きものと仕事 三砂ちづる

2021.2.25

12防寒

 

 暑いときにきものを着ていると「暑いでしょう」と言われ、寒いときにきものを着ていると「寒いでしょう」と言われるのだ、とすでに前の連載で書いた。「暑いでしょう」は、よくわかる。軽やかに足も手もむき出しのワンピースと比べて、暑そうに見える。しかし、「寒いでしょう」はなぜか。
 きものそのものは決して寒く感じる衣装ではない。きものは、基本的に、あたたかい。何枚も重ね着するので空気を幾層にもまとうことになり、しかも丈が長いので、その幾層にもなってまとっている体温由来のあたたかい空気が足元から逃げにくいのである。寒暖の差が激しく、かなり冷え込む高地に住むボリビアのインディヘナの女性は丈の長目のスカートを何枚も重ね着しているのも、同じ理由であるらしい。ちなみにみなさまのイメージのボリビアのインディヘナの女性、というのは、何枚も重ねたスカートに、山高帽をかぶっているというものではないか、と思う。いわゆる伝統衣装である。私も、そうか、こういう帽子が伝統衣装だったんだな、西洋人の山高帽みたいだな、と思っていたが、なんでも、ペルーやボリビア高地のアイマラ人女性が今もかぶる帽子は、元々イギリス人が売り込んだ山高帽そのものだったらしい。
 アメリカ大陸は、インカやアステカなど、きらびやかな高度文明を誇っていた。今どきスーパーフードといって世界にもてはやされているキヌアはアンデスで数千年前から食されていたそうだし、これまたおしゃれな方々の間で話題の、チアシードもアマランサスもアステカの主食の一つだったと言われているから、どれだけレベル高い食生活だったのか。
 どの地域からの影響も受けない、「世界史の孤児」と呼ばれていたこれらの文明が栄える大陸であったが、コロンブスやらヴェスプッチやらに到来され、受難の時代が始まり、その後、ずーっと、ヨーロッパ旧世界との抜き差しならない関係のうちに存在するラテンアメリカとなっていく。15世紀からスペイン、ポルトガルの支配と統制のもとに置かれることになって約300年。19世紀には多くの国に分かれて独立するのだが、その時期はイギリスが世界の工場として、経済的に君臨した時代であったから、ラテンアメリカはイギリス製工業製品の市場となったのである。アンデスの時代から使われていたポンチョや、メキシコのサラペもバーミンガムあたりで織られた工業製品として輸入されるようになり、山高帽もイギリスのものが入ってきてボリビア高地に伝統衣装として定着したのだという。ホブスホームならずとも「伝統は創られる」、のである。確かに。
 それはともかく。「重ね着」によって体の周囲に空気の層をつくることは、あたたかく装うことの工夫であり、きものは何枚もの布をからだにまとっていくことになるから基本的には、あたたかいのだ。寒い季節には、裾除け、長襦袢、袷の長着を着ているから、すくなくとも5枚。さらに、おなかまわりは帯を締めているので、その5枚にさらに帯を二回巻いているとして、帯も二重になっているから9枚、帯板などやっているだろうから、おなかの部分は10枚くらい重ね着していることになる。お太鼓を作っている部分はさらに何枚も重なっていることになるから、下背(背中の下の方)や腰のあたりは一体何枚の布が層を作っていることだろう。お腹周りと腰回りは、あたたかいだけでなく、しっかりとまもられているのが、きもの、なのである。現在60代前半である私の祖母たちが、日常的にきものを着ていた最後の世代だと思うが、彼女たちがいつもきものはあたたかい、と言っていたのは、この、お腹周り腰回りのあたたかさによるものであると思われる。きものを日常的に着て、時折洋服を着ると、本当にお腹周り、腰回りがすうすうとして、何枚着てもうすら寒い。
 このようにきものは基本的にはあたたかいものなのだが、冒頭に書いたように「寒くないですか」と頻繁に周りの人からいわれるのは、ぱっと見たところ、襟元や袖口が無防備で、寒そうに見えるからだと思う。確かにきものを着て襟元や袖口を無防備なまま冬に外出するとすごく、寒い。ということで、今回は、寒い時にどのように防寒対策をしているか、ということについて書いてみる。あくまで、東京という都市に住まう私が考えていることなので、雪国の方から見たらちょっとそれは、無理だ、と思われるかもしれないが、まあ、そんなに雪に閉ざされることのないところでの冬のきもの、くらいに考えていただければ、と思う。

