猫と詩人 佐々木幹郎

2019.10.20

24犀星の猫

 

 萩原朔太郎は猫好きではなかったが、詩の世界で彼の盟友でもあった室生犀星は、大の猫好きだったことでよく知られている。もっとも猫だけではなく犬も好きで、ブルドッグを二頭も飼っていたらしい。猫は代々、約一〇疋飼われた歴史がある、ということが室生犀星記念館制作の「室生家の犬猫年譜」には記されている。文学者の記念館に犬と猫の年譜があるなんて、ここくらいだろう。
 犀星の猫好きについては、次の詩が充分に教えてくれる。

  猫のうた        

猫は時計のかはりになりますか。
それだのに
どこの家にも猫がゐて
ぶらぶらあしをよごしてあそんでゐる。
猫の性質は
人間の性質をみることがうまくて
やさしい人についてまはる、
きびしい人にはつかない、
いつもねむつてゐながら
はんぶん眼(め)をひらいて人を見てゐる。
どこの家にも一ぴきゐるが、
猫は時計のかはりになりますか。

     (『動物詩集』所収、一九四三)

 

「猫は時計のかはりになりますか」というのは、むろん、猫が時計のように、日々、同じ日常を歩むことを知っていて、作者はわざと言っているのである。次の行の「それだのに」は、猫は一家の時計代りなのに、という意味を含んだ接続詞。どこの家でも猫は「ぶらぶらあしをよごしてあそんでゐる」。うーん、このあたりに、猫の可愛らしさと、猫を慈しむ視線が充満していて、わたしは大好きだ。この一行にこの詩の最大の魅力がある。
 ほんとうに猫は外で遊んでくると泥だらけの足で家のなかに入る。「ぶらぶらあしをよごして」と犀星は書いているが、まるで人間が縁側に坐って、足を地面に向ってぶらぶらさせながら、泥遊びをしているような表現だ。もちろん、猫は足を汚すときも、たんに歩いているだけで、「ぶらぶら」させて遊んでいるわけではないのに。
「猫の性質は」以降の詩行は、猫についての一般論。「いつもねむつてゐながら/はんぶん眼(め)をひらいて人を見てゐる」のは、うちのツイラク・ミーちゃんもそうである。寝ている猫の傍を通ると、ニンゲンがこれから何をするか、どんなに気持ち良さそうに寝ていても耳を動かし、薄目をあけて確認するのが、猫という動物だ。ニンゲンを信用していないのである。

 
 室生家には、「ジイノ」と呼ばれる猫がいた。あるとき、家の庭にオスの子猫が迷い込んできて、飼い猫になった。長女の朝子さんがイタリア映画の登場人物の名前からとって、最初は「アンジェリーノ」と名付けたのだが、そのうちに略称「ジイノ」になったらしい。この猫が、犀星を撮影した一枚の写真のなかにいたことから、いまや「火鉢猫」と呼ばれるようになっている。
 ある冬、火鉢の近くにうずくまっていたジイノを寒そうだと思ったのだろう。犀星がそのお尻を押して火鉢に近づけると、二本の前足を火鉢の縁にかけて身体を寄せ、うとうと、としだしたのである。まるで両前足を火鉢にあてているような体勢になった。それからは、このスタイルが冬の間のジイノの定番になったそうだ。
 そんな火鉢にあたっているジイノを、いかにも愛おしそうに見つめている室生犀星の写真があって、犀星記念館の入り口には、この「火鉢猫」を復元した小さな立体作品も置いてある。猫の毛はフェルトで作ってあるそうだ。
 室生家の人々は全員が猫好きだったようで、孫娘の洲々子さんが編集した『室生家には猫がゐて』(二〇一七)という写真集がある。その本の最後に、軽井沢の別荘から遠くへ歩いていく犀星の後ろ姿があって、それを別荘を囲む竹の垣根の上で見送っている一疋の猫の写真がある。一九六〇年夏に撮影されたものだ。後ろ姿の猫なので表情は見えないのだが、いかにも寂しそうだ。
「カメチョロ」と名付けられた猫で、毎年別荘で可愛がっていたが、あまりにも可愛いので軽井沢から東京の自宅に連れてきた。そのうちに「カメチョロ」は病気にかかって死んでしまった。犀星はその毛を切り取り、遺髪として保存。後に軽井沢の川のほとりに自ら詩碑を建立したが、その傍に立てた二体の石の俑人像の近くに「カメチョロ」の遺髪を埋めた。軽井沢から空気の悪い東京に連れてきたのが間違いだったと歎き、その罪滅ぼしに毛だけを軽井沢に戻してやったのだ。二体の俑人像の下には、現在、室生夫妻の遺骨も埋められている。
 わたしは大森に住んでいるので、犀星の晩年の家があった馬込はすぐ近くだ。ときどき散歩をすることがある。室生家のあった場所には現在はマンションが建っていて、かつての家のおもかげはない。大きな寺院の裏手にあって、ここで犀星は小説を書いて流行作家になった。また庭を作ることにも熱心で、庭に植える草にも樹木にも石にもこだわった。庭の苔を殖やすために、寺院の墓地から苔をもらったりしていた。猫たちはそんな庭で「ぶらぶらあしをよごしてあそんで」いたのである。あの、いかつい顔をした犀星が写真のなかで猫を見ているときのやわらかい顔を思い出すと、猫好きは誰であってもどうしようもない、と思う。

 

(第24回・了)

 

この連載は月2回更新でお届けします。
次回、最終回2019年11月5日(火)掲載