着物を脱いだ渡り鳥 ― 落語家をやめて、落語のことを考えた。 ナツノカモ

2020.4.10

04あなたの落語をしてもらえませんか?

 

 Twitter上で引退を発表したのは年末のことだった。僕はそのつぶやきをもって何者でもなくなり、そのまま大晦日の夜を迎えた。例年であれば、その年の反省や来年の目標などを考える一日であるはずなのに、落語家でなくなった僕にはもうそういったものは何もなかった。

 この数日間、ネット上でしか確認していないが、芸人の先輩や後輩、イベンターの方々、ファンの人たちが僕の引退を惜しむ声を上げてくれていて、それは心の慰めになった。けれど、僕はその年の年末はほとんど外出が出来なかった。町を歩いたり電車に乗ったりすると、みんなが蔑みの目でこちらを見ているような気がしたのだ。大切にしていた落語を奪われた僕を、みんなが嘲笑しているのでないか。当然そんな視線は実際にはなく、自意識のもたらす勘違いなのだと分かっていたが、自分が「何者でもない」という状態は想像以上に恥ずかしく、僕は表に出られなかった。

 そして年が明けた。この先の当ては何もない。大学時代から落語しかして来なかったから、それ以外の仕事に就くという可能性を考えたことがなかった。

 正月も終わり、世間がまた稼働し始め、そろそろ何か考えなければと思っていた時、芸能事務所Qのワカコさんから連絡があった。彼女とは落語家時代に知り合い、何度か仕事を一緒にさせてもらった経緯があり、やめる間際にはかなり話を聞いてもらっていた。世代は僕より少し上だが、好きな芸人さんや舞台の好みが似ていて、僕の落語会にも足を運んでくれていた。僕が高校生の頃、ビデオが擦り切れるほど見ていた芸人さん達のネタを、当時大学生だった彼女は実際に会場に見に行っていたようだった。

 ワカコさんからの連絡の内容は「作家としての仕事がありますが、いかがですか?」というものだった。おそらく今の僕の状況を察し、心配してくれたのだと思う。

 作家としての仕事というのはテレビ番組の台本だったり、舞台脚本の執筆だった。こんな自分でも役に立つことがあるならと、すぐに引き受けた。創作落語をいくつか書いてきた経験が活きて、昔はあれほど苦手だった「お話の制作」を無理なく出来るようになっていた。

 そうか。自分が舞台に上がらなくても、裏方として生きていく。そういった道もあるのかもしれないなと思った。

 こうして落語家をやめた翌月、僕は「作家」になった。

 

 時を同じくして、一通のメールが届いた。

 「我々の結婚パーティーで落語をしてもらえませんか?」

 その一行目を見て、僕が落語家をやめたことがまだすべての人には届いていないのだなと思った。Twitterでしか発表していないのだし、当然そういうことはある。プロ時代からこうやってメールや電話で直接仕事の話が来ることはよくあったが、これは事情を説明して断らなければいけない。落語の依頼にはもう返信しないという手もあったが、それはそれで不誠実な気がして自分の性格的に決まりが悪かったので、重い腰をなんとか上げてメールを返すことにした。

 しかし、返信を打とうとした手が、差出人の名前を見て止まる。

 リエさんからだった。それは僕が落語家時代に出演と台本協力をした映画のプロデューサーをしていた女性だ。

 彼女は僕が落語家をやめたことを当然知っているはずだった。その上でこの依頼メールを送って来ている。それは「友人として」声をかけてくれたということだ。メールの文面もそういったものだった。

 プロの落語家としてではなく、友人として結婚パーティーで落語をする。それは可能なのだろうか。すぐに断りの返信を打とうとしていたから、それは想像したことがないことだった。考えてみれば、素人の方や別の職種の人がイベントで「落語をする」なんてことは普通にある。落語は何も落語家だけのものではない。

 すぐに彼女に電話をし、どういった話なのか詳細を聞こうと思った。映画を撮影していた頃に何度もかけた見覚えのある番号に発信し「ご結婚おめでとうございます」の言葉をはじめに伝えると、リエさんは、

 「お元気ですか?」

 と、こちらを気遣った第一声をくれた。

 「うーん、どうですかね」

 僕は少し笑いながら曖昧に応えた。落語を失った痛みがまだ身体から抜けていなかった。きっとそれは言わなくても伝わってしまったと思う。

 「……元気であれば、良かったです」

 ぎこちない挨拶を交して、僕たちはすぐに具体的な話に入った。リエさん自らの結婚パーティーで落語をしてほしいとのこと。

 まず、演じる際には「名乗らなくていい」ということだった。もちろん僕にも落語家としての芸名はあったのだが、やめた以上は当然ながらその名前は使えない。となると、どこの誰だか分からない人間が落語をしていることになってしまう。せっかく友人やお世話になった人がたくさん集まる結婚パーティーなのに、そんな形での出演で良いのかと尋ねると、彼女からの返事は「それで構いません」だった。

