きものと仕事 三砂ちづる

2022.2.14

24デンチコ、インバネス

 

 きものを着る人で、自分のためにあつらえたおろしたての新しいきものしか着たことがない、という人はほとんどいないのではないか。きものを着る人は、だいたい、誰かからもらったきものとか、リサイクルのきものとか、「古着」を普通に持っているものである。きものは、着始めると、集まってくる。きものを着るようになると、周囲の人がきものをくれるのである。そもそも、きものは、人から人に手渡されるものだ。洋服では、そうは、いかない。自分の着た洋服を誰かにあげる、というのは、よほど親しいか、何か特別なことがない限り考えにくいのだが、きものはその感覚とは異なる。きものは、他人からもらってもいいし、他人にあげてもいい。他人にあげてもいいのだから、もちろん家族や親戚には喜んで、渡す。きものは、もらったりもらわれたりするものなのだ。
 今や、きものを着ていた人が亡くなると、残った家族は、多くの場合、とても困る。ほとんどの場合、残った家族にきものを着る人はいないからである。家族は、亡くなったきものを着ていた人が、それらのきものをどれだけ大事にしていたか、たいてい知っている。知っているだけに、簡単に処分する気になれない。きものの買い取りなどというのもあるようだが、これはもう、情けないくらいの値段でしか買い取ってくれないか、タダで持っていってくれるか、程度のことであることも多いらしい。故人が大事にしていたものだから、売って誰かに着てもらいたい、と思ってもむずかしいので、周囲に、着てくれそうな人がいれば、これ、着てやってくださいと言って渡すのである。そういうきものを私もたくさんもらっている。
 実はこれらは関係性の反映であって、故人が大事にしていたものを、残った家族も大事にしようとするのは、故人と家族の関係性がそれなりに良好であったからである。亡くなった人と、亡くなった人の荷物を整理する立場の人が、関係性がそんなによろしくなかった場合、亡くなった人の大切にしていたものは、大切にしてくれそうな人に譲るどころか、蛇蝎の如く嫌われ、さっさと捨ててしまわれるのである。
 母は亡くなった父との間に深い確執のあった人だったから、父のきものは、丸ごと全てさっさとゴミ袋に入れて捨てようとした。それなりに上等の大島紬が何枚かあり、父も大切に着ていたもののようだったし、母もいっときはそれらを大切に手入れしていたのだと思うのだが、いつの頃からか、変わったわけである。関係性というものは、変わるので、悲しい。男女間の確執に関しては、娘といえど詳細はわからないが、母が父のきものを見るのもいやだ、という気持ちも、彼女の抱えていた確執からすれば、わからないでもない。長女である私は、なんだか父が不憫に思われて、ゴミ袋から大島紬を数枚拾ってきて、一枚は、赤い八掛をつけて、自分の長着に仕立て直し、もう一枚の大島は、息子たち二人に一枚ずつ、デンチコに仕立て直したのものである。
 デンチコ、って、通じているだろうか。方言かもしれない。そうでないかもしれない。デンチコとは要するに、袖のない中綿の入ったチャンチャンコ、というか……、うーん、チャンチャンコでも、通じないかもしれない、要するに、きものの上にはおる、長めの「ベスト」である。寒い時に、デンチコを羽織ると背中があたたかくて、気持ちいいのであるが、まあ、要するに、ニットとかダウンとか、なかった頃の羽織りものであるといえよう。 
 ダウンをみんなが着る時代になった今、ダウンベストというのは、実は、普段着きものには、けっこう、あうのである。きものをよく着る友人から、ある時きものに着てみてと、オレンジ色のダウンベストをもらった。軽くてあたたかく、いい感じである。ハイネックのダウンベストだったから、ファスナーを上まで閉めれば、襟元も暖かい。きものは襟元と袖口さえ暖かければ、なんとかなるから、そのダウンベストをもらった年は、冬中、ダウンベストと、アームウォーマーで過ごして、コートは着なかった。結構気に入っていたのだが、息子から「それ、救命胴衣にしか見えないんだけど」と言われ、結構ショックで、それから、着ていない。今では、ダウンベストも、いろいろな色のもの、丈が長いもの、薄手のもの、厚手のもの、といろいろ出ているのできものにあうものを試してみるのも楽しいと思う。要するに、デンチコの時代から、こういう「ベスト」の形状のものをきものに羽織るのは、なかなかよろしいのである。
 旅に出る時、きものならきもの、洋服なら洋服、と決めれば、持っていく荷物もそれほど多くはならない。大体きものは直線のものなので、畳みやすいから、スーツケースなどにも入れやすいし、かさばらない。帯もリバーシブルで使える袋帯などもあるから、旅支度としては、きものだからと言って大変なことは、ない。しかし、旅先での予定の都合上、きものと洋服の両方を着ようと思って、きものと洋服のダブルセットアップになる場合、荷物が多くなりがちだ。しかも、最も考えてしまうのが、冬、防寒具として、コートを持っていなければならない時で、洋服のコートやダウンジャケットはきものには着られないし、きもの用のコートはまた、大変かさだかい上に、洋服の上には着られないから、そういう時に、ダウンベストは、活躍できる可能性がある。きものでも洋服でも、羽織れるから。
 マントやポンチョも、きものと洋服のどちらにでも使えて便利である。大袈裟なマントでなくても、ユニクロなどが時折ニットのマントや、ポンチョを売ることがあるから、そういうものも、使える。今シーズンも、襟元がゆるいタートルネックのカシミヤの長めのポンチョが売っていて、きものに合うのではなかろうか、と購入してみて、とても重宝した。普段着きものには、こういうちょっとしたニットのポンチョが大げさでなくて、いい感じである。本物のウールのマントも使ってみたが、きものを着ているだけで、十分に大仰なのに、それにウールのマントとか羽織ると、今どき、大げさすぎて、ちょっと遠慮する気持ちにもなる。ウールのマントを探していた頃、スコットランドのインバネスに出かけた時に、おお、これは、きものにぴったり、と思って、現地で売っていたマント様のコートも買ってみた。買ってみて、気がついたが、これこそ、日本で使われてきた“インバネス“の原型に違いない。
 デンチコに続いてインバネスも説明が必要かと思う。デンチコは、外来由来の言葉じゃないと思うが、インバネスは英語である。男性がきものを着ていた頃、コートにしていたのが、インバネスである。ケープがついている袖なしのコートで、袖がなくてケープが上にかかる形になっているから、きものにぴったりなのである。二重回しとかトンビとか言われて(厳密にいうと、インバネスとトンビは違う形である、という解釈もあるらしいが)、明治から大正にかけて流行していたらしい。実際にこれは、スコットランドのインバネス地方に由来する名前である、と、調べれば、書いてある。インバネスで私自身が、おお、このブルーのコートは、袖のところがケープみたいになっているからきものにぴったりだわ、と思ったのと同じようなことを、明治の初めにイギリスに行った日本のジェントルマンたちは、インバネスを見て、思ったのに違いない。
 デンチコの話に戻るが、おじいちゃんの形見ですよ、と父の大島紬であつらえ直した綿入のチャンチャンコを息子たちに見せたが、全く反応は乏しく、もちろん、着てくれなかった。ダウンベストがある現在、デンチコを着なければならない必要性もないわけだから。でも次男はインバネスは大好きだと言っていたから、そのうちデンチコにも興味を持ってくれるかもしれない。持ってくれないだろうな。

 

次回、2022年3月21日(月)更新予定