着物を脱いだ渡り鳥 ― 落語家をやめて、落語のことを考えた。 ナツノカモ

2020.7.17

11現代の噺なのに着物?

 

 新潟での公演を無事に終え、僕たちは東京に戻った。共演してくれたゴトーに、別れ際に感謝の気持ちを伝えると、「また一緒に遊んでください」と彼は言った。僕がそれなりに決心して新潟に向かったことに反するような「遊ぶ」という言葉だったが、そこに嫌な響きは一切なかった。

 ゴトーは人生を自由に遊んでいる。彼の落語からもそれはよく感じていた。飄々とした芸風の彼の姿を横目に見ていると、自分はいったい何に縛られて生きているのだろうとよく思う。

 新潟公演を終えた僕の心に、一つの変化が起きた。 

 もうこの日々を終えよう、と僕は思った。

 

 そうして迎えた21回目のクローズド落語会で、僕はこの日のために創った『マグリット』を披露した。それは、落語の構造をすべて破壊しつつも、落語として成立させる表現に挑戦した噺だった。

 落語は想像の芸であるとよく言われる。演者の技術は「いかに観客の想像を促すか」のために用いられると言っても過言ではない。

 『マグリット』は、お客に想像させたその風景を次々に壊していく、という落語である。お茶を飲む所作をする人物に対して、対面する人物が「何も持ってないじゃないか」と指摘する。その瞬間、お客には持っているように見えていたはずの湯呑みが突然、消える。さらに、目の前にいたはずの人物がいきなり消えたり、会話だと思っていたのが独り言だったり、お爺さんだと思っていたのがお婆さんだったり、めまぐるしく想像の喚起と破壊を繰り返していく。

 極めつけに「首を振って演じている人物を切り替える」という落語の根本的なルールをも壊した。一人で複数の人物を演じる落語では、右を向いてAが喋り、左を向いてBが喋るという形で、AとBの会話を「会話」として見えるようにするのが定石だ。

 Aが「〇〇〇」と言ったら、それを聞いたBが「△△△」と言いました。

 というような、ト書きをすべて省略し、ほぼ台詞のみで進行するのが落語の話法である。台詞のみということは、それぞれの人物を演じる際、当然ながら人物ごとに首の位置をしっかりと固定しなければ、会話をしているようには見えない。

 ところが『マグリット』では、噺の半ばで、ある人物が喋っている途中にもかかわらず僕の首が動き出してしまう。つまり話者の切り替えではないタイミングで、演者である僕の首が動き始めるのである。観客からすれば、今、誰が何を喋っているかが次第に分からなくなる。意図的にそれをやることで、混沌とした世界に誘うというのが狙いだった。

 そこで僕が描いた風景は、絵画で言えば抽象画やシュルレアリスムに似ているかもしれない。世界のどこかに既にある風景ではなく、どこにもない風景を落語で描いてみたかった。

 その思いを込めて、噺のタイトルを僕はベルギーのシュルレアリスムの画家から『マグリット』とした。

 

 驚きと笑いをもって『マグリット』はお客さんに受け入れられた。僕はクローズド落語会で実験的な作品をたくさん披露してきたため、すっかり通い慣れたお客さんは「また新しいタイプの噺を創ったのだな」と、この日も楽しんでくれたようだった。

 そして、演じ終えた後、僕は客席に向かって「この会を終わらせます」と伝えた。

 その瞬間、古民家はシンとした。少ない数の客席だと、お客さんがどんな感情でいるかが演者にはすぐ分かる。「なんで?」の疑問と「そうなんだ」の残念に思う気持ちがこちらまで伝わってきた。

「これまでこの会を続けてこれたのは、みなさまのおかげです」

 僕はゆっくりと自分の思いを語り始めた。芸を披露することが目的の舞台で、そういったことを吐露をするのはあまりしてこなかったが、最後なので伝えたいと思った。

 「ただ、今後はもっと広い場所に出ていきたいと思っています」

 どういうことだろう、といった空気が客席に流れた。

 クローズド落語会を二年にわたって開催する中で、僕は「落語とは何か」をたくさん考えてきた。落語家だった頃には当たり前なこととして受けとめていたことに、改めて疑問符を付け、考えを練り、新しい噺を生み出してきたつもりだ。

