きものと仕事 三砂ちづる

2022.9.14

30うしんちーのきものを着る



 沖縄のきものの着方、うしんちー。帯なしで、下につけた腰紐に上から押し込むようにして着付ける。連載28回に書いたが、「うしん」というのは「うしくむ(押し込む)」ことで、「ちー」は「着方」のことであるらしい。琉球独特の仕立てで仕上げ、長着とする。つまり、長着の段階で、仕立てが和服と異なる。
 古琉球衿の長着の形は、ケーシクビと呼ばれる返し衿であったらしい。時期はよくわからないものの、大正から昭和にかけてどうやら琉球でも和洋折衷の仕立てに変化していったということである。現在では琉球の長着を仕立てるのはほとんど、琉球舞踊をやっている方であることが多いが、その場合も和装と同じような棒衿の共衿つきに仕立てているそうだ[i]。今回は、古い琉球の形で、ケーシクビで仕立ててもらった。衿を返しての着付け方なので、うしんちーで着付けると、右側の太もものところに特徴ある返し衿の衿先がくることになる。これが古い琉球の形なのである。
 また、ネーチリという、揚げも入っている。衿先の高さ位置で身頃に入っているのである。ネーチリも、琉球着物の特徴であり、ネーチリが入れられる、ということは、生地がたっぷりあるという裕福の象徴だったようだ[ii]。結果として仕立てるときに、身丈を和装に直せる丈で裁断してもらうと、ネーチリが入ることになる。具体的には、先述の返し衿の衿先がくるあたりにネーチリの線が入る。上前を押し込んでいるあたりからネーチリの線が斜めに入っているのが見える、という形になる。これはある意味、アクセサリーのような飾りなのだという[iii]。琉球独特の飾り、というわけだ。
 このように仕立てられた琉球の女性用の長着は、「細い帯を前に結んで着付ける」か、「帯なしで、うしんちーで着付ける」のどちらか、となる。仕立てた長着は、仕立てが同じなので、打掛としても活用可能であるらしい[iv]。打掛はいわば、コートや羽織りのような位置付けで、別の長着のうえからかけて着たり、長着の代わりに胴衣下裳(ドゥジン、カカン)という正装をつけてその上からかけて着たりするのである。
 カカン、と言う言葉を久しぶりに聞いた。今を去ること40年近く前、琉球大学保健学研究科にいた頃に八重山芸能研究会という部活に一年だけだけれど、入れてもらっていた。それから40年近くの日々は、八重山民謡に心惹かれ、八重山の踊りに憧れた日々である。地球の裏に10年住んだり、いろいろな国で仕事をしてきたけれど、八重山のことを忘れることはなかった。たった一年なのに、八重山芸能研究会は私の人生の方向性を深いところで定めてしまったようにも思う。短い間だったけれど、衣装係などやらせてもらったので、当時は一通り衣装のことも覚えていて(覚えようとしていて)、そこにカカン、も、あった。スディナ・カカン、と、セットで呼んでいた。西表租納で踊られる租納岳節の衣装は、真っ白な細いプリーツの入った長いスカートのような下裳、カカンの上に、紺色の長着、スディナを合わせる。本当に美しく、当時の私は、高松塚古墳の壁画に出てくるような姿だな、と憧れて見ていたものだ。八重山芸能研究会では、それぞれの島の祭祀で踊られている芸能を、島の人から直接習って、舞台に挙げていたわけだから、西表租納では(他の島でも)今も祭事にはこのスディナ・カカンが着られていることと思う。
 それはともかく。そのように琉球風に仕立てた長着をうしんちーで着る時、下着はステテコのような袴をはく。いわゆる舞踊の時の下着、脚絆のようなイメージである。和服と同様に、裾除けでも良いと思う。上は、筒袖の肌じゅばんに白い襟をつけたものを使う。夏物の和服の長着を着る時に使う、筒袖にレースがついていて襟がつけられるようになっている肌じゅばんでよい。
