私のイラストレーション史 南伸坊

2016.12.27

17赤瀬川さんの名講義

 

 赤瀬川さんの講義の話は、以前にも書いたことがあるんだけど、やっぱりこの話をしないことには、始まらない気がするんで……。
 美学校の講義は、それぞれの先生方が、それぞれに個性的なスタイルでもってそれぞれにめちゃくちゃおもしろかったのだったが、私にとっては、なんといっても赤瀬川さんの講義が生涯最高の名講義ということになる。
 もっとも、最初の印象は「なんだコレ?」という奇怪さだったのだ。どう奇怪かといって、講義をする先生が、生徒に顔を見られるのがイヤだから、顔が見えないようなカタチにしてほしいということなんで……という校長先生のヘンな言い訳から始まった。
 教室のぐるりのカーテンは、白いふつうのものと、暗幕用の黒の分厚いカーテンの二重になっているのだが、その暗幕用のカーテンが始まる前から全面的に引きめぐらしてある。
 もちろん、その時点では蛍光灯が点いているから室内は明るすぎるくらいに明るい。校長先生の川仁宏さんが、まず赤瀬川原平という人はどんな表現者なのか、いままでどういう作品をつくってこられて、いまその芸術作品が「通貨模造」の疑いありとして、いわゆる「千円札裁判」の被告になっているということも、もちろん諸君は知っていると思うが、と紹介する。
 今日の講義は、宮武外骨、という明治・大正・昭和にわたって活躍した、言論人で編集者の話をしていただけるということです。では、いったん電気消します。パチン。
 というと、教室は真っ暗になってしまった。人の気配がして、ダレかが生徒が座っている席の方へもぐりこんだかと思うと、眠そうな、しかしよく響く声で「赤瀬川です……」といった。同時にパチンとなにか機械のスイッチを入れる音がして、イキナリ、奇妙な雑誌らしきものの表紙が教壇のあたりにあったスクリーンに映ったのだった。
 パチンといったのは、スライドの映写機だった。思えばもともと、そこにセットされていたのだろうが、全然気がついていなかった。
 赤いハート形の地に黄色で「トーハ」とあるのは、古い雑誌だからだろう。右から左へ読むのだ、くらいなことはわかる。宮武外骨の名前も、たしかなにかで読んで知っていた。
 といっても、その名のように「ヘン」な人、奇人というくらいな認識でしかない。なにか事件があったり、あまりにも事件がなかったりするときに、新聞記者がコメントを求めに行く、そういう人。葦原将軍という精神病院に入っていた自分では将軍のつもりの人がいた。この人のコメントもしばしば新聞にのることがあったから、大方それに類した人だろうくらいな認識だ。
 ところが、驚いたことに講師である先生は暗闇の中から、響く声で「宮武ガイコツって、ボクはこの人の名前も知らなかったんですけど……」とはじめたのだった。
 先生らしくないなァ、とまず思った。知識のないのを、いきなり聞いてもいないうちから白状してどうする?
「友達が電話をかけてきまして、古本屋にヘンな本があるっていうんですよ。いや、ちっちゃな薄いもんだけど、なにかおかしな本だって、チンポンだと超珍本だっていう」
「で、その友達が古本屋で待ってるっていうので見に行った。それがこの本です」

 

ハート第一号

 

(赤瀬川さんが、実際にスライドで見せてくれたのはハートの第二号だった。カラー図版がなかったのでこの創刊号の図版にしました)
 そうして、そのスクリーンに映っている文字を端から読んでいくのだ、眠そうな響く声で。
「明治四十年十月九日第三種郵便物認可、ハート第二号、明治四十年十月十日発行毎月一回十日発行……」
 たしかに漢字は旧字旧かなだし右から左で読みにくい。けれども見ればくっきり字は映っているんだから、一々読まなくたってと私は思った。でも先生はそのまま、
「毎月一回発行、教育画報ハート、一冊金五銭……発行所滑稽新聞社……」と字という字は全部読んだ。
「なんですかね、なんかヘンなんですよ、この配色といい、デザインといい、古いようでもあり、なんだか新しいような気もする」
 これは私もそう感じた。いや、これは先生新しいんですよ、とそう思った。私は横尾さんの絵をもう知っているのだ。明治四十年の雑誌が新しい、それはもう既成事実だ。しかしこれは、もっとなんだか人を食っている、しかもトボけた感じがする。これはたしかにヘンだ!
 どんどん画面に目が食い入っていく。
「この紫色のアヤメだかカキツバタだか、この花が『心』っていう字になっていますね、英語のHEARTと、ハートマークの中のハートとこの心って字になってるアヤメみたいな、これ全部でタイトルなんですね……きっと」
 ともかくものすごくノッタリした展開だ。でも画面には絵があるから、それをワレワレは自分の目で、あちこちサーチしている。
 たっぷり表紙を見せたと思うと、カチャっと音をさせて、最初の見開きページになる。

