着物を脱いだ渡り鳥 ― 落語家をやめて、落語のことを考えた。 ナツノカモ

2020.7.3

10萌芽

 

 新潟という地は、僕にとって特別な場所だった。落語家だった頃、東京以外で唯一の単独公演をしていたところなのである。主催は新潟に暮らすナツコさんという女性で、まだ駆け出しだった若手落語家の僕の高座を東京で数回見て、落語会をやってほしいと声をかけてくれたのだ。それほど知名度も高くなかった当時の僕にとって、活動の拠点が住んでいる東京のみでなく、地方にもあるというのは幸せなことだった。

 ナツコさんは、わざわざ新潟からクローズド落語会を開催していた古民家まで足を運んでくれ、「これを新潟でもやってください」と僕に言った。

 はじめは迷った。この秘密の落語会は、そもそも僕の直接の知り合いにしか声をかけていない。落語という文化を世の中に広め、伝えていくという目的から外れ、僕がただやりたいからやっているだけの会だ。それを新潟でも開くというのは、生業として落語家をしている方々の邪魔になるのではないか。彼女は僕が落語家をやめた後、新潟で別の落語家の公演の主催を今も続けている。

 「うちのお客さんに限定した告知をしますので、クローズドの部分は守ります。新潟にもあなたを待っている人がいますから。楽しい時間にしましょう」

 と、ナツコさんは言った。確かに、新潟で応援してくれていたお客さんに対して、何も伝えられず去ってしまったことは胸にしこりとして残っていた。

 そして、最後の「楽しい時間」という言葉は、僕の胸に強く刺さった。その頃、古民家でのクローズド落語会は20回を迎え、既に季節を二周していた。作家業が本職になりつつあり、その傍ら落語も続けるという暮らしにもすっかり慣れた。そんな時に来た、この新潟公演の誘い。落語は笑いを主軸に置いて物語を語る芸だ。それなのに最近の僕は良い噺を創ることに必死で、楽しく演じるということを蔑ろにしていたことに気がついた。演者としての感覚が薄れてきていたのだろう。「楽しい時間を」というナツコさんの案に乗ってもいいのかもしれないなと思い始めたところ、彼女からとどめの一言が届いた。

 「その日、ゴトーさんも呼びます」

 

 ゴトーは落語家時代の同期だった。入門のタイミングは僕よりも少し遅かったが、年齢が僕より二つ上だったこともあり、先輩後輩を過剰に意識せずにすむ、気兼ねなく話せる関係性を築けていた仲間だ。

 彼は明るい芸をする。ふわりふわりと語り出し、歌うような落語で聴く者の心を捉え、その世界に誘う。そんなゴトーの芸が僕は好きだった。同期だが憧れの気持ちも抱いていた。

 そのゴトーにナツコさんは声をかけてくれた。トラもそうだったが、ゴトーも僕と同じ舞台に上がることを躊躇わなかった。しかし、クローズドの会であっても、落語家をやめた人間と、プロで現役を続けている人間が一緒に高座に上がるというのは、あまり良くないことのように思う。そういうことを許すと、誰がプロで誰がアマチュアなのかが曖昧になってしまうからだ。そこの線引きは必要だと僕は感じていた。

 僕はゴトーに連絡を取り、その迷いを伝えると、

 「分かりました。じゃあ、私は落語じゃなく、手品をします」

 と、言った。同期ではあるが、入門が数ヶ月遅かった彼は、僕に敬語を使う。思わず笑ってしまった。

 「手品なんて出来るの?」

 「やったことないです。でも今から練習します。新潟に一緒に行きましょう」

 快活に笑いながら、ゴトーは言った。やはり明るい人だ。

 そう言えば、彼からは落語の相談を受けたことがない。どんな困難な局面も、彼は明るく乗り越えていく。そんな印象を僕は持っている。そこに惹かれるファンも多い。二人で行けば「楽しい時間」を過ごせるかもしれない。

 僕は、この話を受けることにした。

 

 落語家をやめたからこそ、見えてきたものがある。それはクローズド落語会を重ねていく中で見えてきた。落語という表現形式で出来ること、出来ないことは何か。もしも落語家をやめていなければ、『明晰夢』は創ることができていなかった。落語家であることで、逆に落語とはいかなる芸かを考える時間を奪われていた部分がある。近過ぎて見えないことがある。

 新潟公演のために新たに用意した『指先の五話』という噺も『明晰夢』と同じく、落語という芸のありようから思いついたものだった。この噺は、物語の断片のみを連ね、それを一つの長編にする手法で創った。

 落語が描いているのは、「日常」であることが多い。人物がなにか大きな達成を成し遂げたり、苦難を乗り越えるというような、感動的でドラマチックな展開を拒んでいる噺が、落語には多い。ただ目の前にいる人同士がお喋りしたり、小さな町内でのささいな出来事に焦点を当てたり。そんな噺ばかりが、古くから現代まで残り続けている。

 たった一人で正座をして語る芸であるという制約によるところも大きいとは思うが、穏やかだがおかしみのある、人の暮らしをそのまま描いた物語を大衆が望んできた結果であるとも言える。

 日常が描かれるということは、それぞれの噺が始まる前から人物はその世界を生きており、後にもまた同じような暮らしが続いていくことを意味する。落語における「オチ」とは、噺の終わりを示すだけの役割で、そこに生きる人物たちの暮らしが終わってしまうことを表現しているわけではない。人物たちの時間は、オチの後もずっと流れていく。

 『指先の五話』は、あえて「オチ」を省いた短い場面を連続して描いた噺だ。各シーンはブツリと途切れ、突然また次のシーンが始まる。それが五編続く構造になっている。オチもなくカットアウトされる物語を繋げることで、かえってその一場面一場面を印象強く聴く者の心に残すのではないかという考えから、この噺が出来た。