  冬に仕事に出かけるにあたりあたたかくするための三点セットは、「ネルの裾除け」、「アームウォーマー」、「襟元をあたたかくするショール」である。日常的にきものを着始めて、いろいろなトライアルを繰り返したが、今のところ、その三点に落ち着いている。
 まず、ネルの裾除け。下着として肌に直接触れるものなので、裾除けがひんやりしたものだと、それだけで寒い。冬以外は、元々木綿の裾除けを使っていたが、きもの歴がそれなりに長くなってくると、きものを着る喜びは日常的に絹をまとう喜びなんだな、とわかってきて、だんだん、下着が贅沢になってきた。そして最近は、絹の裾除けを日常的に使うようになった。ネット通販で一枚5~6000円して、安いものではないのだが、数枚あれば何年でも使える。寒くないときは、こちらである。夏も、使っている。だいたい10月の末から、11月くらい、木々が色づき始めるようになって肌寒いな、と感じ始めると裾除けをネルにかえる。それをだいたい5月の連休前くらいまで使っているので、1年の半分はネルの裾除け、あとの半分は絹の裾除け、で暮らしていることになろうか。ネルの裾除けは肌触りがほっこりとあたたかく、安心できる。こちらもネット通販で買える。きものを着始めた2003年ごろは、ずいぶん高くて、その値段を嘆く私に、友人がわざわざ赤いネルの生地をユザワヤでたくさん買ってきて、手製でプレゼントしてくれたものなのだが、今は、それなりにきもの人口も増えてきた、ということなのだろうか、ネットでは2000円以内で購入することができるようになった。
 とにかくあたたかいのでおすすめです。当初、足元も寒いような気がして、別珍の足袋を履いたり、ハイソックス様になっている防寒用の脚絆のようなものを履いたりしていたが、今はネルのすそよけがあれば特に普段の足袋を履いているだけですごく寒いとは思わなくなった。どうしても冷たいと感じると、足袋カバーをつけたり、カバー付きの雨草履を履いたりすることもあるが、都市の冬のおおよそは、足元はネルの裾除けだけで過ごせている。
 二つ目の防寒アイテムが「アームウォーマー」。きものの袖は、確かに寒さに対しては無防備であり、腕がとても寒いので、腕をあたたかくしてくれるものがどうしても必要で、こちらもきものを着始めた当初は、ハイソックスの先を切って、腕にはいたりして、工夫をしていたものであるが、このところ、冬でもノースリーブのニットなどを着る人が増えたのか、多彩なアームウォーマーが出回るようになって、選び放題、という感じになっている。多彩な色や素材から選ぶことができるし、夏の日除け用に売られている薄手のものに、冬のきもの用に使いやすいものが見つかったりする。冬の着物の外出時には、アームウォーマーをして、手袋をしてでかけている。
 三つ目は、こちら、誰でも考えることだと思うが、襟元があいているきものなので、ここをあたたかく包むためのショールが必要である。いくらでもきもの用のものが売られているが、普通の洋服用のショールにも使いやすいものが多い。若い友人が、湯たんぽマフラーとか呼ばれています、と買ってきてくれたフリースの分厚いようなふわふわしたショールがとてもあたたかくて、きものにも似合い、重宝している。
 ここまでお読みくださって、なぜ、そんなネルの裾除けとかアームウォーマーなのか、寒いのなら、きものの下に長袖のヒートテックシャツなど着たり、スパッツとか履けば、それであたたかいのではないか、と思われることであろう。なぜ、シャツとかスパッツがきものの防寒にはダメなのか、それはまた、回を改めることにする。

 

次回、2021年3月25日(木)更新予定