 これらの下着をつけた後、うしんちーで長着を着る際には、下着の上に腰紐を結ぶ。この腰紐に、きものの衿先の少し上あたりを押し込んで行くということになるのだが、まずは、普通の和服の時と同じように裾の丈を決め、左の脇線を揃える。そして、腰に添うように右の衿先を引っ張って、腰紐に上から押し込むのである。先述したように「うしんちー」とは、もともと「押し込む」という意味なのだから、そうするのだ。その後、左の衿先を右に持ってきて、上から、腰紐に、こちらも押し込む。押し込んだ後に、簡単に外れないように、ハンカチなどを詰めておくのも良いらしい。ここまで着付けて、あとは形を整える。後ろ腰のあたりと左の前側をふっくらさせる。このふっくらした感じこそが、うしんちーの着付けの魅力であると言われている。帯は締めないので、衿元を整えて、これで出来上がりである。足元は、白足袋に草履を履く。
 初めて、うしんちーの着付けで、南青山のレストランまで出かけた。沖縄の研究を続けてきた博士候補生の方の、論文進捗状況を聞くことになっている。ハワイに移民した沖縄の人々のことを研究している彼女への敬意を、おろし立てのうしんちーのきもので表したいな、と思ったのだ。生まれて初めてうしんちーで出かけるのは、さすがにちょっと緊張する事だった。連載28回で書いたように、このうしんちーのきものは20年以上憧れづづけていたけれど、仕立てたり着たりする勇気がなかったのだ。満を持して仕立てて、着たのだが、着てみるとなんだかあっけないくらいに体に馴染み、そして、東京では、さほど目立ちもしなかった。まあ、大都会では、だいたいどんな格好していてもそんなに目立つわけではないのだけれど。きものを着ている、ということは、それなりに目立つが、うしんちーのきものは、その「きものをきているので目立つ」というカテゴリーにおさまる程度であることが着て見て、なんとなくわかって、ちょっと安心した。なんで、そんなことわかるのか、と言われても、まあ、そう感じたというだけです、としか言いようがないのだが。
 8月の末、まだまだ暑い東京で、うしんちーのきものは実に快適であった。強い冷房の中で、帯を締めていると冷えないから、帯を締めて夏物のきものを着るのも決して悪くない。さらに帯は締めているとまもられている感じがするのが良い。とはいえ、やっぱり、帯をしていない時ほど“ラク”ではない。うしんちーのきものは、さらっとワンピースを着ているかのように“ラク”で、涼しく、快適で、本当に気持ちがよかった。これは、皆様、ぜひ、着ていただきたい。むしろ、帯を締めない着方は、簡単でもあるわけだから、きものは着たいけれど、難しくて……とおっしゃる方にもハードルが低いような気がするのであった。
 この20年越しのうしんちーのきものを仕立てる事ができたのは、ずっとリサーチし続けてくれていた那覇生まれ那覇育ちで今も那覇に暮らす親友のおかげであり、彼女が探してきてくれた、実に粋な呉服屋、平和通りのよへな商店さんのおかげであり、よへな商店さんがご紹介くださった「新装」の呉屋芳子先生のおかげであり、具体的に監修してくださった呉屋先生のお嬢さん、沖縄県立芸大でも教鞭をとっておられる屋比久珠代先生のおかげである。上記のケーシクビやネーチリの説明は屋比久珠代先生による。
 今回は、よへな商店さんのおすすめにより、まず最初の一枚は夏物ではなく、単衣の紺地の琉球絣で仕立てた。透ける事がなく、安心して着られる。でもやはりうしんちーのきものは夏物でこそ、仕立てたいし、盛夏に着たいきものだ。次は夏物を作らせてもらおうと思う。しかし、この快適さと美しさ、今自分が持っているきものもうしんちーのきものに仕立て直したい、と思うようになっているくらいだ。東京では着られても、地元沖縄では、街で着るにはあまりに目立ちすぎるのかも知れず、着るのがはばかられるようにも思う。それでもなんとか、この快適で、軽やかで、美しい着方が改めて広がっていってほしい。
 一つの夢の実現を、心から喜んだ、うしんちーを着た、2022年夏の終わりとなった。

[i] 屋比久珠代氏 Personal communication

[ii] 屋比久珠代氏 Personal communication

[iii] 呉屋芳子氏 Personal communication

[iv] 屋比久珠代氏 Personal communication


次回、2022年10月11日(火)更新予定