きものと仕事 三砂ちづる

2021.7.8

17夏もの、紗袷

 

 夏もののきものに、その年初めて袖を通すとき、その軽やかさにいつも、ああ、夏が来るんだ、夏ものの季節なんだ、という感激がある。洋服を着ているときには感じない、なんとも言えない涼やかさ、透明さ、文字通り身軽な感じ。その軽さに引かれるように、それこそ天に届いてしまうような突き抜けた思いに貫かれるような、大変良い気持ちを味わう。夏ものの生地のきものには、特別な魅力がある。
 きものには、袷(あわせ)、単衣(ひとえ)、夏もの、の3種類があって、暦通りの更衣では、10月から5月までが袷、6月と9月が単衣、7月と8月が夏もの、である。袷は裏のついたきもの、その裏をとったものが単衣であり、袷と単衣は同じ生地である。夏ものには、もちろん裏はついていなくて、こちらは、生地自体が軽い夏のもの、になる。袷の時期には、襟は塩瀬で、帯揚げも帯も普通のもの、6月の単衣には、襟も帯揚げも絽(ろ)にして、帯は夏帯にする。夏ものにはもちろん襟も帯揚げも絽にして、帯は夏帯、9月になると単衣を着ていても襟は塩瀬にし、帯揚げも元に戻す。帯も普通の帯にして夏帯はつけない。大体それが基本である。
 いわゆるお茶席とか、何かの正式な会合とか、つまりは結婚式とか、そういうことでは暦通りの更衣が求められるのだが、普段着として着るきものは、もっとゆるやかなものである。大体、結婚式では季節通りの更衣、と書いたが、今時の結婚式場は、しっかり冷房が効いていることもあり、みな、持っているきものの数がとても限られていることもあり、真夏でも袷の留袖や訪問着を着て、全く問題ないことになっている。花嫁衣装自体も、季節によって変えるわけではないところも少なくない。暦通り、きっちりの更衣が期待されるのは、そう思えば、お茶席くらいなのだろうか。
 きものを日常着としているので、暦通りの更衣はしておらず、自分が快適だと感じるものを快適だと感じる時期に着るようにしている。ただ、そうは言ってもきものにはやはり守らなければならない基本的なところがある、と思う。それは、しきたりだから、とか、決まっているから、というわけではなく、きものを着ていると、自然にそういう感じになってくるのだ。気温がかなり上がっている時は、5月の連休辺りからは単衣を着始めるが、それ以前、つまりは、4月には、いくら気温が上がっていても単衣を着るには早いなあ、という感じがして、単衣を着ることがない。4月中に気温が上がった時は、袷を着たまま、下着で調節する。長襦袢は省略して、袖がレースで襟のついている肌襦袢一枚にして、袷で4月中はやり過ごす。5月に入ると、気温が上がったら、単衣を着るが、襟と帯揚げは、まだ絽には、しない。帯も夏帯は5月にはまだ、使わない。気温が高いときには、博多帯など薄めでオールシーズン使える帯を選んでいる。やはり、襟と帯揚げを絽にするのは6月に入ってからにしたい、と感じるのだ。
 逆に、普段着では、9月を過ぎても単衣を着るし、むしろ絽などのいかにも透けた感じの夏物でなければ、10月ごろ夏ものを着ていることもあるのだが、やはり秋に向かう季節になると、絽の襟とか、帯揚げは、違うよなあ、という感じがしてくるから、透けない夏物を着ていても、襟は塩瀬にしたりしていく。まあ、そのくらいは、気にしながら、あとは体感と季節の感じで更衣しているのである。

  以上の説明にうまく収まらない、袷でも単衣でも夏ものでもない、「紗袷(しゃあわせ)」というきものがある。夏ものの生地を2枚あわせた、軽やかな、しかしとてもエレガントなきもので、夏もののきもの地が好きな私には、たまらない魅力があるもので、このきものが着られる季節になるとわくわくする。無双、とも呼ばれる、このきものはあくまで「袷」であり、2枚の布が重ねてある。重ねてある布は、夏ものである絽と紗を重ねるか、あるいは、紗を二枚重ねる。紗はうっすらと透けて下の生地が見えるようになるので、紗袷で最も多いのは、柄の入った絽に紗を上から重ねてあるものである。
 今では、紗袷は、単衣の時期に着られるきもの、あるいは、5月末から6月ごろの夏ものを着る前に着るきもの、と説明してあることも多いが、これは、あくまで「袷」のきものなのであるから、私は、「普通の袷のきものを着ていると、なんだか暑くなってきた、だけど、単衣のきものを着るには、まだ、季節的に早すぎる、だから、袷を着るのが良いのだが、ふつうの生地の袷を着るには暑いのだから、夏ものの生地を二枚合わせて、袷、として、単衣に更衣する前に着たら良いのではないだろうか」という発想でできたきものだ、と理解している。だから、本来なら袷の時期で、単衣を着る前に着るのだから、正確にはおそらく連休過ぎから6月になるまでの5月半ば以降の2週間くらいに着るきものであるべきだろう。少し暑くなりかけた季節に、さらりとこの紗袷を着ている姿は、なんとも涼やかで、慎ましくて、良いものだ。
 紗合わせは、5月末、6月になる前、暑いから夏ものを二枚重ねて着ているのだから、柄ゆきは、6月や、夏を思わせるものがふさわしいと思う。個人的には、かきつばたとか、梅雨や夏を思わせる魚とか、紫陽花とか、がいいな、と思う。紗袷は9月の単衣の季節にも着られる、ということだが、「袷を着ていると暑いので、単衣になる前に、夏ものを二枚合わせて着る」というのが、ロジカルな説明だ、と思っていると、その理屈では、秋口に紗袷を着るのは、どうも納得がいかない。「夏ものを着て、涼しくなってきたので、単衣にして、そして、普通の袷になる前に、夏ものを二枚重ねたもの着る」、という理屈になってしまうが、一旦単衣を着たのに、また、二枚重ねているとは言え、夏ものの生地のきものに戻すののは、なんとなく違うんじゃないかな、と個人的には思ってしまうのである。また、夏ものをきていたあと、単衣を着る前に、紗袷を着る、というのも、そもそも順番が違うように思ってしまう。「逝く夏を惜しむ気持ちで紗袷を秋口に着る」と説明してある文章を読んだことがあるし、実際には、紗袷の柄は、圧倒的に萩などの秋草が多いので、そうなのかな、と思いはするのだが、やっぱり、論理的に考えると、紗袷は、5月の後半2週間、のきものではないかな、と思ってしまうのだ。まあ、別に論理的じゃなくても、全然構わないわけだけれども。
 どちらにせよ、年間、2週間、長くて3週間くらいしか着られないきもの、というのだから、誰でも手に入れたくなるようなきものでは、あるまい。とはいえ、この紗袷は、大変魅力的で、仕事に向く、と私は思っている。基本的に、紗袷は、カテゴリーとしては、訪問着、として扱われる柄ゆきが多いものの、絽の生地の柄の上に、濃い青やグレーや小豆色の紗が上からカバーしているので、柄はぼんやりとしか見えず、ぱっと見ると無地のきものに見えたりする。つまり、訪問着の割には、そんなに華やかでもない感じになるから、仕事をするのにふさわしいきものだと思っているのだ。薄ものを二枚重ねたきものは肌によくなじみ、柔らかいきものを着ている喜びに浸ることができ、同時に、仕事にも向くのであれば、それはまことに、きものを着る幸せの一つの顕現である。

 

次回、2021年8月20日(金)更新予定