着物を脱いだ渡り鳥 ― 落語家をやめて、落語のことを考えた。 ナツノカモ

2020.7.31

12マグリット

 

 都内の小さな劇場は、二日間ともいっぱいのお客さんで埋まった。

 僕にとって、再び公の場で久しぶりに演者として立った舞台だ。落語家時代の僕のことを知っているお客さんをはじめ、作家となってから僕を知った方々、そしてクローズド落語会に通い続けてくれたお客さんにも、今回は秘密を抱えることなく集まってもらえた。

 そこで僕が創ったのは、二人芝居を連続して五本見せていくというものだった。落語の型を壊すのであれば、僕が一人で舞台に立つべきだが、今回が演者復帰の公演であることを考えると、なるべく盛り上がるような「お祭り」にしたいと思った。そこで、付き合いのある役者や芸人や作家など、様々なジャンルで活躍している人達に出演してもらい、それぞれのゲストが順番に登場し、僕と二人で芝居をしていくという作りにしたのである。

 僕は舞台に出づっぱりで、相手役の演者が次々に変わっていく。そんな短い会話劇を五本続けて見せる。新潟で披露した『指先の五話』の各断片を、二人芝居に書き直したものだった。

 落語は、主に二者間の対話でお話が進んでいく。もっと多くの人物が同じ空間で雑談をしているような噺もないことはないが、演者が一人という制約があるため、基本的には一対一の会話で物語を描いていく。もともと一人で演じる落語として創ったお話を、二人芝居に変えて演じてもなお、そこに落語らしさが残るかどうかを僕は知りたかった。

 現代劇なので、当然、僕は着物を着ないという選択をした。しかし、話が変わっても僕は舞台に出づっぱりで衣装替えの時間はないため、白いシャツに白いズボンという、「どんな役でもできる衣装」「何色にでも染まる恰好」を選んだ。これは着物と実は性質が似ている。

 異種混合の舞台にした方が面白いだろうと思い、五人のゲストを呼んだが、その中の一人にはゴトーも加わってもらった。

 「落語家」も一人そこにいて欲しいと思ったからで、ゴトーに連絡を取り、「良かったら、おれと二人芝居をしてくれない?」と誘うと、

 「また一緒に遊んでくれるんですね」

 と、彼は喜んでこの話を引き受けてくれた。

 

 僕とゴトーで演じたのは、「死者」とそれを黄泉の国へと導く「水先案内人」の会話という設定だった。僕はこの二人を『指先の五話』で、着物姿で一度演じている。

 暗いトンネルを一人ぼっちで歩いている男。そのモノローグから芝居が始まる。周りには誰もおらず、不安な気持ちとともにひたすら歩き続けている。やがて、ようやく出口の光が見えてくる。思わず走り出し、トンネルを抜けるとまぶしさに目が眩む。少しずつ光に目が慣れてきた頃、前を見ると、奇妙な恰好をしたひとりの男の影がそこにあった。

 「ようやく出られましたなぁ」

 「……あなたは、どなたですか?」

 「暗いトンネルの中で、たったひとり。さぞ寂しかったことでしょうなぁ」

 ゴトーの役どころは、彷徨う死者を黄泉の国へと案内するというもの。やや暗い世界観の中で、あえてそのキャラクターはコミカルに演じてもらった。ゴトーが本来持つ芸風に、ミスマッチとも思える設定をぶつけることで、かえって彼の明るさが際立つようなお話にしたかった。

 「待っておりました。私はあなたがここへ来るのを、ずっと待っておりました」

 ゴトーは大袈裟な身ぶり手ぶりで台詞を放つ。決して面白い台詞でなくても、彼が言うと客席にクスクスと笑いが起こる。それは彼の「フラ」が為せる技だと思う。ウケているのが分かると、対面する死者役の僕も演技に身が入る。

 途中、案内人が死者に「長いトンネルでしたか?」と問いかけてくるシーンに差しかかった。

 ゴトーは舞台上でまっすぐ僕の目を見つめ、真剣な口調でそれを言った。「あれ?」と僕は思った。稽古の時はこうではなかった。そんなつもりで書いた台詞ではなかったのだ。

 「長いトンネルでしたか?」

 しかし、その言葉は、僕自身の人生と突然、繋がった。

 落語界から自ら去ったはずなのに、落語と離れられず、表に出ることもできなかった日々。暗いトンネルを抜けた、このお話の主人公と僕自身が重なる。

 「長い長い、トンネルでしたか?」

 ゴトーは繰り返す。これは彼のアドリブだった。慈悲に満ちた言い方だった。その瞬間、客席もシンと張りつめたのが僕にも分かった。

 そんなつもりで書いた台詞ではなかった。なぜなら、このお話は既に創ってあった噺を書き直しただけなのだから。

 しかし、僕は舞台上で思わず胸を打たれていた。

 そうか。僕は長いトンネルを今、抜けたのか。

 

 たった二日間、二回きりの公演だった。

 すべての芝居が終わりカーテンコールを迎えると、客席から拍手が起こった。僕にはそれが「おかえりなさい」に聞こえた。数年ぶりに表舞台に立ったことになるが、想像していたよりたくさんのお客さんが来てくれた。

 落語家だった男が、落語を忘れられず、落語ではない何かをする。それは端から見れば滑稽なことかもしれない。しかし、ここから僕は、自分にとっての「新しい芸能」を探す旅に出ることにした。