 落語界を退き、そうやって外に立って落語を見ているうちに、「そもそも、なぜ着物なのだろう?」「なぜ正座でなければいけないのだろう?」といった、落語を知る前の十代の頃にぼんやりと疑問に思っていたことが、再び湧き上がってきていた。もちろん、答えはある。正座をするのは、下半身の動きを省略することで観客が自ら想像することを促し、それによってどんな場面でも描けるようにするため。着物の理由は、その正座をするのに適しているため。洋服で正座をするのはあまりに不自然だ。

 落語家も観客も、今さらこれらのことに疑問を抱く意味は普通ならばない。落語はその型を数百年も維持してきたのだから。使いこまれた型にはやはり、形式美も備わるものだ。

 ただ、どうしても見過ごすことのできない問題が残る。

 それは、「時代設定が現代の噺でも、落語家は着物を着てそれを演じる」ということだ。

 落語が描いているのは「日常」だと既に書いた。現代の日常を現代人が演じるならば、その衣装が着物というのはやはり妙だ。

 僕は考えた。「落語と言えば着物」という常識を壊すことはできないのか。それが叶った時、落語家としてではなく落語をすることが本当の意味で可能になるのではないか。

 まずはそこからだ。逆に言えば、それができなければ僕はこれまでの落語の枠からは出られないと感じた。

 「その答えを探す旅に出たいと思っています」

 僕は最後のクローズド落語会で、お客さんにそう伝えた。

 

 クローズド落語会の終わりは、僕とそして限られたお客さんが通い続けた古民家にも別れを告げることを意味していた。いつもと同じように玄関の外でお客さんに頭を下げて送り出した後、僕は庭にあるお社の前に立った。

 二年前、はじめてこの場所で落語をした日、何に対して祈るべきかも分からないまま、僕はここで手を合わせていた。

 再びその前に立ち、目を瞑り、僕は心の中で感謝の気持ちを言葉にする。

 「ありがとうございました。この日々が僕を支えてくれました」

 迷うことのない、純粋な僕の思いだった。

 手を降ろして目を開き、お社を少しだけ感傷的な気分で見つめた後、僕は楽屋へと戻る。ギシギシと鳴る古い板廊下の音が、なんだか愛おしく思えた。

 「お疲れ様でした」

 楽屋で帯を解こうとした時、カミヤくんの声がした。ふり返ると、すっかり手際の良くなった彼は、既に高座や客席を片付け終えていた。二年間、彼もずっとこの会を支えてくれていた。

 「ありがとう。続けてこれて良かった」

 もしかしたら、彼がいなければ途中で挫けてしまっていたかもしれない。僕の迷いを打ち砕いてくれたのは、はじめてこの場所で落語をした日、カミヤくんがくれた言葉だ。「あなたは落語をするしかない」と。

 多くは語らず、カミヤくんは「はい」と言って、笑った。

 

 

 数日後、とある依頼が僕のところへ来た。依頼主は芸能事務所Qのワカコさんで、僕が作家になるための場所を最初に用意してくれた、あの人だ。都内の小さな劇場で、二日間の空きがぽっかりと出てしまい、そこを使って公演をしてみないかという話だった。

 落語では、笑いを生むための技術に「間」というものがある。それは人物の会話の切り替えのタイミングのことであり、上手な演者の褒め言葉に「間が良い」という表現がある。

 ワカコさんからの公演の話は、僕にとって間が良かった。「お好きなように、自由に使っていただいて構いません」と言われた。作家としての僕の立場を考えるならば、舞台の台本を書き、誰かに演じてもらうというのが自然に思えたが、僕はこの話が来た瞬間「自分が演者として出よう」と思った。

 まずは「落語と言えば着物」という常識を壊すことを本気で考えてみる。それは僕が自分でやらねばならない。なぜなら、そんなことを望んでいる人間が誰もいないからだ。「なぜ現代の噺なのに着物なのか?」という違和感と、僕がまっすぐ向き合いたいだけのことだ。

 僕はワカコさんに「是非、やらせてください」と言った。

 クローズド落語会は終わらせた。それはより自由に、次の場所へ飛び立つためでもあるのだから。

 

 

(第11回・了)

 

本連載は隔週更新でお届けします。
次回:2020年7月31日(金)掲載予定