着物を脱いだ渡り鳥 ― 落語家をやめて、落語のことを考えた。 ナツノカモ

2020.5.22

07そのバトンは持ったまま

 

 クローズド落語会。第一回で演じる落語に『桜の男の子』という噺を僕は選んだ。現役時代に創作した噺で、評判の良かったものだ。桜にまつわる不思議な風景を描いた、少し変わったお話だった。

 『桜の男の子』は夢を題材にしている。いわゆる夢オチはどんなジャンルでもよく採用されているが、「実は夢でした」はある種の反則技と言える。他のジャンルでは夢オチは嫌われる傾向にあるように思う。「じゃあ、なんでもありじゃないか」「今までの出来事はなんだったの?」と観客はガッカリする。物語を真剣に追っていた者の心情としてそれはよく分かる。しかし落語では夢オチでガッカリという反応は薄い。『芝浜』『鼠穴』『夢金』『天狗裁き』など、夢を題材にとった有名な古典落語も多い。

 落語は「演技」より「語り」の要素が強い。演者の目的は人物を演じ切ることではなく、お話を届けることだからだ。演技に力を入れ過ぎ、人物に成り切ってしまうとお話を伝えるのが疎かになる。複数の人間を一人で演じる落語においては、いちいち配役に感情移入をしないことが前提になっている。逆に「語り」に主軸を置いた演じ方をすることで、かえって人物の心模様が浮き上がって見えてくる。それが落語という芸の特徴と言える。

 この「語り」の技法を上手く使えば、時間や空間を自由に行き来することが出来る。「そして夜が明けまして」と言えば夜が明ける。「一方その頃〇〇では」と言えば場所が変わる。一瞬にして場面を変え、時空を越えられる落語の世界には「実は夢でした」という手法がとても馴染む。

 落語は観客の想像力を頼りにしている。演者の「語り」によって描かれた情景を、見ている者は頭の中に自然と思い浮かべる。演者の顔を見ていたつもりが、いつの間にか自分の頭に浮かんだ画を見ている。それが落語だ。

 想像によって浮かんだ画に嘘はない。物語の構造として「夢でした」というオチが仮についたとしても、今まで頭に浮かんだ画が消えてしまうということはない。観客はその画を実際に「見た」のだ。

 落語と夢は近い。夢には必ず画がある。そして人は夢を見ている間、起きた事態を真に受ける。どんなに荒唐無稽な画を「見た」としても、夢の中ではそれが真実になる。落語でも、登場人物たちは「起きた事態を真に受ける」。落語は「覚醒しながら夢を見る芸能」と言ってもいい、と僕は思っている。

 『桜の男の子』という噺は、ある男が夢を見ており、その夢の中でまた別の男が夢を見ているという、夢が重層的に連なった噺だ。「夢オチ」という、落語では手垢のついた仕掛けをあえて重ねることで、「夢オチ」そのものをフリにした作品になっている。

 「実は夢でした」という種明かしで、お客さんは落語でよく使われる噺の構造としてそれを理解する。しかし、『「実は夢でした」という夢でした』という次の展開で、驚きとともに笑いが起きる。それは落語というジャンルではまだ使われたことのなかった手法だった。

 実は、落語家をやめる際、この噺はトラに託していた。自分はその世界から消えるが、噺だけでも残してもらえたらと思い譲り渡していた。彼は既にそれを何度か実際に高座で演じてくれていた。あまり他人の創作物を演らないトラだが、僕の作品を大切に扱ってくれているらしいことが風の噂でこちらまで届いていた。

 

 

『桜の男の子』と、二席の古典落語を無事に演じ終え、僕は会を閉じた。ウケは良く、なによりも僕の落語をまた見たいと思ってくれていた方々は、この日の僕の高座を喜んでくれた。とりあえず目の前にいる人が喜ぶというのは望ましいことだと僕は思った。しかし一方で、胸に残る迷いや躊躇いの気持ちはそのままだった。

 小さな会だったが、きちんとお客さんのお見送りをしたいと思い、僕は終演後、着物のまま着替えずに古民家の外に出た。そして出て来る一人一人にお辞儀をする。

 「ありがとうございました」「ありがとうございました」……

 「次も来ます」

 リエさんはそれだけ言って帰って行った。あのパーティー以来の再会で、当然ながらお腹はもう平たくなっていた。子育ての合間に時間を取ってくれ、急いで帰っていく後ろ姿に僕は頭を下げた。

