着物を脱いだ渡り鳥 ― 落語家をやめて、落語のことを考えた。 ナツノカモ

2020.8.14

13この芸に名前を

 

 落語とは何か。答え方は様々だ。

 しかし、その様式が「着物を着て演じる」ものであることは誰も疑わないだろう。ずっとその形で続いてきた。

 一人の演者が着物を着て正座をしてあるお話を演じれば落語。では同じ話を着物を着ずに立って演じた場合、落語の技法を使っていても落語とは呼ばないのだろうか。

 ならば、それはなんという名前の芸なのだろう。

 

 僕は再び新潟を訪れた。新潟のクローズド落語会はもう半年前で、その時はゴトーに同行してもらったが、今回は一人だ。

 「お待ちしておりました」

 日曜日の昼下がりだった。今回、僕の単独公演を企画してくれたフジモトさんが、美術館の入り口で待っていた。半年前と同じにこやかな笑顔で迎えてくださったことに安堵を覚える。フジモトさんは汗をかきやすい体質なのか、やたらとハンカチで額を拭っていた。首からは、あのとき楽屋で受け取った名刺にもあった役職も書かれた名札が下がっている。

 再会の挨拶を軽く交わし、僕は頭を下げて中に入る。すぐに、外界と隔絶された、美術館特有の空気が僕に纏わりついた。

 会場は、普段は企画展をやっているスペースだそうで、この日はそこに平台を四枚並べて作った簡易的な舞台と客席が設置されていた。舞台の真ん中には、こちらが発注した通り、腰の高さまでの台が置かれている。広い部屋だった。

 「このように三枚、並べてみました」

 フジモトさんが舞台横の壁を指す。少し見上げる位置に、およそ一メートル四方の三枚の絵が等間隔で並んでいた。

 「で、こちらがルネ・マグリットの絵です」

 右端にある一枚の下にフジモトさんは立った。そしてまた汗を拭う。見ると、実にそれらしい抽象画が掛けられていた。真ん中に白い柱が描かれており、その上部に木の枝葉が生えている。地面は桃色で、背後の壁には目玉があり、その前におおきな穴の開いたドアが二つ。僕は黙って頷く。不条理な絵。現実世界を破壊したようなその雰囲気が、僕の創った落語『マグリット』にぴったりだと感じた。

 「よろしいでしょうか?」

 「はい。バッチリです。ありがとうございます」

 今日の公演は「絵を演じる」という見せ方をすることにした。『マグリット』の他に二編、落語として創った噺を書き換えたものを僕は用意していた。そして、その雰囲気に合った絵も二枚、飾ってもらっている。つまり「絵を演じる」と言いつつ、実際はお話に合わせた絵を後からフジモトさんが選んでくれているのだ。

 開演前、お客さんはその三枚の絵を自由に眺める。そして僕は、絵から紡ぎ出された物語を落語の技法を使った一人芝居で演じる。そんな試みだ。

 これは美術館だからこそ可能な形に思えた。

 まだ誰もいない静かな会場を見渡す。60人分の椅子が整然と並べられていた。

 僕は今日、この場所で新たな芸能のスタートを切るのだ。

 

 

 控え室はなく、部屋の一角を衝立で仕切った向こう側が僕の待機場所だった。開場しお客さんが入り始めると、僕は白いシャツに白いズボンという衣装を着用し、一脚だけ用意された椅子に座って時が経つのを待った。

 その間、ずっと上を眺めていた。美術館の天井は高い。

 そういえば……

 落語家をやめたことをTwitterで報告した日。僕は畳の上に寝転びスマホを握ったまま、後ろ向きな言葉ばかりが浮かぶ自分の心と向き合っていた。あの時もずっと自分の部屋の天井を眺めていた。もうあれから三年が経つ。

 板の向こうで、少しずつお客さんの気配が大きくなるのが分かる。囁くような話し声が聞こえてくる。白く高く抜けるような美術館の天井を見つめ、「ここまで来れたのだな」と僕は静かに思った。

