私のイラストレーション史 南伸坊

2016.11.30

16赤瀬川さんの講義の話をするつもり……だったんだけど

 

 実技の時間、つまり「図案工房」の授業は週一回。午後から4時間くらいだったろうか。美学校の校舎は貸しビルのワンフロア。当時まだ四谷にあった文化放送の斜め前の、4階建ての小さなビルだった。
 美学校があったのは2階だったが、3階や4階、階下にどんなテナントが入っていたんだかまったく記憶にない。ビルはL字を上下転倒したようなプランで、教室としては変則の使いにくい形だった。
 記憶がアイマイなんだけど、実技の時は、L字を区切って、2教室になっていたかもしれない。ただし午前中の講義は区切らずL字のまま、しかし生徒は満杯だった。
 専ら、この講義が目あてで入学した者もいたらしいし、いちいちチェックはしなかったからテンプラを決め込んでいた偽学生も沢山いたと思う。なにしろ教室はいつも、昭和30年代の映画館みたいに混んでいた。
 唐十郎先生の講義の時に、職員室(といってもごく狭いスペースだったが)にヒトシが入って行くと「客の入りは……」と、当の唐先生がドアを細めに開けてのぞいていたそうだ。まるでテントの裂け目から、客の入りを確かめてる座長そのもの。
 唐先生は、生徒に講義のつもりじゃなかったみたいだ。「客って言ってた」とヒトシが笑いながら帰ってきた。
 その日は、はじめて見る、怪しい風体の男がさっきから教室のはしにある流しで、蛇口から直接水を飲んでいた。いや、飲んでいただけならなんともないが、ずっと飲み続けているのだ。
 その異様さに、だんだん気のついた頃、「客の入り」を確認した唐先生が入ってきた。「何だ!? キミは?」って、まるでコントみたいだが、ほんとにコントが始まったのだ。
 水飲む男は、大久保鷹だった。状況劇場の看板俳優である。先生は男に次々に難題をふっかけた。2階の窓から、ちょっと跳びおりてみろ、なぜ飛び降りないんだ!! と怒鳴ったと思うと、今度は「こんにちは、さようなら」と、何度もアイサツを繰り返させたりする。ほうほうの体で男が怪しいままに退場すると、世阿弥の『風姿花伝』の講義がはじまった。

イラスト1
 たしかに美学校は、あんまり学校らしくはなかったのだ。インド学の松山俊太郎先生はまだ三月の肌寒い頃だっていうのに単衣の、というより、ほとんど洗い晒しの、つんつるてんの浴衣に雪駄ばき、職人みたいな短髪で、片腕。しかものこった右手の指二本がない、っていうお姿だったもので、私はてっきりヤクザ者がいる! と思ってしまった。
 ヤクザ者じゃないと分かったのは、時間になるとその人が講義をはじめたからだったけれども、その狭い職員室で先生はよく、焼酎をのみながら花札をやっていたんだから、やっぱりヤクザだったのかもしれない。
 澁澤龍彦先生の講義は、たった一度きりだったけれども、高校時代から愛読していた『みづゑ』の美術エッセーの、あの先生が目の前でしゃべってる、のを見るだけで興奮した。
 埴谷雄高先生の講義は、不思議なイメージのおもしろい話で、難読の漢字が並んだ著書の背文字からは想像がつかない違いようだった。後々、わかったことだが埴谷雄高は無類の話し上手だったらしい。

イラスト2
 武田花さんが『奇抜の人』っていう植谷雄高をめぐるインタビューで証言していた話。ロシアのバレエ団かなんかの公演を見たあとに、お母さんの百合子さん達、女の人が何人かで、男のダンサーのタイツの前が、ずいぶんだった話をしていると、通りがかった植谷さんが澄ました顔のまま、
「あれは、兎を一羽入れてあるんです」
と言って、そのまま通りすぎていったって話で、私はこの話がそーとー程度に好きだ。
 講義のときには、特に笑わせるような話はしてないし、終始気むずかしいような顔のままなのに、話は妙に面白くて、生徒は全員じっと聴き入っていた。
 とつぜん、梶井基次郎は面白い、まだ読んでなかったら読むといい。独楽が猛スピードで回って、まるで静止しているような、そういう小説だ。と、たしかそのように仰られたと思う。
 私はその日のうちに図書館で梶井基次郎を借りてきて、翌日には文庫本を買ったと思う。こんな風に、素直にすすめられた本を読み、そうしてそれが面白かった。という経験が、それまでにはなかった。稲垣足穂の『一千一秒物語』を知ったのも、美学校でだったと思う。すっかり気にいって、その後、現代思潮社から出されるようになった『稲垣足穂大全』全巻揃いで買ったくらいだ。
 一週一回の木村さんの講義も楽しかったが午前の講義は、また違う面白さで、たとえば裾分一弘先生の「レオナルドとミケランジェロ」の講義では、モナリザの贋作の話や、レオナルドのもう一枚のモナリザの話、ルーブルのモナリザが実は本物じゃないかもしれない話や、レオナルドに比べるとミケランジェロのデッサンは、まだしも我々と同じ人間が描いている感じがするなんていう話まで、とにかくノート取るのも忘れて熱心に聴いていた。
 スライドで、おそらく御自身の蔵書の図版からだろう、めずらしい図版が次々に出てくる。たとえば、モナリザの図版が9点、まるでウォーホルの絵かっていうくらいに並んで出ているのを指して、この中でホンモノはどれか分かりますか?
 と仰るので、血まなこで見比べるけど、みなホンモノに見える。しばらく見ているうちに、あ、あれとあれは表情が違うとか、少しずつ見えてくる。が最後まで、3点はどうしてもホンモノに見える。先生が種あかしをすると9点が9点ともニセモノだ。そして次にホンモノが大写しになるという具合。
 スライドで図版といえば、厳谷國士先生の「シュルレアリスムと絵画」の講義も、すばらしかった。はじめて見るマグリットの図版が次々に映し出される。まだ日本ではマグリットの画集は出ていなかったのではないか? とにかくシャワーのように、面白い図版が、次々に見られるのだ。

イラスト3 イラスト4
 しかも、もったいぶった教育的注釈なんか、今然なしに。サイコーだった。高校時代、古書店をはしからひやかしたり、現代芸術の画廊をめぐり歩いて、次々に、それぞれ工夫された新しいイメージを、つめこんでいたあのたのしさの続きの、しかも、予め絞り込んで、コンクになってるやつを、いっぺんにだ。
 説明ぬきで、ともかく面白いものを、どんどん見せる。この方式が美学校の授業で一貫していたのは、おそらく「視覚的なもの」の性質を、先生方がわかっておられたからだろう。
 視覚的なものというのは、瞬間に伝わるのだ、一目瞭然ということ。一目して何も受け取れない人に、説明したら伝わるかといったら伝わらない。
 見ておもしろいもの、というのはだから、一時にものすごい情報量を受けとることができるのだろう。
 ほんとうは、今回、その最たる授業。赤瀬川原平先生の、はじめての講義にふれるつもりだったのに、前ふりが長くなって、今回はこの前ふりだけで、紙幅がつきてしまった。
 次回、赤瀬川原平先生と宮武外骨先生に出会った日のことを書こう。

 

 

 

(第16回・了)

この連載は月1更新でお届けします。
次回2016年12月27日(火)掲載