着物を脱いだ渡り鳥 ― 落語家をやめて、落語のことを考えた。 ナツノカモ

2020.8.28

14なにを通して世界を見てますか?

 

 イナベさんに呼び出された場所は区民施設の会議室だった。ノックをして中に入ると、十畳ほどの室内にイナベさんと、さらに五人の芸人さんが座っていた。五人は漫才師をしているイナベさんの後輩にあたる面々で、僕も落語家時代にお笑いライブなどで何度も会ったことがあった。

 僕が席に着くとすぐ、イナベさんは、

 「君の作品を演じるための劇団を立ち上げたい」

 と、言った。今日も紫のサングラス越しにまっすぐこちらを見つめてくる。

 聞けば古民家の外で二人で話した夜から、着々とその準備を進めていたのだという。

 僕が創作した落語の世界観をそのまま芝居化し、演じるのを目的とした劇団。僕は「君の落語は誰かが守らなければいけない」というイナベさんの言葉を思い出していた。

 復帰公演で君は二人芝居の連作で同じことをやったが、今度はそれをもっと多人数でやる。そして一度きりの公演ではなく、今後も長く続けていく。

 「だから劇団の形にしたい」

 イナベさんは淀みなくスラスラと喋った。そこには一切の迷いがなく、決定事項を伝えているだけ、といった雰囲気だった。

 僕は頷いた。もちろん僕にそれを拒否する理由など、どこにもなかった。自分の創った作品を演じる場を用意してもらえるのだから、これほどありがたいことはなかった。

 新潟の美術館では一人で舞台に立った。あのスタイルは今後も続けていき、いつか自分なりの完成を見たいと思っていたが、一方でこういった劇団の主宰として活動の場があれば、自らの表現をより深めていけると思った。

 イナベさんはどこまでも僕のことを考えてくれていた。そもそも僕はイナベさんの言葉で落語家を志した。それはイナベさんにも伝えていたから、きっと責任を感じてくれていたのだと思う。劇団となると当然、団員の人選が必要となるが、それは既に終わっていた。そう、今日ここに集まってくれた五人が劇団員なのだ。「これ、顔合わせだから」とイナベさんは五人を順に紹介してくれた。キャリアで言えば、みんな僕より後輩にあたる。一緒になったお笑いライブで見た限りでは、舞台に立てば「フラ」のある者ばかりだった。

 このメンバーならば、良いものが創れる。

 僕は一人一人と挨拶を交しながら、そう思っていた。

 イナベさん自身はプロデューサーとして立ち上げから参加し、周知のために尽力することを約束してくれた。

 感謝の気持ちとともに、また新しい挑戦の日々が始まるのだな、と僕は思った。

 

 いくつかの芝居を順に見せていくオムニバス形式の公演を、この劇団の基本スタイルにすることにした。それは僕の独断だったが、みんな受け入れてくれた。

 僕の創作するお話は、観客の想像力に頼るところがある。そもそも落語がそういうものなのだが、それは言い換えれば、落語は人の想像する力を信じた芸能であるということだ。この劇団で演じる際も、その特徴は残したいと思った。そこで、衣装は黒シャツと黒ズボンの上下で統一した。舞台上の演者の見栄えではなく、そこに浮かぶ画をお客さんに届けることを主目的にしたかったからだ。

 顔合わせの二ヶ月後には、本番が控えていた。イナベさんは段取りが早い。立ち上げとともに公演の日取りも決まっていたのだ。僕はすぐに台本の作成に取りかかった。

 『夢風船』という、風船の中に入ってしまった老夫婦の会話をメインにしたお話。大小様々な、たくさんの風船が空に浮かんでおり、その中に人間が一人ずつ入っている。夢か現か、老夫婦の言葉だけでその情景を描いていく。

 『貧乏神の良心』という、ある男とそれに憑いた貧乏神の会話で紡いでいくお話。自分が貧乏神から逃れたいがため、他人に押し付けようとする男の狡さや滑稽さを描く。

 『恩返し』という、狸が人間に化けて恩返しにやって来るお話。恩返しと言えば普通なら一匹で来そうなところを、なぜか大勢でワイワイと現れたため、恩人がひたすら戸惑う展開となる。

 すべて落語として一度、完成させた作品ばかりだ。それを複数で演じられるように書き換えた。そこに新たに書き起こしたお話も混ぜ、第一回公演の台本とした。

 息つく間もなく、稽古の日々が始まった。

 演じる人数が増えたことによって、お客さんに届けたい画を、演者同士で共有する行程が必要となった。それは一人や二人で演じるより当然、時間のかかることだった。何度も話し合い、互いの描いた画のズレを修正し、僕たちは稽古に励んだ。そこにないものをあるように見せる舞台を作ること。それをこの劇団の方向性にしたかった。

 

 劇団員と稽古の日々を重ねていく中で、僕はゴウのことを時々、思い出していた。彼が落語家をやめた日、駅のホームで去り際に見せた寂しそうな笑い顔を僕はずっと忘れていなかった。誰にも守ってもらえず、自分で自分を守るしかなく、それにも限界がきてしまった人は、きっとみんなあんな顔になる。もう見たくないし、させてはいけない。