 あの時、スマホの送信ボタンを押した直後、「せっかくの縁だから、繋がっておこうよ」とメールをくれた大御所の先輩には、先日、会いに行った。

 落語会の楽屋で、その人は「おお!」と想像以上に大きな声を出しながら、何度も僕の肩を叩いてくれた。「元気か? そうか。うん。君が元気ならいいや!」と言って、大きな声で笑う。僕があのメールにどれほど救われたかを伝えると、ニコッと笑い、握手をしてくれた。大きくて温かい手だった。

 ぼんやりそんなことを思い出しているうちに、開演の時間が迫ってくる。

 落語家時代、僕はずっと正座をしていた。落語家をやめたあの日、僕は寝転んでいた。そして僕は今日、立ち上がる。

 

 音楽が流れ、僕は会場に向かって出て行った。クローズド落語会とは違って、僕のことを知っている人ばかりではないだろう。美術館という空間で一人芝居をすると聞き、興味を持って来てくれた人もいるだろう。そんな新潟のお客さん達が、拍手をしてくれる。

 この人は今から、いったい何を見せてくれるのか?

 ゆっくりと絵の掛けられた壁際を歩き、一枚目の絵の下に立った。そこで客席の方を向き、お辞儀をする。「今からこの絵を演じます」の合図だ。演じる僕もはじめてなら、見るお客さんもおそらくはじめて出会う新しいスタイルの表現のはずだ。

 絵の下を離れ、高さ十数センチの舞台に足をかけ上に乗る。舞台の真ん中に置いてあるのは、腰の高さまでの台ひとつだけ。そう、下半身の動きを省略するため、この台を用意してもらったのだ。果たしてこれがどう映るのか。

 僕は台の前まで移動すると、正面を向き、最初の絵を演じ始める

 

 それは、不思議な感覚だった。

 右を向き、左を向き、人物を切り替えて演じる一人芝居。見かけ上は正座をしていないだけなのだが、実際に演じている僕には、随所で落語との違いが感じられた。

 『海のはしご』という自作の話を演じている時のこと。これは海から空まで伸びている、奇妙なはしごがある海辺の町のお話。はしごを登り、空に向かっていく一組の男女を描く。現在と過去が錯綜する、ファンタジー要素が強い作品だ。

 空へと続くはしごを登るシーンで、それはやってきた。落語家時代はもちろん正座で演じていたシーンだ。

 「和子さん、こわくはないか?」

 「大丈夫です」

 「そうか。どんどん登ろう」

 男が先を行き、女が後から登りながら会話をしている。いつもは右と左に首を振って演じる会話を、ここでは上と下に首を振って演じていた。

 「高さ」の表現がしやすい……

 正座の落語の時よりも、高低差のある場面を描きやすかった。立って演じていることで、肩、胸、腰の可動域が広がり、よりリアルな「見下ろす姿」や「見上げる姿」を見せることが出来ていた。演じている僕が描きやすいならば、見ているお客さんがその画を想像しやすい、ということだ。つまり『海のはしご』を演じるならば、落語よりもこのスタイルの方が適している

 また、人物の感情を言葉や声や表情だけでなく、「肩をすくめる」「肩を落とす」「腹を抱える」など、上半身の動作によって表現しやすくなっていた。実は正座の場合、身体の動きのみでそこまで伝えるのは難しい。

 この芸にはきっと、まだまだ出来ることがあるのではないか

 僕はそんな予感を抱いた。

 例えば、正座では決して出来ない「横向き」「後ろ向き」の体勢を演技の中に取り入れることも可能だ。これは従来の落語では出来ないこと。以前、トラに伝えた「後ろを向いていることにする」手法を使わずに、実際にそれが出来てしまう。「去って行く人物の背中」も表現できるし、「夕日を眺める人物の横顔」も表現できる。

