しゃにむに写真家 吉田亮人

2019.8.23

01始まり


「子どもできたみたい」
 北京オリンピック開幕。リーマン・ブラザーズ破綻。アメリカで初の黒人大統領誕生。日本人4人のノーベル賞受賞。世の中がダイナミックに動き続ける2008年の最中、妻が妊娠した。
 小さく言う妻のその言葉を聞いて、僕は仰天した。と同時に遂に僕にも子どもができるのかという嬉しさと、何だか本格的に大人になってしまうんだなという寂しさが同居する複雑な感情が頭の中をグルグル駆け巡ったのを覚えている。
 そんなことはおかまいなしに、妻に宿った小さな命はすくすくと成長し、お腹をパンパンに膨らませたかと思うと、あっという間にこの世に出てきた。
 女の子だった。
 小さくて、軽くて、か弱い新しい家族の存在は、僕に「家庭を築く」ということを月並に意識させたし、だからこそ仕事に益々邁進しようという強い気持ちを抱かせるのだった。

 当時28歳だった僕は小学校教員として、京都市の遥か山奥、京北第三小学校という全校生徒80人ほどの小さな学校で6年生を受け持っていた。小規模校とはいえ、最高学年担任ともなると多忙を極めた。
 授業の準備、事務作業、保護者対応、部活顧問、そして全校行事に関わるすべての準備等々で追われ、一日のほぼ全てを学校で過ごしていたと言っても過言ではない。だが、それでも仕事はやりがいと刺激に満ち溢れていた。教員に正採用されてから4、5年が経ち、仕事が面白くなってきだした頃だったということもあったし、僕自身の資質として教員に向いているという自負もあったからだ。
 そんな折、妻から神妙な面持ちで「大事な話がある」と言われたのは2009年も終わりに差しかかろうとしている、ある静かな夜のことだった。結婚してすぐに、これからの生活の為にと大金をはたいて購入した木彫りの丸テーブルの向かいに鎮座する妻を見据えて、僕も愛用のウッドチェアに腰掛けた。
 大事な話。神妙な面持ち。妙に静かな夜。これまでの経験上、このようなシチュエーションで女性が切り出すことといえば、別れ話か何かとてつもないことで怒っているかである。百歩譲っても決して明るい話でないことは間違いない。しかしいくら考えても何もやましいことはない。強いて言えば僕の帰りがいつも遅いことくらいだろうか。思い当たるふしがないだけに不安になった。その不安はさらに不安を呼び、僕は着火寸前の爆弾を眼前に置かれているような緊張感に襲われていた。
 そういう緊迫した状態の中で、妻の話が始まった。そして、それは僕たちの人生を大きく変え、一生忘れることのないものとなる。
「話ってなんなん?」
 僕が緊張した声で聞くと、一呼吸置いて妻が口を開いた。
「あのさ、突然やけど、今の仕事ってずっと続けるつもりなん?」
 話があるというから聞けば、今の仕事を続けるだって? 一体何の話なんだ?
 ハテナマークが僕の頭の中を駆け巡る。僕はその疑問をそのまま言葉にした。
「は? どういうこと?」
 すると妻は再び同じ言葉をまっすぐに僕に向かって投げかけた。
「だから、これからもずっと続けるん?」
 何を言いたいのだろう、この人は。ただただ不思議に思いながら僕はその問いに答えた。
「え、当たり前やん。もちろん続けるで。子どもも生まれたやん」
 疑いのない、至極当然のことを僕が言うと、妻は僕の顔を見つめたまま沈黙した。
「……」
「どうした?」
「……」
「なに、どうしたん?」
 彼女にじっと見つめられ、重苦しい沈黙に耐えきれない僕の「どうした?」だけが部屋中に響き渡る。その声を切り裂くように口を開いた妻が言ったのは僕の記憶が間違っていなければ次のようなものだった。
「つまらん」
「え?」
「つまんないなと思わへん? そんな人生」
 思いもかけないその言葉に啞然として、ぽかんと口を開けたまま僕は小さくこう言った。
「え、どういうこと?」
 すると妻が堰を切ったかのように話し始めた。