 また、演じるのは自身の創作した落語で良いとも言われた。『饅頭怖い』や『寿限無』や『芝浜』など、古典落語と呼ばれる古くから残っている噺はプロの落語家のものであるべきで、その世界を離脱した自分がそれらを演じるのはやはり抵抗があった。彼女はそこも考えてくれていた。

 「あなたの落語であれば、なんでもいいです」

 その言葉を聞いて思わず僕は沈黙する。リエさんの強い意志を感じた。

 瞬間的に、自作の落語『お化けの気持ち』が頭をかすめた。聞けば、リエさんのお腹の中には子どもがいるのだという。そんなリエさんのために、子どもが活躍する噺はどうだろう。どんな場所でもよくウケた、あの噺だ。

 話しているうちに気持ちが前向きになって来て、いつの間にか僕は出演について検討を始めていた。

 そして、彼女の要望はもう一つだけあった。

 

 落語家時代、何人か仲の良い同業者がいた。トラという名前の後輩とは、特によく一緒の時間を過ごした。ともに20代、これからの落語界の未来を担うのだという気概を互いに持っていたし、また気楽にお喋りが出来る友達でもあった。

 トラとはよくこんな遊びをしていた。

 一緒に出演した落語会が終わった帰り道で、歩きながら突然、

 「部活とかやってました?」

 と、トラが僕に尋ねてくる。

 「おれ? おれはそうね、あれだね、ずっとダンボール部だね」

 「ああ、ダンボール部だったんですか」

 他人が聞いたらわけの分からない、こんな会話を始める。それが二人のお約束だった。

 「そうだよ。あのひたすらダンボールを運ぶ競技ね。重いのを運ぶと点数が高いやつ」

 「あれ結構きついですよね。だってダンボールの中に何が入ってるか見ちゃいけないんですもんね」

 「そうそう。重いとつい中を見たくなるんだよね。でもガムテープ剥がして中を見たらレッドカードで退場だから」

 「つい見ちゃうんだよなぁ。中に色んな物が入ってるんですよね。DVDデッキが入ってたり」

 「本が入ってたりね」

 「コケシが入ってたこともありましたよ」

 「あ、一回、すごい軽いから思わず開けちゃったことがあってさ。そしたらダンボールが入ってたよ」

 「ダンボールの中に?」

 クスクス笑いながら、少し酔っ払った僕たちは夜道を一緒に歩いた。存在しない架空の部活の細部を詰めていく作業で、ただの会話の遊びなのだが、想像が膨らんで坊主頭の高校生が一生懸命ダンボールを運んでいる画が浮かんで来ると、なんだかやたらおかしかった。

 またある日は「昔、おれの目がまだお腹についてた頃さ」と僕から始めたり、「昨日、カレーを寝かせようとしたら全然寝てくれなくて」とトラから始めたり、とにかく支離滅裂にスタートさせ、相手はそれを聞いてちゃんと返事をする。「嘘つけ」だとか「なに言ってんの?」は言わない。それがこの遊びのルールだった。

 彼とのそんなお喋りは、落語そのものだなといつも思っていた。

 落語の特徴の一つとして、「登場人物たちが起きた事態を真に受ける」というのがある。「ツッコミ」という言葉が市民権を得ている現代において、それはやや珍しい世界観だと思う。「そんなわけないだろ」と否定してしまえば、お話はそこで終わってしまう。だが落語では決してそんな風には話を終わらせない。

 「さっき道を歩いていたら、お前が倒れて死んでいたぞ」という友人の言葉を聞き入れてしまう『粗忽長屋』や、「近所にあくびを教えてくれる先生がいるらしい」と聞きすぐに習いに行ってしまう『あくび指南』など、落語の住人は相手の言葉を無視しない。それは優しいフィクションだといつも思っていた。どんなに突飛な言葉も、その世界では流されることなく聞いてもらえる。即座に否定されることのない、そんな会話から生まれる笑いが僕は好きだった。

 トラとのお喋りから創作した落語もいくつかあった。

 自らの結婚パーティーに僕を呼んだリエさんの願いは、その日をトラと僕の「二人会」にしたいということだった。

 

 

 トラはその話を断らなかった。

 「彼の意思を尊重してもらえますか?」と僕がリエさんに伝えると、彼には既に承諾を得ているという。やめた人間と同じ舞台に上がるのは、素人と共演するということだから、プロが最も嫌う状況のはずだった。しかし彼は快く受けてくれたとリエさんから聞いた。

 トラは、僕が落語家をやめたツイートをした時、「せっかくの縁だから繋がっておこう」と連絡をくれた人の弟子にあたる。師弟はその世界で言えば親子のようなものだから、親子揃って僕の存在を大事に思ってくれていたのだ。

 そうか。最後にもう一度だけ、仲間と落語が出来るのか。

 自分の結婚パーティーなのに、そんな細かいところまでお膳立てしてくれているリエさんとの電話を切る前にこう応えた。

 「ありがとうございます。やります」

 

 

(第4回・了)

 

本連載は隔週更新でお届けします。
次回:2020年4月24日(金)掲載予定