 劇団はチームだ。落語家の時のようにハッキリと先輩後輩と呼べる形ではないが、一緒にものづくりをしていると、自然と彼らへの愛着も湧いてくる。

 稽古帰り、一人で歩く夜道で、僕はずっと考えていた。

 今度は、守れるだろうか。

 

 都内の小さな劇場で、劇団は無事に船出を迎えた。たくさんの画をお客さんの届けることができ、第一回の結果としては満足いくものになった。

 もちろん課題もあった。複数人で舞台上にいると、一人や二人の時よりも見ているお客さんの視線が多方向に散ってしまい、それが想像の妨げになる場合があることが分かった。が、それは台詞を放っていない演者が自分の存在をいかに背景化するかという技術的な問題だから、稽古によってクリアできそうな気がした。この反省は次回公演に活かしたい。

 衣装に凝らず、舞台装置も極力なくし、画を浮かべてもらうことを目指す、この劇団の方向性は示せたのではないかと思う。

 「楽しいだけじゃない。悲しいだけじゃない。見ている人にいろんな感情を呼び起こすところが、君の創る台本の良いところだと思う」

 イナベさんは公演後、そう僕に伝えてくれた。

 そういえば、落語がそういうものだな、と僕は思った。

 僕の創る作品は、どこまでも落語なのだ。

 

 

 その一ヶ月後、新潟の美術館でやったのと同じ、絵を使ったスタイルの一人芝居の東京公演を僕は企画した。せっかく考えたスタイルなので、同じものをこちらでもやってみたいと思ったのだ。自主公演で構わない。まずは試してみたかった。

 しかし今回はマグリットの絵がない。さすがに美術館から借りてきてそれを飾るというわけにも当然いかない。そこで、なにか絵に変わるようなものはないかと、僕は考えた。

 あの時の「絵を演じる」という見せ方は、美術館だからこそできたものだった。開演前と終演後に、お客さんが絵のそばに行き、実際に眺め、それを言わば枕にしてお話に入るという公演スタイルだ。もちろん、しっかりと話の筋はあるので、今回は絵がない状態でやっても問題はないはずと思う。ただ、演技に入るための「きっかけ」がないのだ。

 例えば落語の場合、出囃子とともに舞台袖から演者が現れ、座布団の上に正座をし、お辞儀をする。顔を上げたらいきなり噺に入るわけではなく、自己紹介や世間話、小噺をしながら観客を自分の空気に染めていく。そして、さりげなく噺のテーマとなる話題を振り、演技に入っていく。つまり演技に入るきっかけがそこにある。

 落語という芸が、始まりから終わりまでの様式美を備えているのはこういうところだと思う。すべてが違和感なく流れていき、観客を日常から非日常の世界に自然に誘う。

 僕の考えたスタイルでは、絵がそれを担っていた。しかし今回は会場が美術館ではない。

 何かヒントはないかと、新潟の美術館公演のアンケートを僕は読み返した。そこで、ある一文に目が止まる。

 「絵本を読んでもらっているような気持ちになりました」

 確かに僕の創るお話は、不思議な情景を思い浮かべてもらうものが多く、それが絵本の持つ特性に近い気はしていた。

 それならば、と僕は考える。

 本を持って演じる、というのはどうだろうか?

 落語では「地語り」と言って、演者本人が時間経過や場面転換を伝える瞬間がある。「それから夜が明けまして」といったような。人物の会話が中心の落語でも、たまにそれが挟まることがある。噺の導入部で入ることも多い。

 そこを、手に持っている本を読んでいる体で表現するのだ。そして人物の会話パートに差しかかったら首を振って演じ始める。言わば「飛び出す絵本」のようなことにできないか。

 白い衣装はそのままで、本も白く何も書かれていないものを用意する。「これはとある海辺の街のお話……」といった風に朗読を始める。これならば、演技に入る「きっかけ」になり得る。

 いけそうな気がした。

 僕はカミヤくんに連絡した。クローズド落語会を支えてくれた彼に、再び手伝ってもらいたいと思ったのだ。

 彼がなんと言うかが知りたかった。

 

 名もなき芸は、こうしてまた少し形を変えることになった。

 東京公演は一日限り、昼と夜の二回で開催された。復帰公演以来、様々な場所で舞台に立つようになったため、少しだけ僕の認知度も上がってきていた。関心をもってくださったお客さんがすぐに集まった。

 今回、僕が用意した舞台はこんなものだった。 

 舞台上に椅子を三脚置き、それぞれの上に一冊ずつ本が置かれている。

 開演の音楽で僕が舞台に出ると、まずはその中の一冊を手に取る。そして舞台中央に設置された台の前に立ち、本を開く。まるで朗読するようにお話の導入部を語り始め、人物の会話から演技に入っていく。

