猫と詩人 佐々木幹郎

2019.5.20

14アイルランドの猫


 アイルランドに行ってきた。ツイラク・ミーちゃんは東京で留守番である。
 アイルランドでわたしの英訳詩集が出ることになって、その刊行を記念した詩の朗読会に出かけたのだ。詩集の英訳をしてくださったアイルランド文学者の大野光子さん、栩木伸明さんと一緒だった。出発前に、お二人が詩集の出版社や現地の詩人、ポエトリー・アイルランド(アイルランド詩人協会)の事務局、ゴールウェイ国際文学祭の主催者たちと、周到に打ち合わせ、準備してくださったおかげで、ゴールウェイとダブリンでの合計三回の朗読会(もちろん、わたしは日本語で詩を朗読する)は、どの会も盛況で、終わると詩集にサインを求める行列が続いた。わたしは「なぜ?」と驚いてばかりいた。聴衆のなかには、買ったばかりのスプーンをわたしに渡して、その領収書の裏に「I decided. You are Amasing !」と走り書きしてプレゼントしてくれたルーマニアから来た女性もいた。わたしは目を丸くした。日本での詩の朗読会で、こんなに強い反応が返ってきたことはなかったからだ。
 アイルランド人は詩の朗読やケルト・ミュージックなど音楽のライブ演奏を聴くことに慣れている。だから、この国で詩を朗読するのは怖いことなのだが、聴き上手でもあって、そのことによって朗読者は育てられる。ノリがいいのだ。大野さんも栩木さんも、朗読会では司会や英訳詩朗読をしてくださって、舞台では三人が当意即妙の会話をして、息もぴったり。会場を沸かせることができた。
 詩集のタイトルは『Sky Navigation Homeward』(ふるさとへの天空航法)。わたしはアイルランドを初めて訪れた一九九四年以降、この国の詩人たちから大きな影響を受けてきた。なかでも最も影響を受けたのは、女性詩人として国際的に評価されているヌーラ・ニー・ゴーノルさんの作品だった。彼女はアイルランド語(ゲール語)で詩を書く。詩のなかでは、かつての神話と現代の風景が重なり合って、つねにさわやかな、力強い言葉の風が吹いている。力強いのは、英語という言語の抑圧に抗していることと、男性社会の女性差別に対抗しているからだ
「神話というのは、昔は家庭のものだったのよ」と教えてくれたのは、ヌーラだった。もともとはどの家庭にも、神話があった。それをいつのまにか、国家が奪ってしまった。それを取り戻さなければ。それが詩人の仕事。
 というふうに、一九九九年、彼女に案内されて、いまもゲール語しか話さない彼女の故郷、ディングル半島までの旅をしたとき、ふいに、教えてくれたのだった。彼女の詩のなかに登場する海も山も、動物さえ、神話のなかから立ち上がる。わたしの英訳詩集には、そんな彼女に捧げた詩も収めてある。
 だから、詩集のタイトルにある「ふるさとへ=Homeward」は、日本人としてのわたしの故郷である大阪も含むが、それよりも大きいのは、アイルランドが教えてくれた詩の言葉の源のことでもあった。わたしの詩の言葉は、アイルランドに出会ってから、神話を取り込むことが多くなったのである。

 ダブリンで出来上がったばかりの詩集を受け取った翌日、わたしは大野さんと栩木さんに連れられて、ヌーラに会いに行った。彼女は現在、闘病中なのだ。昨年、ポーランドで国際文学賞を受賞し、その授賞式に出席したとき、突発的に脳梗塞に陥り、緊急帰国。そのまま入院。それ以来、何度メールをしても連絡がとれない、と大野さんは言っていたのだが、ダブリンから連絡すると、どうぞお出でください、とのこと。幸い自宅での面会は可能だった。
 ヌーラの家の前まで行くと、以前訪ねたとき繁っていたローズマリーが、驚くほど大きな茂みになって白い花を咲かせていた。彼女は外出するとき、いつもこの葉の一枚を摘まみ、香りを身につける、と言っていた。そのことが忘れられず、わたしは東京の自宅のベランダにも、ローズマリーの鉢を置くようになった。
 リハビリの効果があったのだろう、ヌーラは表情もしっかりしていて、元気になっていた。英訳詩集の一冊を、最初に彼女に手渡した。久しぶりの歓談が続き、彼女がニコニコしながらわたしの詩集を読んでいたとき、ふと窓の外を見ると、庭に置いたゴミ箱の上に、白と黒の毛並みの猫がこちらを向いて静かに坐っているのに気がついた。「トムトム!」と彼女は言い、彼女の長男がガラス戸を開けた。雄猫のトムトムは、そのままリビングルームのソファに坐って、黙ってわたしたちの会話を聞き続けた。どうもヤツはいつもこのようにして、ヌーラを見守っているらしい。背後にあるクッションには、猫の絵が描かれていた。
 病気になってから、この猫がどんなに母親を慰めたか、そのことでどれだけ精神的に助けられたか、長男は何度も何度も、猫に助けられた、と言った。「介護猫というのは日本にもいますか?」、「います」とわたしは答えた。そんな会話をしていたとき、アニメーターをめざしているというヌーラの娘さんが、トムトムを描いた油絵を持ってきてくれた。猫と並べると、そっくりなのが可笑しかった。
 そのうちに、外から若いキジ猫が入ってきた。「パーリー」という名前の雌猫である。「トムトム」はともかく、「パーリー」の名の由来は? と聞くと、娘さんは猫の鳴き声からつけたと言う。「鳴くじゃない、猫は。パルルルルル、プルルルルル、って」
 ほんとう? そんな鳴き声は聞いたことがない。「meow(ミャオウ)」というのが英語圏での猫の鳴き声だと思っていた。「いいえ、猫は、パルルルルと言います」
 後でわかったのだが、「パルルル」というのは、猫が喉を鳴らすときの「ゴロゴロ」という音のことだった。英語圏の人々にとって、「ゴロゴロ」は「purrr(パルルル)」と聞こえるらしい。そう言えば、そうも聞こえるな。ミーちゃんも似た音をときどき出す。


(第14回・了)

 

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次回2019年6月5日(水)掲載