 「もっとやった方がいいですよ」

 ワカコさんは言った。作家の仕事を紹介してくれた彼女だったが、落語をしている僕の印象がやはり強かったのだろうと思う。そして、

 「久しぶり」

 トザワさんだった。プロ時代にも何度か高座を見に来てくれ、感想のメールなどもくれていたが、こうして対面して話すのは数年ぶりだった。

 「あ、落語、やめたんですけど、続けてます」

 僕は少し笑いながら言った。

 「うん……

 なにか言いかけたようだったが、

 「こないだ嫁に落語を聴かせてみたんだけどさ」 

 と、核心には触れることなく別の話題を出してきた。変わってないな、と思った。

 「また来るよ」

 僕に落語を教えてくれた先輩はそう言って帰って行った。

 

 「お疲れさまでした」

 最後に出て来たのは、あるファンの男性だった。現役時代に飲みの席で知り合ったのだが、落語家をしていると伝えてからは頻繁に見に来てくれていた。

 「今日、良かったです。またどこかでって、言ってくれましたもんね」

 僕の最後のツイートのことだった。

 「そうですね。約束なので……

 こういった形でとは、もちろんあの時には考えていなかったのだが。

 「握手してもらってもいいですか?」

 「え? ああ、はい」

 手を差し出す。握ると彼は照れたように笑って、

 「わ、おれの手、冷たくてすみません」

 と、言った。

 彼の手が冷たかったのではない。それは、僕の手が落語を演じ終えたばかりの手だったからだ。

 僕の手も、あの日の先輩と同じように温かくなっていたのだ。

 

 全員を送り出し、僕は楽屋に戻った。カミヤくんは高座の片付けをしてくれていた。落語の小道具である扇子を置き、手ぬぐいを置き、僕は帯をほどいた。着物を脱ぎ、その場に正座をしてそれを畳む。頭の中に、たった今お送りしたお客さん達の顔が浮かんでいた。

 時々、畳むのを止め、自分の手を見つめてしまう。この手に刻まれた落語の「技」。数日前、先輩はその「技」をお客さんに披露していた。僕は先輩の手の温かさを思い出す。あの手の温度は、落語を演じた熱量の結果だ。そして今、僕の手もそうなっている。しかし僕は「技」をこんな形で人に見せた。先人たちから受け継いだものを、後世に伝えていく義務を放棄し、閉じられた環境で……

 ずっと無言でいる僕を気にしてか、

 「良かったですね」

 と、カミヤくんが後ろから声をかけて来る。今日の会の賑わいのことを言ったのだろう。しかし僕の口から出た言葉は、その労いに対する返事としてそぐわないものだった。

 「もう、やりたくない

 僕はカミヤくんに背中を向けたまま、そう言っていた。

 「え?」

 カミヤくんの戸惑いが背中越しでも伝わって来た。当然だろうと思う。片付けをとめる音がした。

 「なんでですか?」

 僕は無言のままいた。 

 「だって、次もやるんですよね?」

 「うん。でも……

 僕は正座で着物を畳み続ける。

 「なんでやってんのかなぁ、こんなこと」

 天井を仰ぎ、僕は呟いた。自分がやっていることに対する迷いが、ずっと胸につかえていた。

 「いやいや、それは本人なんですから、自分で分かっといてくださいよ」

 カミヤくんは笑って言った。それはそうだ。他の誰でもない、自分で始めたことなのだ。仕事が休みの日にわざわざ手伝いに来てくれた彼に言うべきことではなかった。嫌ならやらなければいい。

 「そうだよね」

 誤魔化すように笑い、ふり返ってみると、カミヤくんは思ったよりすぐそばにいた。

 「あ、ごめんね」

 その近さに驚き、思わず立ったままこちらを見下ろしている彼に謝る。 

 「あの」

 その顔はもう笑ってはいなかった。 

 「たぶん、ですけど」

 「え?」

 「人生で、落語でしか笑えないという時期を過ごしたことのある人にとって、それは切実なもので。……たぶん、それだから」

 手のひらで僕を指す。「あなたは」が省略されていた。

 「それは楽しいとか好きとかじゃなくて。そういう人はもう、落語をやるしかないんだと思います」

 一瞬、時が止まったように感じた。

 カミヤくんはそれだけ言うと、くるりと背を向け高座の片付けに戻っていく。僕はその背中を心ともなく見つめる。

 ふと我に返り、再び自分の手に視線を落とした。

 「やりたいから」とか「やるべきかどうか」ではなく、「やるしかない」?「落語を」?

 

 この数日間、僕の胸にあったのは罪悪感だった。過去の名人や現役の先輩たちから受け取った「技」というバトンを、次の走者に渡していくリレーから離脱してしまった、という罪悪感。

 しかし、僕は走ることをやめられなかった。止まることが出来なかった。ならばもう、バトンを持ったまま走り続けるしかない。例えそれが、どこに向かっているのか分からなくても。

 

 もう、迷うのをやめた。

 

 

(第7回・了)

 

本連載は隔週更新でお届けします。
次回:2020年6月5日(金)掲載予定