 そして一冊を演じ終えると、次の本を手に取り、今度は違うお話に入る。

 こういった形で、美術館公演の時と同じく『マグリット』など三作品を披露した。

 公演は無事に終わり、ひとまず東京のお客さんにもこの新しい形の芸を見せることができた。

 落語家時代に創作した『海のはしご』も演じたため、その頃の僕を知っているお客さんから「立って演じているだけで、見えてくる風景が全然ちがいました」という感想をいただいた。まさにそこが僕の見せたかったものだった。

 カミヤくんにはまた準備や受付を担当してもらった。僕の落語をずっとそばで見続けてくれた彼には「落語が立ち上がる瞬間を見ました」と言われた。いつも短い言葉で的確な表現をくれるものだ、と思う。

 お礼を伝えると、「ただ、」と彼は続けた。

「舞台上で動かないことの理由が欲しいですね」

 僕は頷いた。確かにそうだった。台の前から一切動かないのは観客の想像力を借りて作品世界を伝えるためだったが、立ったまま全く動きがないというのは、舞台表現としては端的に言えば、つまらない。

 下半身の動きの省略に僕はこだわり過ぎているのかもしれない。本という小道具が一つあるならば、それを持ったまま舞台上を歩いてみてもいいかもしれない。そうしたら、また違うものが表現できるかもしれない。

 立ち上がった落語を、今度は動かしてみようか。そう僕は思った。

 それは奇しくも、落語家をやめた僕がようやく今、立ち上がり、止まっていた時間を動かし始めたことと重なるような気がした。

 また一つ、この芸は進化する。そんな予感がした。

 挑戦は始まったばかりだ。

 

 

 実は劇団公演の時も、名もなき未完の芸を披露している間も、僕はずっと落語のことを考えていた。

 今、僕がやっていることと落語との違いは何か。それを考えることは、とりもなおさず落語を考えていることに等しい。

 なぜ僕はここまで落語のことを考えるのだろうか?

 大切なことはすべて〇〇が教えてくれた、といったタイプの文言がある。僕の場合、ここに「落語」が入るのだろうか。

 しかし、それもなんだか少し違うような気がする。僕は落語に大切なことを教わったから、ずっと落語のことを考えているのか?

 たぶん、そうではない。

 「好きとか嫌いじゃなく、あなたは落語をするしかない」

 と、カミヤくんは言った。

 「君の落語は誰かが守らなければいけない」

 と、イナベさんは言った。

 僕にとっての落語はきっと、やむにやまれぬものなのだろうと思う。

 大学時代にはじめて落語と出会った時、世界の入り口を覗いたような感覚を覚えた。落語が描いているのは人の暮らしだ。劇的な事件やドラマはなく、庶民のなにげない会話がそこにはある。八五郎が「こんちは」とやって来て、隠居さんが「こっちへお上がり」と応える。そして退屈しのぎのお喋りに花を咲かせる。若い衆が大勢集まれば、「安く酒を飲む手はねぇかい?」と相談が始まる。妻が「お前さんは商売が下手だね」と言えば、夫が「なんだと」と応え、ささいな夫婦喧嘩が展開する。

 噺を知るごとに、百年二百年前の人達と対話をしているような気持ちに、僕はなった。

 人は昔からこうやって生きてきたのだよ。今の暮らしはどうですか?

 僕はそれに応えたい。返事をしたい。そしてまた、自分も未来に問いかけたいと思うようになった。

 それは、大切なことを落語が教えてくれたのではなく、落語を大切にすると僕が決めた、ということではなかったか?

 それ以来、僕はずっと「落語を通して世界を見ている」

 例えば、ある日、ロックに目覚めた少年は、ロックを通して世界を知り、世界と関わるようになる。先人の創った音楽に心の昂ぶりを覚え、もっとこの感覚を味わいたいと思う。それは自分の属する小さな社会から抜け出し、ロックの先に広大な世界を見たということで、逆に言えば、世界を見るために少年にはロックが必要だったのだ。ロックを知りたいという少年の願いは、世界を知りたいという願いに繋がる。

 それが映画だという人もいるだろう。絵画だという人もいる。数学だという人もいるはずだ。 

 僕にとってはそれが、落語だった。

 落語の語りのスタイルを壊した噺をいくつも創ったし、今では演じる形すらも変えてしまった。それはただ先人の創ったものを破壊したかったわけではなく、そもそもなぜこの形になったのか、なぜ別の形ではいけないのか、それらをもっと知りたかったからにほかならない。

 これまで落語と離れようと思ったことは一度もない。落語に落胆したり、裏切られたように感じたこともない。僕にとって落語はそういうものではない。世界を見るために必要なものだから、これをなくして僕は世界を見る手段を持たない。

 僕はもっと落語を知り、もっと落語を考えたいと思っている。僕にとって落語を考えることは、世界を知り、世界と関わることなのだ。

 それは即ち、生きることに等しい。

 

 夜空を見上げると、星が流れる。次は流れ星をテーマにした落語を創ってみようか。僕はそんなことを考える。

 

 --僕は今日も、落語のことを考える。

 

 

(最終回・了)

 

本連載は今回で最終回となります。ご愛読ありがとうございました。
この物語の続きは舞台で」