだから、仕事もしやすい。オンライン授業だから訪問着を着ている、と前回は書いたが、現在は、とくべつな時間だからだ。ふつうに家から出かけていく仕事では8割がた、紬をきている。
そうはいっても、紬の着物も、家で洗濯ができるわけではない。季節ごとに丸洗い、時折洗い張り、という手入れが必要になってくる。仕事で着て、何日かしたら、洗濯ネットにいれてばんばん洗濯機に入れて、きものも洗いたい、という方には、木綿のきものが良いかと思う。上等な袷に仕立てるような木綿ではなく、単衣で仕立てて、自分で手入れができるような木綿のきもの、私自身は2003年にきものを日常着にし始めた頃から、宮崎の木綿をたくさん扱っている呉服屋さん、「染め織り こだま」さんに、ネットを通じてお世話になってきた。日本中の扱いやすい木綿を提供しておられ、こだまさんのオリジナルである琉球柄などの一条木綿は、冬でもあたたかく、自分で洗えるまことに扱いやすいきものだ。木綿のきものは、洋服で言えば、まさにTシャツとジーパン、といったもので、実際にジーンズと同じような藍いろの、洗いざらしが少し似合うような木綿もある。
さて、仕事に来ていく洋服との対比を書いてきたのだが、帯のことは一切書かなかった。以上のような仕事に着て行くようなきもの、つまりは、色無地や小紋や紬や木綿のきもの、すべてに、博多帯で事足りる。以前の連載でも「色無地に博多帯」が、仕事の上で一番不安がない組み合わせ、と書いた覚えがあるが、実際、仕事に着る着物に、実際、博多帯ほど頼りになるものはないのだ。博多帯の、献上柄、とよばれる、むかしからある博多帯の柄は、とりわけ、おすすめである。きものに慣れない方は、帯の柄合わせがけっこうたいへんなので、どのように締めても柄がおなじ、という献上柄は、初心者フレンドリーであると同時に、それなりに格式も高くて、これさえ締めていればまちがいがないのである。しかも、博多帯は軽く、単衣仕立てなので、オールシーズン使える(絽の博多帯もあって、それはそれで涼しくて素敵ので、夏には欲しくなると思うが)。締めやすく、ゆるみにくく、きちんとしていて、色無地でも小紋でも紬でも木綿でもオーケー。仕事をするときのきものにこれほど万能で似合う帯はない。最初に一本買われるのであれば、まずは、博多帯献上柄、八献とよばれる細かめの模様のもので、色は白地に黒のものが使いやすいと思う。これならおおよその色や素材のどのきものにも合わせることができる。
ゆかたですか? ゆかたは洋服で言えば、湯上りに着るバスローブみたいなものですから、仕事に着ていってはいけません。バスローブで外に出る人はいないけど、ゆかたでは花火を見に行きますよね? うーん、そう思うと、バスローブは違うかな。洋服で言えば、リゾートウェアっていう感じかな。リゾート向けの肩に紐がついて、とりはずしができて、ベアバックで、胸がギャザーの可愛らしいロング丈のワンピースを着て仕事に行く人はあまりいないように、ゆかたは仕事に着ていけない。でもそこで有松絞りのゆかたなどは、えりさえつければ、仕事に行ってもいいくらいのきものになるから、まあ、いろいろ、あるのだ。ゆっくり慣れてください。ついでに博多帯は、ゆかたにも締めることができる。本当にオールマイティーな帯なのである。最初に買う一本は博多帯でしょう。母が博多生まれなので、もちろん、博多びいきなわたしでもあるのだ。
次回、2021年3月1日(月)更新予定