 

 

 そんな僕のもとへ、次なる公演のお誘いが届いた。

 自宅のパソコンで書きものをしている時、机上のスマホが鳴った。見ると、新潟のナツコさんからだった。

 「こちらの市内の美術館で、落語をして欲しいということなのですが、いかがですか?」

 それは、先日の新潟でのクローズド落語会で、終演後の楽屋に感想を伝えに来てくれた男性からの依頼のようだった。あの時、「また新潟に来てください」と言ってくださった男性の笑顔を僕は思い出した。まずはナツコさんを経由して、どんなものか様子を探りにきたということなのだろう。

 「落語ですか? でもそういった公の場で僕が落語をするというのは難しいので、もし他の芸人さんでも良ければ紹介しますよ」

 「いえ、あなたがいいそうです」

 思わず沈黙した。指名だ。演者としてこれほどありがたいことはない。しかし、

 「うーん。でも僕はもう落語会を終わらせてしまいましたし、ちょっと落語の依頼というのは……

 「落語じゃなくてもいいそうです」

 「え?」

 「あなたの表現であれば、絶対に落語ということでなくてもいいそうです」

 その時、ここ数日間、僕の頭にチラチラと浮かんでいた「新しい芸能」の姿が、はっきりとした輪郭を見せ始めた。落語じゃない、僕の表現……

 「どうされますか?」とナツコさんは問うてくる。彼女は僕と依頼者の間に入ってくれている立場だ。迷惑をかけないためにも、答えは早めに出した方がいい。

 「お引き受けします、と伝えてください」

 「分かりました。具体的な中身は後で詰めていくという形で良いですか?」

 「はい。それで。よろしくお願いします」

 僕はナツコさんとの電話を切った。

 

 スマホを持ったまま、僕はその場で考えた。目の前のパソコンはスリープ状態になっている。

 二人芝居の公演を終えてから、僕の中にある構想がぼんやりと浮かんでいた。それは落語の技法を踏襲しつつ、着物ではない恰好で一人で演じるという、まだ見ぬ表現の型についてであった。

 復帰公演で僕が着た白シャツ、白ズボンという衣装は、前述の通り着物の持っている「どんな役柄でも演じられる」という性質と極めて近いものを持っている。ならば、その同じ恰好で、首を振って人物を切り替える落語の技を使った一人芝居にすれば、新たな表現の可能性がそこにあるのではないか。そしてそれは「現代の噺なのに着物」という不自然さを拭えた新たな落語といえるのではないか。

 ただ問題は、下半身の動きの省略だった。

 着物姿の落語は正座という制約を設けることで、それを容易に可能にしている。洋服の場合はどうしたらいいか。この問題を解消しなければ、新たな落語を考案したことにはならない。

 まずは椅子に座ることを考えてみる。しかし、それは下半身の「省略」ではない。なぜなら、舞台上で椅子に座った状態というのは、客席から僕の足が見えてしまっているからだ。それだと「座っている人物」を演じることは可能だが、「立っている人物」を表現できなくなる。では例えば、その瞬間だけ立ち上がればいいかというとそうではない。「立つ動作」や「座る動作」をいちいち見せてしまうことになり、落語のようにスムーズな場面転換ができない。

 落語とはつくづく完成された芸だと思う。着物を脱ぐことを考えるだけで、どれほど落語が隙の無い表現形式を持っているかがよく分かる。

 「省略」とは、「見えない」と同義なのだ。

 見えない……

 ふと、気づいた。客席から演者の下半身の動きが「見えない」ということが必要ならば、「見せない」ように隠せばいいだけの話ではないのか……

 僕は持ったままだったスマホに目をやる。そして、たったいま着信を受けた番号に、再び連絡を取った。

 

 「台を用意していただきたいんです」

 「……講演に使うような台ですか?」

 すぐにまたかけてくるとは思わなかったのだろう。ナツコさんの声には戸惑いが感じられた。

 「そうです。立った状態で演技をしますが、その僕の前に台を置きたいんです。あと美術館での公演ということなので、『マグリット』というお話をやりたいと思っています。落語として書いたものなのですが、それを書き換えますので」

 「分かりました」と言ってナツコさんは電話を切った。

 最後のクローズド落語会で披露した『マグリット』を演じるというのは、その電話の最中の思いつきだった。しかし、きっと美術館ならば合うような気がする。

 その晩、僕はこの表現のイメージを固める作業に没頭した。

 

 翌日、またナツコさんから電話があった。

 「先方に昨日の内容をお伝えしました。台はあるそうです。それは大丈夫でした。で、『マグリット』の件なのですが……

 「はい」と僕は応える。台についてではないことに安堵した。せっかく思いついた型だから、そこはなんとしても実践してみたかった。

 しかし、その先のナツコさんの話は予想もしない内容だった。

 「あるそうです」

 「え?」

 「偶然ですが、こちらの美術館にルネ・マグリットの絵が一点だけ、所蔵されているそうです」

 「……本当ですか?」

 「はい。なので、そのお話を演じる際に、その絵を展示してみてはどうでしょうか?」

 歯車がカチッと噛み合った音が、聞こえた気がした。

 

 

(第12回・了)

 

本連載は隔週更新でお届けします。
次回:2020年8月14日(金)掲載予定