こいわずらわしい メレ山メレ子

2021.1.8

02十九文字でダメだった

 

 2021年、新しい年が始まりました。今週からお仕事という方も多かったと思います。本日は一都三県に緊急事態宣言が発令され、気持ちもなかなか落ち着かない一週間でしたが、週末のリラックスタイムに、もうすぐ発売となるメレ山メレ子さんの新刊『こいわずらわしい』より一篇をお届けします。

 本日公開するのは、歌人の穂村弘さんと数年前に対談企画でメレ山さんが会ったときのエピソード。タイトルは「十九文字でダメだった」! 果たして、メレ山さんに何が起きたのか!? 以下のメレ山さんのコメントとあわせてぜひお楽しみください。単行本は今月20日に発売予定です。(編集部)

 

書籍『こいわずらわしい』 定価:本体1300円+税
詳細はこちらのページにて

 

 

―著者のメレ山メレ子さんからひとこと―
 当時の動揺とときめきを思い返すと我ながらびっくりするような勢いが出て、初稿をすごいスピードで書き上げた章です。
 この本を出すことになり、6年ぶりに穂村弘さんにお会いして対談させていただきました。穏やかだけれど端的で鋭い言葉に、穂村さんがお帰りになられたあと担当編集の田中さんと「やっぱり素敵でしたねぇ…!」とキャッキャしてしまいました。

 

 


『こいわずらわしい』試し読みはこちら

 

 

 

十九文字でダメだった

 

 数年前の夏のある日、とんでもないメールが舞いこんできた。資生堂の広報誌「花椿」(*1)で、歌人の穂村弘さんと対談する企画の打診だ。さらにアラーキーこと荒木経惟さんによる写真撮影があります、と担当の方からのメールには書いてある。昆虫への愛について書いた本『ときめき昆虫学』(イースト・プレス)を、編集者が穂村さんに献本してくれたのが発端のようだ。

 Facebook に「わ、わたくし……どうやら穂村弘さんと対談することになったみたいです……」と友達限定で報告したら、特に女性たちからすごい反応があった。その反響率たるや、文化系の人間は全員穂村さんの虜なのかというレベル。出版や短歌を通じて会ったことがある人たちは、穂村さんがどれだけ素敵か、そしてどれだけモテるかをコメント欄でこぞって語ってくる。そのエピソードを見るに、穂村さんが恋多き男とかいうわけではなくて、ご本人は淡々としているのにまわりの人間がどんどん正気を失っていくようなのだった。これは、羨ましいというより大変そうなレベル。エッセイなどで見せる淡々としつつちょっととぼけた風情と、恋や愛について詠まれた激しい歌のギャップにまいっちゃう人が多いのかもしれない、と、わたしは家に送 られてきた穂村さんのエッセイと歌集を読みながら思った。対談前に著作を数冊送っ ていただいていることに、企画担当者の「予習しといてよねッ」という意気込みを感じる。緊張する……。

 撮影で何を着るか、というのも悩みの種だった。わたしが出るのは「穂村弘の、こんなところで。」(*2)というページで、穂村さんと回替わりのゲストが対談するものだ。事前に「ご参考になれば」と送られてきた画像は作家の川上未映子さんの登場回。もちろん美しく堂々とされていて、お召し物も果てしなくオシャレ。「ご参考になるかっ !! 」とパソコンを投擲しそうになった。

 対談の日が近づくにつれナーバスになっていき、卑屈がこうじて謎の反抗心まで生 まれてきて「もう嫌だ……対談行きたくない」「なーにがほむほむだ !!  どいつもこいつもデレデレしやがって、ワシャ屈せんぞ!」と暴言を口走るわたしに、友達のツツイくんが「そうだ! 文化的な職業の男なんていけすかない! 対談が終わったら居酒屋で飲もうぜ」と調子を合わせる。「メレヤンはインテリに弱いからな~」と、 よく的確な罵倒をしてくるツツイくんは、基本的にモテる男が嫌いなのである。

 対談当日、銀座の資生堂ビルに向かったわたしは、まず荒木経惟さんにソロの写真を撮られることになった。メイクは資生堂のメイクアップアーティストさんにしてもらって、強いストロボにも負けないはっきりした顔になる。肉眼だと迫力がありすぎてちょっとこわい。

 オシャレかどうかはともかく夏らしく涼しげにと思い、水色のタンクトップの上に投網のような素材のゆったりしたカットソーを重ねていたのだが、「せっかくおっぱいがでっかいんだから隠しちゃダメだ!」のひとことで投網は奪われた。胸はともかく二の腕を隠したい……と思ったが、アラーキーがイメージ以上にアラーキーで、拒否するという選択肢は浮かばなかった。

 「雌豹の気持ちになって! いいね~! ぎこちないね~ !! 」

 メレ子には雌豹の気持ちがわからぬ。メレ子は、村の牧人である。週五は会社員、週七はネット弁慶で暮らしてきた。

 さらに穂村さんとのツーショットを、銀座の路上で撮ることになった。「その街路樹にふたりで手を重ね合わせて置いて! もっと指をからませて!」と指示が飛ぶ。 雌豹も密着もいま思えば必然性ゼロだが、完全に雰囲気に呑まれていた。

 穂村さんが近い。まだ挨拶くらいしかしていないが、たしかに落ち着いた雰囲気を漂わせている。レフ板を持ったアシスタントさんや関係者に囲まれ、通行人が怪訝な顔で通りすぎる。網も奪われて、もはや打ち上げられた魚だ……と気も遠くなりかけるわたしに、穂村さんがそっと言った。

 

 「メレ山さんの恋人は、嫉妬とかするほう?」

 

 うわー ! !

 わたしが穂村さんの立場なら、気遣うつもりで「仕事とはいえこんなに近づいちゃってすみません」とか「メレ山さんに恋人がいたら、こんな写真が載るとやきもちを妬かせてしまうかもしれませんね」と言ってしまうと思う。しかしそれではぜんぜんニュアンスが違う。端的で、関係性によってはとてもひそやかにも聞こえる。「メレ山さんの恋人は、嫉妬とかするほう?」三十一文字どころか十九文字でノックアウトだ。

 言葉が職業の人、すごい。ぜんぜん口説かれてないのに、勝手に流れ弾に当たっている。これは、災厄のごとくモテるわけだわ……華やかすぎる場とモテへの反感も、 なけなしの正気もみんな遠くのお山に飛んでいくのを感じたが、「あっ、いえ……フヒヒ……」みたいな気持ち悪い答え方しかできなかった。

 フワッフワの気持ちで酒場に入ると、待っていたツツイくんは「おつかれ! どうだっ…」と言いかけて「メレヤンが! 女の顔になってる !! 」と騒ぎはじめた。

 それから現在にいたるまで、わたしは友人たちから「チョロ山チョロ子」という蔑称で呼ばれることになるのである。

 

*1  花椿:現在「花椿」は月刊誌としての刊行を終え、紙とウェブのク ロスメディア形式で存続している(https://hanatsubaki.shiseido.com/ jp/)。

 

*2  穂村弘の、こんなところで。:この対談シリーズは、二〇一六年に 単行本にまとまってKADOKAWAから刊行されている(メレ山も 掲載いただいています)。

 

(十九文字でダメだった・了)

 

次回2021年1月15日(金)掲載