旅の食卓 池内紀

2016.3.10

21屋久島の焼酎

 友人の写真家が屋久島の杉を撮りに行くというので、くっついて行くことにした。二十年ちかく前になるが、いちど駆け足で島をまわったことがある。ほとんど何も記憶していない。ただ尾之間(おのあいだ)というところの共同湯につかっていたら、白髪のじいさんが入ってきた。全裸になると背は曲がりぎみでも筋肉隆々としていて、陰毛が黒々としげっている。あっけにとられて、まじまじとながめていた。なぜかそんなことだけを、はっきりと憶えている。
 鹿児島空港で飛行機待ちのあいだに、日本の杉について講釈を受けた。屋久島の屋久杉は有名だが、ほかにも天然杉の群生するところがいくつかあって、高知県の魚梁瀬(やなせ)杉、富山県の立山杉、秋田県森吉山の秋田杉、日本の杉の北限といわれる鰺(あじ)ヶ沢杉、それに白神山地の杉が代表的だそうだ。杉というとすぐに奈良県吉野山、京都の北山、大分県日田市の日田杉を思い出すが、いずれも古くからの人工林であって、天然杉とは異質のものだそうだ。
 花粉症の元凶とされて人気がないが、杉は数千年も昔から日本人の暮らしに役立ってきた。まっすぐで割りやすいし、軽くて軟かくて加工しやすく、しかも丈夫な木材ときている。規則正しい木目は美しい装飾になる。御神木にされてきた理由があるのだ。
 考えてみると、国内に分布する主な天然杉の産地のうち、高知以外は訪れている。それぞれに森の王者のような巨木がそびえていて、それも見てきたが、杉そのものについては、さして注意を払ってこなかった。屋久島では、樹齢一〇〇〇年以上を屋久杉といい、数百年の若い杉は小杉と呼ばれているらしい。齢(よわい)数百年を数えてもまだ小モノとされるところが、屋久杉のスゴイところだそうだ。