 一方で、下半身の動きは台で隠しているため、落語のように場面転換や時間軸の移行もしやすい。

 なによりも僕が感じたのは、「客席を包む演技」のしやすさだった。

 美術館のその部屋は、横長に客席が設置されていた。実は落語の場合、縦長の客席より横長の方が演じにくい。横長の会場だと、必然的に人物の切り替え時に首を振る角度が大きくなる。そうしないと両端に座っているお客さんを置いてけぼりにしてしまうからだ。「自分に向かって演じてくれている気がしない」という気分を生んでしまう。しかし、正面のお客さんからすれば「ずっと横ばかり向いて喋っている」ようにも見えてしまう。作品世界への没入度が変わってくる。結果、笑いの量も変わる。

 この芸の場合、座っていないため、身体全体を振れている感覚が僕にはあった。左を向いている時は右の肩から意識的に「気」を飛ばし、右を向いている時は左の肩から「気」を飛ばすことで、会場全体を包むように演技が出来る。首だけを振っている場合だと、その意識を持つこと自体が難しい。

 横長の客席の美術館で、お話を演じながら僕はそんなことを考えていた。

 

 三つ目のお話、『マグリット』を演じ終え、僕はお辞儀をして、そのまま舞台を降りた。せっかく集まってくださったお客さんに、僕の言葉も伝えたいとも思ったが、美術館の静謐な雰囲気にそれはそぐわないように感じ、すぐに舞台から姿を消すことにした。拍手で送っていただいた。

「素晴らしい。やはり素晴らしかったです」

 フジモトさんは少し興奮した様子で、衝立のこちら側まで感想を伝えに来てくれた。お客さんがどのくらい喜んでくれたかは分からなかったが、とにかくまずは主催の方にこう言ってもらえたのが嬉しかった。

 改めて呼んでいただいたことのお礼を伝え、僕は白衣装から普段着に戻る。衝立の向こうでは、まだ会場に残って絵を見て話すお客さんの声がした。お話の余韻を絵に託すことができたのかな、と思った。これもひとつの収穫だ。

 終演後に集めたアンケートには様々な声があった。

 面白かった。不思議だった。分からなかった。楽しかった。つまらなかった。

 今までやったことのない、つまりお客さんからすれば見たことのない芸を披露したわけで、感想が割れたのは当然のことだろうと思う。この声を活かしてまた発展させていくことができるのだから、すべての反応がありがたかった。

 先ほどまでお客さんが座っていた椅子に座り、ひとつひとつのアンケートに目を通していると、

 「名前を付けないといけませんね」

 と、そばに立っていたフジモトさんが言った。僕は読む手を止め、顔を上げる。

 「この芸能に名前を付けないといけませんよね。これからどうなるのか、楽しみで仕方ありません」

 フジモトさんはそう言って、またにこやかに汗を拭った。

 

 名もなき芸の披露を終えた。

 美術館を出る頃、外はすっかり暗くなっていた。館内に長時間いたせいか、異世界から現実世界に戻ったような心持ちになった。

 半年前は泊まりだったが、今回は日帰りだ。あっという間の一日だった。

 自分の出番があったため、時間的にも精神的にも余裕がなく、美術館の中をゆっくり見て回ることはできなかった。でもせっかくこういった場所へ来たのだから、せめて建物の外観だけでも味わいたいと思い、僕はスマホで何枚か写真を撮った。

 昼間、来た時には気がつかなかった。

 入り口のそばの庭に、空へと羽ばたく鳥のオブジェが飾られていた。足を止め、しばし眺める。

 僕にはそれが、自由を求め飛んでいく姿に見えた。

 

 歯車というのは一度噛み合うと、どんどん加速して回り出すようである。

 東京に戻った僕に、イナベさんから連絡が来た。

 

 

(第13回・了)

 

本連載は隔週更新でお届けします。
次回:2020年8月28日(金)掲載予定