猫と詩人 佐々木幹郎

2019.11.5

25ノラ、ノラ、ノラ


 夜中に道路から車が急停車する音がした。何かがぶつかったようだ。ギャッという声が聞こえたか、聞こえなかったか。車はしばらく停車して、そのまま走って行った。思わず、さきほどまでわたしのベッドの上で寝ていたはずのツイラク・ミーちゃんのほうをふり返ると、彼女の姿がない。いつのまにか、窓から遊びに出ているらしい。車にぶつかったのはミーちゃんか? ゾッとする。
 死んだかもしれない。覚悟を決めるか。と思っていたら、ほどなくして、何食わぬ顔をして彼女は帰って来た。風のようにベッドの上に乗り、自分の前足を舐めている。ぶつかって傷めたのか、と触ってみると、何でもない。
 家の近くで車が急停車する音に敏感になるのは、昔、深川の倉庫街に住んでいたときからの影響だ。倉庫街には野良猫がたくさんいた。雌猫は年に何度もお産をした。産まれた数疋のうち、生き残るのはたいてい一疋だった。ほとんどが深夜、猛スピードで走ってくる車に轢かれるのだ。歩き出した子猫たちのなかで、もっとも元気でアタマのいい子猫がまずやられる。勇気があるので、車も人も通らなくなった路上の真ん中で遊んでいて、いきなり、車に轢かれてしまうのだ。臆病でボンヤリした子猫は、深夜になっても路上の真ん中が怖くて、路地の隅にいる。わたしは何度も、車の停車音とギャッと叫ぶ声を聞くたびに、スコップを持って路上に出た。その日の夕方まで、声をかけて可愛がっていた子猫を掬い、路上に流れる血を洗い、遺骸を近くの神社の空き地に埋めに行った。数疋埋めた記憶がある。
 アタマのいい、動作が機敏で元気な猫は、田舎では長生きする。それが優性遺伝の法則だ。しかし、都会では逆なのである。都会では、優柔不断で、臆病で、意気地のない猫ほど長生きする。野良猫として無事、おとなになった、ツイラク・ミーちゃんがそのよい例だ。産まれてきたとき、四疋の兄弟たちのなかで、もっとも弱々しく、小さく、何事にも優柔不断で、餌をあげても兄たちが食べるのを見届けてからでないと、手をつけなかった。しかも食欲はいつも少なかった。そんな子猫だったから、わがアパートの塀の上から、あるときバランスを崩して墜落して、血まみれになってしまったのだった。そのときからツイラク・ミーちゃんという名前になったのだが、大きくなっても優柔不断、臆病、意気地のなさは、わたしがこれまでつきあった猫のなかで、一番である。だから、長生きしているのだ。


 どこの街でも、野良猫に日々、餌をやる「猫おばさん」はいるのだが、たいてい彼女たちは公園でも住宅街でも、近在の人から文句を言われないように、こっそりと猫たちに餌をやっている。しかし、かつての深川の倉庫街には、面白い猫おばさんがいた。
 自分の家の前の街路樹の下に、二階建ての猫用のダンボールハウスを作り、そこにこんな看板を掲げていた。
「ここにいるのは、代々の野良猫です。勝手に餌をやらないでください。餌を見つけると捨てます。」
 わたしはいまでもよく、この看板のことを思い出しては笑ってしまう。何という毅然とした態度であろうか。
「代々の野良猫」という言葉。つまり、深川の倉庫街に住む猫はすべて野良猫であって、家猫など一疋もいないのである。彼女には、この街に住む何世代もの野良猫たちの世話をしてきたのだ、というプライドがあった。自動車事故や食中毒などで、わずかな期間で死んでしまう野良猫たち。通りがかりの人が、ちょっとした思いつきで、猫に害がある餌を知らずに与えたり、猫嫌いが毒饅頭を与えたり、都会の野良猫を取り巻く環境はいつも危険がいっぱいだ。彼女が「餌を見つけると捨てます」と言うのは、完全に野良猫になって言っているのである。
 その「猫おばさん」の家のまわりにはいつも猫たちが徘徊していて、彼女はすべての猫に名前を付けていた。わたしが可愛がっていた野良猫も、猫おばさんは大事にしてくれていて、猫たちの情報を交換しあっているうちに、わたしはいつのまにか「猫おじさん」になったのだった。
 猫は不定形である、と言ったのは、戦後詩人の一人、田村隆一である。

 

 不定形の猫            田村隆一

朝 西脇順三郎の詩論を読んでいたら
床屋の椅子に坐って反芻している牛の話が出
 てきた
牛と床屋との関係は相反する関係ではないが
自然や現実の関係としては
かけはなれた関係として新しい関係となる
というのだ
チェスタートンの殺人のトリックにも
村の床屋が出てきて
裏の川に対極者の屍骸が投げこまれるエピソ
 ードがあった
凶器はありふれた剃刀だったけれど
ぼくも村の床屋まで行ってみる
秋のはげしい夕焼けのなかで燃えているもの
凶器の剃刀のようにただ冷く光っているもの
 が見たいばかりにさ
床屋には牛も坐っていそうもないしスマート
 な殺人もないだろうが

この村には新しい関係も相反する関係もない
 ことがよく分った
真夜中 浴室のあたりで
まるで霊魂がもどってきたような音がした
それからゆっくりと
どこからか帰ってきた不定形の猫が
ぼくのベッドにもぐりこむ

        (『新年の手紙』所収、一九七三)



 田村隆一はアガサ・クリスティなどのミステリー小説の翻訳家でもあったから、この詩の前半は彼のミステリー好きが、よく表れている。しかし、後半、猫が「霊魂」のように家に戻ってくる音がして、彼のベッドにもぐりこむ。「不定形の猫」。まさしく、猫たちは「霊魂」であり、「不定形」であるからこそ、わたしたちの魂をつかむのだ。

 

(第25回・了)

 

 本連載はこれで終了です。ご愛読ありがとうございました。来年早々に、書下ろしを加えた単行本が発売予定です。ご期待ください。