きものと仕事 三砂ちづる

2021.8.11

18ネットできものを買う

 

 呉服屋さんはやっぱり高いし、行ったら買わないで帰れないような気がするし、いらないものを買うことになってしまいそうだし、敷居が高い……そう思っておられる方も少なくないと思う。そう思われるような呉服屋さんに結果としてなってしまっているところに、問題がいろいろあるような気はすれど、考えてみれば、呉服屋さんとは、母たちの時代のことを考えてみても、おぼろげながら覚えている祖母の時代をたどってみても、ここぞというときに「高い」きものを購入するところであったから、いまだに敷居が高いのは仕方がないのかもしれない。母たちの世代は、懇意にしている呉服屋さんがあって、家にもきてもらっていたように思うが、買うとなれば、高価なものばかりだった。
 思うに、大体、普段着るような高価ではないきものはおおよそ自分たちで仕立ていたのが祖母の世代で、普段着るような高価ではないきものは着ないことにしたのが母たちの世代だったわけで、呉服屋さん、というのは今も昔も変わらず特別なきものを買う特別な場所であることに変わりはない。普段着るきものをさがしておられるなら、特に呉服屋さんでなくてもいいのだ。
 ご家族でお付き合いされている呉服屋さんがある方も少なくないだろうし、自分で近所に気に入った呉服屋さんを見つけて、懇意にされている方もあると思うし、これから見つける、でも良いのだが、世の中はネットショッピングの時代、きものをネットで買いたい、という方も少なくないと思う。もちろんネットで新しいものを仕立てる、ということだって可能だが、それなりに高いし、きものをきてみようと思う方が、まず、ネットで普段着るきものを探すとなれば、リサイクル品が多いかと思う。きものはもともと、他人のものを着るものだった。家族だけでなく周囲の人からきものは譲ってもらうものだったし、よほど背が高いとか体格がよすぎる、とかだとあわないこともあるかもしれないが、普段着るようなきものは、寸法は「だいたい」で着てしまえることがすくなくないのである。
 もちろん、古いきものでも自分の寸法に仕立て直して着ることは王道であるが、古いきものを解いて、洗い張りして、仕立て直すと、いまどきはベトナムやカンボジアでの海外仕立てで値段が若干安めの設定のものもあるとはいえ、ぜんぶあわせると5万くらいはかかる。私自身も多くのきものをもらったり、リサイクル品を買ったりして着てきたけれど、いったん解いて、洗い張りして、仕立て直して着ているきものは二枚しかない。一枚は、琉球絣で、父が復帰前の沖縄で働いてた時に、叔母にプレゼントした反物を仕立てたものをいただいた。仕立ててから50年近く経っているし、「裄」とよばれる腕の長さがあまりに違いすぎる。父と叔母を思って大切にしたいものだから、仕立て直した。もう一枚は、教え子のご家族にもらった結城紬で、本当に良いお品だが、裾が切れてきたりしていたので、悉皆屋(しっかいや)さんを通じて結城の産地にもどして「産地湯通し」というのをしていただいて、仕立て直した。きものを20年着ていて、自分で新品で買ったものでないきものを仕立て直したのは、この思い入れある二枚だけであり、今もその二枚は大活躍してくれている。何が言いたいのかというと、よほど特別なきものでない限り、リサイクル品を仕立て直すことはなく、リサイクルで買ったものは「だいたい」で、着ている、ということである。
 ネットで買うと寸法がわからない、と思われるかもしれない。唯一、ネットなどでリサイクル品を買う時に、留意したほうがいい寸法は、「裄(ゆき)」である。「裄」とは、端的にいえば、腕の長さのこと。きものの寸法は、呉服屋さんなどに行けば、もちろんすべて測ってもらえるわけだが、まず、最初の一枚をネットで買いたい、と思っている時は、そうもいかないと思う。それでも知っておいた方がいい唯一の寸法が「裄」で、自分では、はなはだ、測りにくいので、家族か友人にでも測ってもらった方がいい。まっすぐ立って、利き腕を地面に水平にのばして、首の後ろ側の真ん中にある突起(脊椎点)から、肩の真上を通って、腕のぐりぐりしたところが隠れるくらい、の長さである。「裄」があっていないと、袖がつんつるてんに短かったり、あるいは、手が隠れるくらい長かったりしてしまうので、ネットで買う時もこれだけは測った方がいい。だいたい60~70cmくらいの人が多いと思う。ネットで買う時は自分で測った裄丈は、最初はぴったりでなくてもいいので、プラスマイナス1cmくらいのものを探すと良いと思う。ポイントは、「裄」。裄さえ合っていれば他人のきものでもなんとか着られることが多いのだ。
 きものを着る時には、「おはしょり」といわれる部分を作って着るので、というか、そもそも長い丈のきものを腰紐を締める段階で、「はしょって」着ることになっているので、まず、丈はそこで調節できる。買ってみたきものが長すぎるようなら、たくさんはしょればよくて、短いようなら、最初はほとんど「おはしょり」なしで着てしまってもかまわない。腰回りも、きものが大きすぎるようなら、巻き込んできてしまってもよい。きものの背中心の線は、上半身はもちろん、背中心がぴったり合うように着なければならない、というか、背中心を真ん中にして着ないと襟が合わないからそもそも着られないのだが、下半身のほうは、右の脇の線を決めてしまえば、下半身の背中心の線は、ずれてもかまわない。
 要するに、着方でいろいろ調節できるのでだいじょうぶなのだが、調節しようがないのが、「裄」=「腕の長さ」なので、最初はこれだけ気をつけてきものをさがすようにすればよい、ということである。
 現在、インターネット上には、たくさんのリサイクルきものが売られており、もちろん玉石混交とはいえ、とにかく、安いものを見つけることができるから、最初は何枚か懐の痛まない程度のものを買ってみて、試してみて、自分の好きなものを見つけていくのがいいと思う。たとえば、日本の中古品市場を様変わりさせることになった「メルカリ」にもたくさんのきものが出展されている。安いものは数千円からあるし、数万円出せば、かなりいろいろな種類の良いきものをみつけることもできる。こういうサイトで5万から7万というとものすごくいいきものである可能性もある。いやそれだって高い、と思われるだろうが、きものというのは、新しいものは数十万するような世界なのだから、良いきもので5万、は決して高くない。そうはいっても最初はどれがいい着物なのかも、よくわからないと思う。さあ、きものを着よう、ネットで買おう、と思われる方は、あらかじめ予算をきめて、その範囲内でいろいろ買ってみてはどうか。1万円とか、2万円以内とか5万円以内とかボーナスが出たから10万はきものにつかってみる、とか。その範囲でやってみて、時折失敗したりしながら、試行錯誤してみることも、ネットのきものなら、できると思う。
 中古品市場をさまがわりさせた「メルカリ」にもきものがたくさん出品されている。個人で出しておられる方も多いが、明らかに呉服関係者が出しておられるものもあって、2万円しないくらいのきものなのに、ものすごくきれいに手入れされ、新しい呉服屋さんのたとう紙に包まれて送られてくるものもあって、ちょっと感動したりする。リサイクル品の匂いなどが気になるときは、こちらもネットで、安めのところに丸洗いに出せばさっぱりする。洗い張りや仕立て直しではなく、丸洗いであれば、2000円前後で見つけることも可能かと思う。最終的には、きもの生活は、呉服屋さんや悉皆屋さんなど、人とつなげられていくことになるが、このご時世、まずは、ネットで十分によいものがそろうのでまずは、ネット、ではじめるのがよいと思っている。

 

次回、2021年9月20日(月)更新予定