帯は難ものである。きものを着たいと思っても、帯が自分で締められない、と思う方は少なくないと思う。というか、きものを着る人自体がこれだけ少ないのだから、実際に自分で帯なんか締めたことない人がほとんどであろう。とにかくきものは帯が難しい、ということになっていて、きものをもっと着ましょう、もっと普及させましょう、というときにはまず、帯を簡単につけられるようにしましょう、という方向に行く。その思いは素晴らしいと思うし、そのようにして工夫された付け帯の数々はほんとうによく考え抜かれている。付け帯とは、帯を締めなくても、すでに形になっているものをいう。帯というのは文字通り帯なのであって、長いものをまきつけていって、締めて、形を美しく整えてつかうのであるが、付け帯、というのはすでにお太鼓などの形になっていて、形を作る必要がないものである。体が不自由な方にはとりわけ便利なものであり、きものをたまにしか着ない人にもまた、使いがってがよいかもしれないが、きものを日常に取り入れてしまうと、あまり使わなくなってしまうのは、やっぱり帯は、毎日、すこしずつちがうふうに「締める」ところに妙味があり、作る形も同じでないところがいいのだな、とわかってくるからだ。
帯など一度も締めたことがない、というきもの初心者が帯を締める、というと、まずやってみましょう、とすすめられるのが半幅帯である。ゆかたなどに締めるものだからみたことがある方も多いであろう。わたしもきものを着始めた頃は、まず、半幅帯を練習してください、といわれて、半幅帯を締め始めた。これがなかなかに難しい。それなりの年齢になって半幅帯を締めるのであれば、まず、すすめられるのは「一文字むすび」といわれるもので、うしろからみたら、半幅の帯の上に、蝶々結びがまっすぐになっているものがのっている形に見えるように結ぶ。ゆかたで日本舞踊のお稽古などなさる方も、この一文字むすびが多いのではないかと思う。ぎゅっと帯を締める感覚がよくわかるし、後ろ姿もきりっとしているし、なかなかいい練習にもなるし、すてきなものでもある。しかしやってみればわかるが、この「ピシッと一文字状に帯を結ぶ」というのはけっこう、ハイレベルで、初心者がみんなほいほいできるとは、思えない。
「片花むすび」という、リボンの輪を片方だけ作って、もう片方は垂らしておく締め方は、一文字むすびよりは、ハードルが低い。これも帯をギュッと締める感覚がわかりやすい結び方の一つで、一文字よりも、アレンジもしやすいし、形もごまかせるので初心者向きだと思い、若い人に浴衣の着方を教えてください、といわれたときなど、おすすめしているが、なにぶん、後ろ姿が、結構可愛らしくなりすぎるので、「奥様」(いまではポリティカリーコレクトではない言い方かと思うが、きもの界ではゆるされていてほしい)以上の年齢のかたは、やっぱり、片花より一文字のほうがふさわしいと思う。
この一文字も片花も、結果としてけっこう後ろにボリューミーなものができあがるわけなので、踊りのお稽古などには良いかもしれないが、椅子に座って仕事をしたり、車に乗ったりするとちょっと邪魔になり、きものでふつうの仕事をするにはあまりおすすめできない。あまり背中側がボリューミーにならず、割とペタンとした感じの半幅帯の結び方のほうが、邪魔にならない。「貝の口」とか、「矢の字」などが背中がおとなしい感じになるので、背中に蝶々結び(一文字も片花も要するに、蝶々結びの延長のようなものなので)など背負うのは気恥ずかしい、というきもの好きにも愛されている結び方だと思う。しかし、この「貝の口」や「矢の字」の締め方がまた、いうほど簡単ではない。帯を締める、ということがよくわかっていないと、ゆるまないように貝の口結びや矢の字結びを上手にしあげることは、やってみるとわかるけど、至難の技である。
と、ここまで色々半幅帯について、書いてきたが、言いたいことは要するに、半幅帯を上手に締めるのは、初心者には難しいと思う、ということである。結び方自体もそんなに簡単ではないし、ごまかしがきかないので、なかなか難易度が高い。ごまかしがきかない、というのは、半幅帯というのは半幅帯一本で締めていき、それで終わり、なので、お太鼓結びをするときのように、帯まくらをするときや、帯揚げをかけるときや、帯締めを締めるときなどに、適当に、ごまかしながら、形を仕上げる、ということができない、一発勝負である、ということだ。しかも、それだけ苦労して仕上げたとしても、所詮、半幅帯は、カジュアルな装いなので、そのまま半幅帯で出かける、というのは、浴衣以外ふさわしくない。半幅帯で、仕事に出かける、というのは、Tシャツで仕事に行くようなものである。
だから、たとえば半幅帯で仕事に行きたい、などというときは、半幅帯を締めて、羽織を着ることになる。逆にいえば、半幅帯がうまく締められなくてもなんとか後ろでとめてさえあれば、羽織を着ればわからないので、「半幅帯に羽織」姿は、初心者におすすめである……と、わたしも10年ちょっと前には自分でも書いたような気がする。羽織はジャケットのようなものなので、コートとは違うから、室内でずっと着ていてもいいものなので、仕事には便利である、などと言った覚えもある。
しかし、しかし、である。いまどき、羽織なんか着るだろうか。流行がないように見えて、きものにも流行がある。いますでに還暦を過ぎた私の、祖母の世代には、丈の長い羽織とかすごく流行したことがあるようだし、母の世代には、子どもの入学式や卒業式には、まず、黒の羽織をきて出かけていたものだった。だいたい、流行ということを別にしても、母以上の世代にとって、きものは、なにか上に「羽織もの」(羽織のみでなく、すべての上に羽織るものをさす)を着て出かけるもので、羽織でなければ、道行(みちゆき)といわれるコートやショールをかならず着ており、羽織ものなしででかけることは、帯付きで出かける、と言って、品がない、とされていたようである。しかし、きものを着ること自体がけっこうおおげさになってしまう今、羽織姿は本当に少なくなったし、なんだか重たい感じがして、まあ、一言で言えば、流行らないのではあるまいか。きものを着て仕事をしてみよう、と思う時に、だから、羽織と半幅帯、というのは、かえってハードルが高いような気がする。
まずは着付けは半幅帯よね、そこから練習よね、といって半幅帯から始めると、いつまでたってもうまく結べず、そこをごまかそうとして、羽織を着て出かけると、なんだか大げさすぎてすっきりせず、やっぱりきものは、無理か……ということになりやすい。だから、半幅帯から始めず、ここは、大変そうに見えても、きもので仕事、きものでおでかけ、と思うならば、まずは、名古屋帯でお太鼓をむすぶ、ということから始めた方がよい。手順は最初はそれなりに難しいし、帯揚げに帯枕に帯板に帯締めなど、あれこれ揃えなければならないのであるが、あれこれ揃える分だけ、ちょっと不都合ができた時には、あとからごまかせるパーツが増えた、と、すぐに思えるようになる。ちょっと締め方が足りなかったけれど、最後は帯締めでぎゅっとしめてしまったらそれなりに形がついた、とか、できるようになるのである。それに、名古屋帯さえ締められれば、仕事やちょっとしたお出かけには、もうそれだけでパーフェクトとなり、羽織に頼らなくてもよくなる。そうやって慣れてきたら、そのうち半幅帯も上手に締められるようになる……という順序の方が、きものが楽しくなるのではないかと思っているのだ。
次回、2020年6月14日(日)更新予定