 落語なのに「オチ」を省いてしまうという発想は、やはり落語家をやめたからこそ出てきたものだろうと思う。

 

 『指先の五話』と二編の創作落語を引っ提げて、僕はゴトーとともに新潟へ赴いた。その日は僕の誕生日で、ナツコさんがこの日を選んだ理由が偶然なのかどうかは分からなかった。

 ゴトーは新潟へ向かう新幹線の中、隣りの席でずっと手品の稽古をしていた。

 「これは三分しか持ちませんね。私の出演時間は三分でお願いします」

 ゴトーは始終ふざけていた。僕は隣りでたくさん笑った。三分のために、わざわざ東京から新潟へ一緒に向かってくれている同期に、いつか恩返しをしなきゃな、と思った。

 会場はとあるゲストハウスだった。ナツコさんは交友関係が広く、イベント開催にあたって、いつも様々な会場を探し出してくる。東京でクローズド落語会をやっている古民家にも似た雰囲気の、古く懐かしい香りのするその建物を、今回のために見つけてくれたようだった。

 「そのまま、そのゲストハウスで泊まれますので」

 なるほど、と思った。さりげない気遣いが嬉しかった。

 

 

 土曜日、夕方の開演の会だった。ゲストハウスのロビーに座席を配置するという、特殊な空間に40名ほどのお客さんが集まった。もともと以前行っていた単独公演で僕を知っている方々や、ナツコさんがずっと続けている落語会の常連さん、そして彼女の知り合いの方々で構成された客席だった。高座は壁際にビールケースを重ね、その上に板を乗せ、毛氈を引くという簡易的な作りだったが、落語をするには充分なものだった。どんな場所でも出来るという自由さこそ、落語という芸の神髄でもある。

 始まる前、楽屋として用意されたひと部屋に、僕はゴトーと待機していた。

 「やっぱり三分しか持ちませんね」

 ゴトーはデパートで買ったという手品グッズで、真剣に稽古をしていた。その様子を見て、僕は緊張がほぐれた。

 『指先の五話』と二席の創作落語は、好意的に受け入れられた。その日の客席には、落語をはじめて見るという人はほとんどいなかったため、僕が変わった構造を持つ特殊な噺を創った意図を汲んでくれ、新鮮な気持ちで楽しんで見てくれたようだった。

 これほどたくさんの笑い声を浴びたことがあったかと思うほど、新潟のお客さんは笑ってくれた。オチのない話の断片を重ねた『指先の五話』も、しっかり笑いになるということがよく分かった。落語家をやめてしまったこと、それなのに落語をしていること。そういったすべてを許してもらえているような、温かい気持ちになった。

 そして僕の落語の合間に、ゴトーは舞台に上がった。やったこともない手品を披露するという、まるでおふざけの三分だったが、ゴトーも新潟でナツコさん主催の落語会に何度も出ており、彼の存在を知っているお客さんも多く、そのおふざけすら「楽しい時間」の演出になっていた。手品が成功すると拍手が沸き、失敗すると笑いが起こった。

 すべてが代えがたい、良き時間だった。

 落語会では普通、最後に演じた噺のオチが来たら、そのまま幕が閉じるのが通例となっている。終わった後に演者は何も語らずに高座を降りる、というのが一つの美学なのだろうと思う。しかし、全ての落語を演じ終えた僕は、集まってくれたお客さんに対してもう一度だけお礼を伝えたく、そのまま高座に残った。

 「ありがとうございました。新潟という場所は僕にとって……」

 その時である。

 「おめでとうございます!」

 突然、高座の後ろから大きな声がした。驚いて振り向くと、いつのまにかゴトーがローソクに火の点いたケーキを持って立っていた。

 「今日はお誕生日ということで、おめでとうございます!」

 不意を衝かれ、言葉も出なかった。次の瞬間、お客さんから一斉に拍手が起こった。今日が誕生日だなんて、演じている最中にすっかり忘れてしまっていた僕は、ただ座布団の上で茫然としていた。僕よりもお客さんの方が察しが早かったようだ。ニコニコしながらケーキを持つゴトーと、拍手をするお客さんを交互に見た後、僕は客席に向かって言った。

 「……え、みなさん、共犯ですか?」

 笑いが起こった。みんな手を叩きながら首を横に振っている。知らなかったけどおめでとう、といった雰囲気だった。

 どうやらナツコさんの計らいで、ゴトーがそれに協力したようだった。

 僕はその日、はじめて大勢の人が見ている前で、バースデーケーキの火を吹き消した。

 

 楽屋に戻り、ゴトーとナツコさんが楽しそうに喋っているのを横目で見ながら、僕は着物を脱いだ。手応えなど堅苦しいことはあまり気にせず、ただひたすら楽しい時間を過ごせたのは、二人のおかげだった。お客さんも喜んでくれ、迷いつつも新潟に来て良かったと僕は思った。

 と、そこに一人の男性が訪ねてきた。

 「素晴らしかったです」

 知らない方だった。僕よりかなり年配と思われ、スーツ姿でかっちりとした格好をしている。わざわざ感想を伝えに来てくれたことにお礼を述べると、「また新潟に来てください」と言って名刺を渡された。

 そこには、その方の名前と、新潟市内のある美術館の名前が刻まれていた。

 

 このわずか半年後、僕は再び新潟を訪れることになる。

 落語ではなく、「新しい芸能」を携えて。

 

 

(第10回・了)

 

本連載は隔週更新でお届けします。
次回:2020年7月17日(金)掲載予定