猫と詩人 佐々木幹郎

2019.1.10

08繭猫作り


 冬の寒さは、猫たちにとって大敵だ。野良猫ミーちゃんにも寒さ対策が必要になる。
 わたしのアパートのベランダには、彼女が外で寝るためのハウスがある。使い古したマフラーや毛糸のセーターを敷きつめて、その下に、携帯用カイロを何枚か入れてやる。わたしが留守にしているときでも、ここに入れば大丈夫。カイロの暖かさは二日くらいしかもたないが、いったん猫がハウスに入ると、その体温でハウスのなかに暖かさが充満する。
 ミーちゃんが家のなかで寝るときのためには、ベッドの布団の中に、湯たんぽを入れておく。彼女は湯たんぽが大好きだ。その膨らみにアタマを載せたり、背中をくっつけて寝るのが習慣になっている。
 つい最近、浅間山麓の山小屋に数日滞在して、夜、東京に戻ってくると、ミーちゃんの姿がどこにも見当たらなかった。ふいに不安になった。山小屋に出かける前、家のベッドの上で寝ていた彼女を抱えて、ドアの外に出したのだ。いつもはわたしが大量の荷物の用意をしたり、服を着替えたり、留守番電話に切り換え、テレビのスイッチを切ったりすると、旅に出るのだな、とすぐさま悟るのだ。そして、ゆっくりベッドから立ち上がり、自分で部屋の外に出て行く。しかし、このときは外が寒かったためだろう。出るのを嫌がったのだった。
  わたしが部屋を出た後、忘れ物をしたのでまた戻ってくると、ミーちゃんはまだ、ドアの前でうずくまっていた。さて、今後一人でどうするか。ぼんやりと考えている風情だった。わたしがドアを開けて忘れ物を取りに部屋に入ると、わずかな隙間から、あっという間に部屋に飛び込んだ。でも、しかたないんだ、出なさい。わたしは再びミーちゃんを両手で抱えて外に出した。このときわたしはいつも、彼女のアタマにキスをする。彼女を後ろ向きにして前足をつかむと、温かくて柔らかい棒のようにおとなしくなってしまう猫という動物がたまらなく愛しくなる。今回はそんなやりとりがあったから、ちょっと心配だったのだ。
 よく見ると、ドアの横に、小さな野ネズミの死体があった。ミーちゃんが捕まえて、わたしに見せに来た痕跡だ。食べてはいない。彼女の餌はわたしが留守の間でも、アパートの三階に住む猫好きの一家が与えてくれているはずだ。では、いつもより遠くに居心地のよい場所を見つけたのだろうか。それともどこかで怪我をした?
 中庭の闇に向かって、「ミー! ミーちゃん!」と何回か呼びかける。どこかへ遊びに行っていても、彼女はわたしの声が聞こえる範囲にいるに違いないのだ。数分後、気がつくと彼女は中庭の樹木の下で、幹に向かってコシコシと爪を研いでいた。ここにいるよ、というサインである。
 近寄って、彼女の眼を見る。両眼ともまん丸だ。留守にしていたことを怒っていないらしい。彼女が怒っているときは、野良猫の野生そのもの。眼がつり上がり鋭くなっている。
 ベランダにわたしが愛用している布製の椅子を置くと、すぐその上に飛び乗った。彼女はこの椅子が大好きなのだ。そして、まるでリスのように身体を丸くして、両眼を両手で覆って眠りだした。まるでマリモのようだ。冬に彼女が外で過ごすときは、寒さを防御するために、そんなスタイルで寝る。きっと昨日まで、そんなふうに寝ていたのだ。部屋のなかから彼女に何回か声をかけると、ふいに、あ、そうか、今晩からまたベッドで眠れるんだ、ということに気づいたらしく、ゆっくりと部屋に入ってきた。
 わたしと眼があうと、しきりに「ミャッ」と短く鳴く。「寂しかった?」と聞くと、「ミャッ」。「オナカはどう、減っている?」、「ミャッ」。わたしが何かを言うたびに返事をするのは、全身で甘えている証拠だ。こんなときは、お互いの言葉が百パーセント通じるのである。ふふふ。

 初冬の山小屋では、気温は零下二度から零下七度まで下がった。東京に戻ると七度なので、暖かく感じる。山に雪が積もりだすのは、毎年十二月の末頃からだ。一月の終わりから二月にかけては、積雪二メートルあまりの大雪になる。そんなときは、山小屋へたどり着くまで、山の斜面をラッセルしなければならないので、山小屋は閉鎖している。
 絵本作家の佐野洋子さんは、かつて北軽井沢にアトリエを持っておられた。わたしの山小屋とは車で二十分ほど距離なので、お互いに行き来することが多かった。わたしが山小屋で焚き火をしていると、「いるー?」という彼女の声が聞こえて、山の斜面を上がってくる。彼女は焚き火が大好きだった。
 佐野さんが二〇一〇年十一月に亡くなったとき、彼女を追悼するために、山小屋の仲間と繭玉を集めて、「繭猫」と名付けた人形をたくさん作ったことがある。佐野さんの代表作の絵本に『100万回生きたねこ』があるが、その猫を模した起き上がりこぼしの人形だった。死んでも、また復活して欲しい、という願いを込めた。

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 繭玉を二つに割って、その底に鉛を入れて重しにする。鉛は空気銃の弾丸を溶かした。繭の一部を切り取って耳と尻尾を作り、貼り付けた。そして、佐野さんの絵本の絵を見ながら、雌猫や雄猫の顔を描いた。こういう作り方は、山小屋仲間のエンジニア、タケさんが考案した。
 「繭猫」は起き上がりこぼしなので、ちょっとつつくとゆらゆら揺れるが、すぐ立ち直る。二〇一一年三月十一日の東日本大震災以降は、震災復興の願いを込めた「復興祈念・繭猫」となった。わたしの書斎の棚には、本と一緒に、シングルモルト・ウイスキーのボトルも並んでいるが、そこにもわたしが作った「繭猫」が四匹いる。父親(雉猫)、母親(白猫)、不良の兄(黒猫)、眠り続ける赤ん坊の妹(白猫)。四匹は、わたしのボトルを守るウイスキー・キャットなのである。

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(第8回・了)

 

この連載は月2回更新でお届けします。
次回2019年1月20日(日)掲載