「私たち両方教員やん? たしかに2人で公務員やってたら生活は安定するよ。子どもにも経済的なことでいったらある程度のことはしてやれると思う。でも、これからあと30年間この仕事続けていくと思ったら、私、そのほうが何よりも恐ろしいわ」
「え、なんで?」
 脳内の処理がまったく追いつかない僕はそう聞き返すしかなかった。
「だって、職員室の同僚の先生たち見たらさ、10年後、20年後、30年後の自分の姿って遠からずこうなっていくんだろうなあって想像つくやん。そりゃ、やりがいのある、大事な仕事だと思う。毎年担任する子どもたちが変わって、その中でいろんな出会いがあって、いろんなことが起きて、充実した時間を送れるとは思う。でも、毎年がこういう風に終わっていくんやろうなってサイクルは見えてるやん。で、いつの間にか定年迎えて、10年か20年生きて、人生お終い。もうゴール見えてるやん。一回きりの人生やのに、20代でこれからの人生の大体の風景が分かってしまってて、そこに向かって生きるって、何が楽しいん? って私は思うねん」
「はあ」
 何を言っているんだろうと思いながら相槌を打つ僕をよそに妻の話はまだ続く。
「それに、子どものこと考えたら、親の姿って大事やと思うねん。なんだかんだで子どもに一番影響与えるのって親やんか。その親が両方とも公務員で、社会的に守られた中で生きてる姿を見せることが私たちの子どもにとっていいことなんかどうか、私は疑問があるねん。日本の社会って一昔前と違って、倒産せえへんって言われてたような大きな会社でもどんどんつぶれていくし、もうここに入っとけば人生安泰みたいな時代って終わったやんか。日本だけじゃなくて世界全体がそうなっていってるやん。これから生まれてくる私たちの子どもが大人になる頃には、今以上に生きていくのが厳しくなっていくと思うんよ」
「まあそうやな。うん」
 妻の最もな意見に僕は深く同意する。しかし、その話の先に何があるんだろう。
「そういう中を子どもが生きていくのに、その子どもの親自身が守られた世界で生きてて、その姿しか示せへんのって、どうなんやろうって。やっぱり自分の手で自らの人生を切り拓いて、道を作っていってる姿を見せるのが、私たち親の役目やと思うねんな」
「まあ、言ってることは分かるよ」
 弱々しい口調で僕が頷くと、妻は続けて言った。
「だから、この家に公務員は2人要らん。1人でいいと思うねん。だから亮人、先生辞めて」
 この人は何を言っているのだろう。
 唐突すぎるその提案に僕は「え、俺? 俺が? 俺が辞めんの?」と、あたふたと返答するだけで何も考えられないでいると、妻はまた話を続けた。
「私は安定の道。亮人はいばらの道を行って。そして、私と子どもに、荒波を突き進んで行って、その先に見つけた新しい風景を見せて欲しいねん。父親ってそういう姿を見せるべきやと思うねん」
「ほんまに言ってんの?」
「当たり前やん。それに、今みたいな人生送るために亮人と結婚したんちゃうし。考えといてな。じゃあ、寝るわ」
 あまりの急展開に混乱して口をパクパクする僕をじっと見据えて妻は言うと、幼子が眠る寝室に向かっていった。その後ろ姿を見送りながら僕は真っ白になった頭を抱え、どう考えても冗談で言ったのではなさそうな妻の言葉を反芻していた。
 突然、安定を捨ててイバラの道を行けというアナーキーな妻の言葉に、この人は頭のネジが取れて、おかしくなってしまったのではないかと思わなくもなかった。
 しかしたしかにその意見には説得力があった。至極真っ当すぎて、反論の余地もなく、深く納得せざるを得なかった。
 夫として、父として、一人の人間として、この一度きりの人生をどう全うするのかという妻からの大きな命題を僕はどう受け止め、どういう答えを出したらいいのだろう。
 ぼんやりと白い天井を見つめながら、喉に刺さった小骨のように居心地の悪い夜をやり過ごした。

(第1回・了)

 

この連載は月2回更新でお届けします。
次回2019年9月6日(金)掲載