猫と詩人 佐々木幹郎

2019.9.20

22台風と猫とカトマンズ

 

 真夜中、猛烈な嵐が近づいてきた。九月、東京湾を直撃し、千葉市に上陸した台風一五号だ。最大瞬間風速五七メートルから五八メートルという、稀に見る激しい台風だった。
 都内大田区にあるわたしのアパートは東京湾に面した高台にあるので、中庭に鬱蒼と繁っているケヤキや枝垂れ紅葉の枝は、強風にあおられて、いまにもちぎれるかと思うほど激しく揺れた。
 二階のベランダには吹きちぎられた小枝が次々と飛んできて、足の踏み場もないくらいだ。玄関の扉を少し開けて外の様子を覗いていると、ツイラク・ミーちゃんもわたしの足元で、外の様子をうかがっている。出てみる? 彼女のお尻をふざけてちょっと押してやると、すぐさま部屋のほうへ逃げ帰った。たぶん、外に出たら小さなミーちゃんは、たちまちのうちに吹き飛ばされて空を飛んだに違いない。後に新聞記事で知ったのだが、世田谷区で五〇代の女性が強風にあおられて壁に頭を打ちつけたことで死亡したらしい。
 猫は何よりも音を怖がる。徐々に大きくなる風の音。路上を何かが飛ぶ音。外階段の目隠し用に張り付けてある塩化ビニール製の波板が、バタバタと一晩中、鳴り続けた。
 部屋のなかでミーちゃんは寝ようとしない。ミー、ミーと小さく鳴きながら、わたしの近くで坐っている。眠いので、彼女をそのままにしてベッドで寝ていると、突然、バキッと大きな音がした。波板がついに破れてしまったらしい。驚いたミーちゃんは、いきなり飛び上がって、部屋の隅にあるハンガーラックに掛けた洋服の下に駆け込んだ。
 午前三時頃、わたしはリビングルームの椅子に坐ることにした。ミーちゃんを安心させ、わたしも安心するためには、起きている以外にない。午前五時前後になって、風音は静まり出した。台風の中心がいま上陸したのだな、ということがわかる。
 それから、わたしとミーちゃんはそれぞれの寝場所に戻り、眠りについた。千葉県の各市町村は家屋の損壊が多く、東電の鉄塔や電柱が倒れ、停電があり水道が止まり、大きな被害にみまわれたが、わが家はとにかく無事だった。
 だが、翌日の朝、ベランダから街の様子を見ると、どこか様子がおかしい。筋向かいのアパートの屋根の一部が吹き飛んでいた。屋根はそのアパートの庭に落ちていた。よくわがアパートの方角に飛んで来なかったものだ。周囲の高いマンションの壁が影響して、風が渦巻いたらしい。
 ミーちゃんはベランダから、じっと吹き飛んだ屋根の方向を見ていた。それから横になって昼寝をした。もう台風のことは忘れてしまったらしい。わたしは破れた外階段の波板を、これからどう補修しようかと、考えあぐねていた。


 猫なんて、何の役にも立たないから、カトマンズには少ししかいないよ、とつい最近、教えてくれたのは、ネパール人の友人アジャール氏だ。現在五二歳の彼は若い頃、サッカーのナショナル・チームのゴール・キーパーだった。彼によると、猫を飼っている家なんてカトマンズには一軒もない。野良猫はいるが、誰も餌を与えないので数が少ないらしい。犬を飼っている家は多い。犬は番犬として役に立つけれど、猫は牛乳を盗むだけだから、と笑い話のように言うのだ。
 ネパールの一般家庭では、牛乳は台所とは別の部屋で、大きな鍋のなかに入れて保管される。その鍋のなかの牛乳を、お腹をすかした野良猫がそっと入ってきて嘗めることが多い。猫はネパールでは盗人扱いなのだ。猫をめぐる文化はここまで違うか、と驚いた。
 そういえば、わたしは昔、ヒマラヤ・トレッキングにしばしば出かけたが、カトマンズでも山岳部でも、猫を見かけたことがなかった。痩せた野良犬も、野良になっている牛も多く見かけたが、野良猫は一匹も見たことがなかった。世界中のどんな都市でも猫を見かけるが、猫がいないのは不思議だな、と思ったまま、そのことは忘れていた。
 ネパールに猫が少ないのは、ヒンズー教の神々の物語が影響しているのではないか、というのが彼の仮説である。ヒンズーの神々の多くは、動物を乗り物にしている。シヴァ神は牡牛に乗り、その息子のガネーシャ神はネズミに乗っている。シヴァ神が化身して憤怒の神になったときのバイラブは犬に乗っている。ビシュヌ神はガルダと呼ばれる鳥に乗り、ビシュヌ神の化身であるクリシュナ神は雌牛に乗っている。しかし、猫に乗っている神はいない。猫は聖獣ではないのだ。猫はネズミを捕るが、そのネズミのほうは聖獣なのだ。ヒンズー教の神話は複雑だ。
 でもね、と彼は言った。ゴールキーパーをしていたとき、猫に憧れたという。坐ったまま、いきなり垂直に飛び上がったり、高い所から飛び下りても四つ足で立つ猫の技を、ゴールキーパーとして盗みたかった。そう言って、ふふふと笑うのだった。
 もちろん、役に立つか、立たないか、なんて、生きることの大事さとは何の関係もない。危機のとき、役に立たないミーちゃんが横にいてくれるだけで、わたしは安心する。わたしは神ではないから猫を乗り物にするわけではないが(あたりまえだ!)、わたしにとって、猫は聖獣なのだとあらためて思った。

(第22回・了)

 

この連載は月2回更新でお届けします。
次回2019年10月5日(土)掲載