きものと仕事 三砂ちづる

2022.3.28

25必需品

 

 着付けのプロではないし、着付けを正式に学校などで習ったこともない。友人で着付けを専門とする人に一度、教えてもらって、あとは、本を見たり、教えてくれた人にその都度聞いたりしながらきものを着てきた。自己流か、と言われれば、自己流というほど自分の流儀があるわけではなく、最初に教えてもらったことを大切にしながら、自分で学んだことを積み重ねて、心地よいように着て20年経った、というところか。
 着付けのプロではないが、毎日のようにきものを着ているから、時折、着付けを教えてほしいと言われることがある。女子大で教えているから、学生さんたちが何人か集まって教えてください、と言われたこともあるし、友人に教えたこともある。縁があって、航空会社のキャビンアテンダントをしている方数名にも教えたことがあるが、この方々は、びっくりするほどポイントを摑むのが早く、すぐにきれいに着られるようになった。人に見られることを前提とする職業、いつも整った装いを求められている職業の方は、自分の装いの力とそこに衣服をフィットさせていくことに対する心構えが違うのだな、と思った。
 ともあれ、教えてください、と言われるときには、だいたい、ご自身の持っているきもの、着たいきものを持ってきてもらう。基本的には、裾よけ、肌襦袢、足袋、長襦袢、腰紐2本、きもの、帯板、帯、帯枕、帯揚げ、帯締めを、持ってきてもらうのだが、これだけあれば、お太鼓を締めてきものが着られるということである。で、ここで、必ず着付けを習いたいと言って来られる方には、おうちに色々あるものを持ってきてもらったのでいいのだけれど、これだけは買ってください、というものがあり、それが「美容衿」である。美容衿を購入して、裁縫道具を持ってきてください、という。
 ああ、きものを着るだけで結構ハードル高いのに、裁縫道具ですか、今どき裁縫なんかしたくない、と思われそうである。気持ちはわかる。私も60も過ぎているのに大した裁縫はできない。子どもや家族のものをなんでも自在に縫っていた母の世代とは、出来が全く違うのである。母、つまり、昭和一桁とか昭和十年前後生まれくらいの人たちは、なんでも作ることに慣れていた。私の母も、別に洋裁を習っていたとかいう人ではなかったが、子どもや家族の簡単な洋服は作ったし、私が給食袋が欲しいといえば、さっと縫ってくれた。また部活でなぎなたをやることになった、といえば、白のサラシでなぎなた用の道着(上衣)をすぐに作ってくれたし、踊りの扇子を入れるものが欲しいなあ、というと、デニムでバイアステープを使いながら、とても使いやすい扇子入れを、あれよあれよという間に作ってくれた。ああ、それなのに。一世代下がると、何にもできない。20年ほど前、日本に住んだことのない小学校2年生と4年生の息子たちを連れて、ブラジルから帰国し、2学期から彼らは板橋区立小学校に入ることになったのだが、「給食袋」、「連絡帳袋」、「上履き袋」を作って持ってきてください、と言われた。え? 私が作るんですか? それ? 全部? あわてて、デジモン柄の布を買ってきて、友人のミシンを借りて、文字通り、ひいふう言いながら、これらを作り上げて、それが本当に大変だったことを覚えている。情けないことである。世代は変わったというのに、日本のお母さんはこういうものをまだ、みんな、作ってください、と言われれば、はいはい、と作れるのか、すごいなあと。10年日本に住んでいなかったから、そのことにも驚いた。しかし後になって周囲の人に聞いてみると、みんな、大体私と似たりよたりで給食袋に連絡帳袋など作ったこともないという人が多かった。私が当時自分で縫う羽目になったのは、2学期から転校したからで、新年度になるときには、こう言ったものはまとめてスーパーなどで既に売られていて、みんな買っていたらしい。あれから20年経っているから、今では、きっともっと簡単に百均とかで買えるのであろう、おそらく。
 それはともかく。言いたいのは、裁縫などやったことがなくても、きものを着るようになると、やっぱり裁縫箱が必要になるということである。なぜ必要なのかというと、「美容衿」を長襦袢につけるために、どうしても裁縫箱がいるのだ。すみませんが、針など持ったこともない人も、「美容衿」だけは、買って欲しいし、つけて欲しい。これがあれば、着姿が最初から、ぴしっと決まるからである。
 つまりは、美容衿を使うと、衿元がびしっと決まるのだ。きものに慣れない頃は、どうも衿元がぐずぐずした感じになる。きものは後ろ姿では、抜かれた衣紋が美しく、前からは程よくVの字に広がった衿が格好が良いのだが、慣れないうちはそれがうまくいかない。衣紋を抜いたつもりが、だんだんつまってきてしまったり、胸元も、長襦袢につけたはずの衿がきものの衿で隠れてしまったり、広やかな感じに見せたいのに、こちらもつまってきたりしてきやすい。美容衿を使うとそういう悩みが解決される。衿というのは長襦袢につけるものなので、普通の衿の代わりに、美容衿を長襦袢に縫い付けるのである。きものを買いに行ったときに、反物を体に合わせてみるとき、呉服屋さんが衿元に当てて胸元にくるくると紐を巻くように衿を作ってくださる、あれが、美容衿なのだが、買いに行ったことがない人にはわかるまい。成形した襟に紐がついており、さらに、背中の部分にT字に布がついていて、そこに紐を通すようになっているものを美容衿という。 
 美容衿のメーカーもいくつかあって、そのメーカーのランジェリーとともに使うことを薦められているものもあって、それもいいけれど、普通の長襦袢につけるだけで便利なのである。とにかく美容衿を購入する。「白の塩瀬」の美容衿が基本である。それを自分が使う長襦袢に縫い付ける。衿元は汚れるので、衿は取って洗うものだから、美容衿をつけるときもそんなにきっちりと縫い付けなくても、ザクザクつけたので良い。縫い付ける場所は3箇所、衿の真ん中あたりと、襟の両端を簡単に縫い付ける。美容衿自体が成形されたものなので、どこにつければ良いかは、長襦袢に美容衿を当ててみると自ずとわかる。
 長襦袢にこの美容衿をつけるのだが、白いえりはすぐ汚れるので、取り外して、ネットに入れて洗濯機で洗う。そしてまたつけるのである。「仕事に着るきもの」についての連載だから、そんなに毎回のようにつけては取り外して洗ってつけて、というのが面倒だと思われるかもしれない。以前にも買いたが、私自身は袷の普段着の時は、白ではなく、黄色い衿を使うことが多い。黄色の美容衿(結構見つけるのが難しいので、白の美容えりを紅茶なので染めるのも良いかと思う)は、二部式襦袢に縫い付けて、時々、美容衿ごと、洗濯ネットに入れて洗濯機で洗いながら使っている。また、夏には、衿つきの袖口がレースの肌襦袢に直接、白い絽の美容衿をしっかり縫い付けて、毎日美容衿ごと、洗濯ネットに入れて、洗濯機で洗っている。
 裁縫箱が必要ですよ、と買いたけれど、ううむ、このやり方で普段着きものを着ている分には、結局、美容衿ごと洗うのだから、あまり裁縫箱いりませんね。とにかく美容衿を使いこなすと、きものの着姿が慣れたものになるし、ネットに入れて洗濯するような設定にもできるので、便利な必需品なのである。

 

次回、2022年4月21日(木)更新予定