 

2見開き

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 今度は2ページ分で、文章もあるから、これは時間がつぶれるな、一冊分、全部丸々この調子なんだろうか?
 と思ったが、まさにそのとおりだったのだ。もう、なめるように、隅々まで読みまくり、見まくる。しかし、これが丸々、宮武外骨のおもしろさをジカに伝えてくれるのだ。赤瀬川さんの声が宮武外骨の文体を伝えてくれる。たとえばこんなフレーズ。
「〇『ハート』は教育の本源たる児童の好奇心を満足せしめんがため、つとめて奇抜の材料を蒐集す」
「これはオトーサンですね。オトーサンの顔が描いてあって、よく見るとアルファベットでOTOsanと書いたOTOが、ロイドめがねになってるんですね、アルファベットがめずらしかったんですかねえ当時は……」

 

3人面瘡

 

 

 この絵は『人面瘡』って、おできが人間の顔みたいに出来るっていうアレですね、じんめんそうだと思ってましたがにんめんそうってルビがふってありますネ。じゃ本文読みますね。
 むかしは、この人面瘡をやみし者、往々ありしと聞く。膏薬のかわりにメシツブを食ましむれば、一時その痛み止まりしという。記者その真偽は知らず……」

 

4しんぶんし


 

「この絵は、左右対称になってますが、右から読んでも左から読んでも同じになる回文になっています。『いたみのさけけさのみたい』は伊丹の酒、今朝飲みたい。AMIJIMA、三遊亭遊三、日曜日、この男が女をはさんでる字は、なぶるって読むらしいです。亜細亜、屋根屋、MADAM、シンブンシ、このコドモは双子ですかね。目をくりくりさせててうれしそうです」

 

5生理上の写真


 

「生理上の写真……」と、あくまで淡々と読んでいくのだ。
「網膜の中心にある黄点に映った物体のカタチは、鏡に映ったカタチのようにたやすく消失せるものではない。究理図解という古い物理書にあったかと覚える、西洋のある者が夜中、誰かに殺されたのを、翌朝、検死の医師が死人の眼を開けて見たに、その加害者の映像が残っていたという。

 

6滑稽加減乗除


  

 こっちにあるのは、『滑稽加減乗除』というので、ようするに足し算引き算かけ算わり算を、絵にしたものです。
○めしとあぶらあげでおいなりさんですね。
○医者が手を抜くと葬式、ってことかな?
○さいころにゼニを賭けると拘引される。
○桃を包丁で割ると桃太郎が出てくる。
 っていう絵ですね」
 見開きのレイアウトは、毎ページにさまざまな趣向が凝らされている。一つ一つの項目は、まったくの無関係で唐突な組み合わせだ。しかし一つずつのトピックは、みな奇妙なおもしろさに満ちている。
 生徒は、赤瀬川さんが、この本に出会った時の奇妙な気分を、そのまま追体験しているのだ。教室は、あの奇妙な始まり方のことはスッカリ忘れたように、笑いがおきたり、ほーっと息が出たりと、とても緊密な空間になっていた。
 面白い雑誌をつくったのは外骨である。しかも、その雑誌を見つけたのは友達の美術評論家・赤塚さんだ。赤瀬川さんはその雑誌をスミからスミまでただ読んでいる。
 だが、ものすごくオモシロイ!! のである。赤瀬川さんが、その物件を前に必死にこのなにがヘンで、なにが魅きつけているのかを考えている。その時間がいま、そのまま再現されているのだ。ここがいいんだとか、ここが見所だとか一言も言わない。
ただひたすら、自分の肩越しに、ヘンなものを生徒に見せている。生徒は赤瀬川さんの原寸大の好奇心を原寸のまま手渡されるのだ。これがつまり名講義の所以である。
 結局、表紙裏表紙もあわせて16ページ分をたっぷり見せるだけ見せて読むだけ読んで講義は終わった。
 電気が点いて、赤瀬川さんが眠そうな顔でそこに立った。
「あ、赤瀬川です……」
 と名乗ると、期せずして拍手が起こった。

 

 

 

(第17回・了)

この連載は月1更新でお届けします。
次回2017年1月31日(火)掲載