2019年8月から2020年7月まで「あき地」で連載をしていた、写真家の吉田亮人さんの「しゃにむに写真家」がこのたび書籍になりました!
本体価格 1,600円、2月17日(水)全国発売!
〈いしいしんじ さん、推薦!!〉
タイトルは『しゃにむに写真家』。
妻の一言から教員という仕事を捨て、無謀にも写真家の道を選んだ。専門的に学んだことのない男が、右も左もわかないまま踏み出し、挫折し、傷つき、そして国際的に評価を受けるようになるまでの10年を振り返る。
——「働くとは何か」「生きるとは何か」について考えた渾身の一冊にできあがりました。
そこで、2月17日(水)の発売に先駆け、収録原稿の試し読みを4回に渡って公開します。
試し読み第2回目は「始まり」。「僕」がまだ小学校教員だったころ、妻とのあいだに待望の女の子がうまれた。仕事は多忙だがやりがいも感じ、充実していた生活を送っていた……はずだった。
ここから吉田さんの人生は急展開していきます。
「始まり」
「子どもできたみたい」
二〇〇八年春、妻が妊娠した。
小さく言う妻のその言葉を聞いて、僕は仰天した。と同時についに僕にも子どもができるのかという嬉しさと、何だか本格的に大人になってしまうんだなという寂しさが同居する複雑な感情が頭の中をグルグル駆けめぐった。
そんなことはおかまいなしに、妻に宿った小さな命はすくすくと成長し、彼女のお腹をパンパンに膨らませたかと思うと、あっという間にこの世に出てきた。
女の子だった。
小さくて、軽くて、か弱い新しい家族の存在は、僕に「家庭を築く」ということを月並みに意識させたし、だからこそ仕事にますます邁進しようという強い気持ちを抱かせた。
当時二八歳だった僕は小学校教員として、京都市のはるか山奥、京北第三小学校という全校生徒八〇人ほどの小さな学校で六年生を受け持っていた。小規模校とはいえ、最高学年担任ともなると多忙を極めた。
授業の準備、事務作業、保護者対応、部活顧問、そして全校行事に関わるすべての準備等々に追われ、一日のほぼすべてを学校で過ごしていた。だが、それでも仕事はやりがいと刺激に満ちあふれていた。教員になって五年が経ち、仕事が面白くなってきた頃ということもあったし、僕自身の資質として教員に向いているという自負もあったからだ。
妻から神妙な面持ちで「大事な話がある」と言われたのは長女が生まれてすぐの二〇〇九年二月、ある静かな夜のことだった。結婚してすぐに、これからの生活のためにと大金をはたいて購入した木彫りの丸テーブルの向かいに鎮座する妻を見すえて、僕も愛用のウッドチェアに腰掛けた。
神妙な面持ち。大事な話。妙に静かな夜。これまでの経験上、このようなシチュエーションで女性が切り出すことといえば、別れ話か何かとてつもなく怒っているかである。百歩譲っても明るい話でないことは間違いない。しかしいくら考えても何もやましいことはない。強いて言えば僕の帰りがいつも遅いことくらいだろうか。思い当たるふしがないだけに不安になった。その不安はさらに不安を呼び、僕は着火寸前の爆弾を眼前に置かれているような緊張感に襲われていた。
そういう緊迫した状態の中で、妻の話が始まった。そして、それは僕たちの人生を大きく変え、一生忘れることのないものとなる。
「話ってなんなん?」
緊張した声で聞くと、一呼吸置いて妻が口を開いた。
「あのさ、突然やけど、今の仕事ってずっと続けるつもりなん?」
話があると言うから聞けば、今の仕事を続けるかだって? いったい何の話なんだ?
ハテナマークが僕の頭の中を駆けめぐる。僕はその疑問をそのまま言葉にした。
「は? どういうこと?」
すると妻は再び同じ言葉をまっすぐに僕に向かって投げかけた。
「だから、これからもずっと続けるん?」
何を言いたいのだろう、この人は。ただただ不思議に思いながら僕はその問いに答えた。
「当たり前やん。もちろん続けるで。子どもも生まれたやん」
疑いようのない、至極当然のことを言うと、妻は僕の顔を見つめたまま沈黙した。
「……」
「どうした?」
「……」
「なに、どうしたん?」
彼女にじっと見つめられ、重苦しい沈黙に耐えきれない僕の「どうした?」だけが部屋に響く。その声を切り裂くように妻が言った。
「つまらん」
「え?」
「つまんないなと思わへん? そんな人生」
思いもかけないその言葉に啞然として、ぽかんと口を開けたまま僕は小さくこう言った。
「え、どういうこと?」
すると妻が堰を切ったかのように話し始めた。
「私たち両方教員やん? たしかに二人で公務員やってたら生活は安定するよ。子どもにも経済的なことでいったらある程度のことはしてやれると思う。でも、これからあと三〇年間この仕事続けていくと思ったら、私、そのほうが何よりも恐ろしいわ」
「え、なんで?」
脳内の処理がまったく追いつかない僕はそう聞き返すしかなかった。
「だって、職員室の同僚の先生たち見たらさ、一〇年後、二〇年後、三〇年後の自分の姿って遠からずこうなっていくんだろうなあって想像つくやん。そりゃ、やりがいのある、大事な仕事だと思う。毎年担任する子どもたちが替わって、その中でいろんな出会いがあって、いろんなことが起きて、充実した時間を送れるとは思う。でも、毎年がこういうふうに終わっていくんやろうなってサイクルは見えてるやん。で、いつの間にか定年迎えて、一〇年か二〇年生きて、人生おしまい。もうゴール見えてるやん。一回きりの人生やのに、二〇代でこれからの人生の大体の風景が分かってしまってて、そこに向かって生きるって、何が楽しいん? って私は思うねん」
「はあ」
何を言っているんだろうと思いながら相槌を打つ僕をよそに妻の話はまだ続く。
「それに、子どものこと考えたら、親の姿って大事やと思うねん。なんだかんだで子どもに一番影響与えるのって親やんか。その親が両方とも公務員で、社会的に守られた中で生きてる姿を見せることが私たちの子どもにとっていいことなんかどうか、私は疑問があるねん。日本の社会って一昔前と違って、倒産しいひんって言われてたような大きな会社でもどんどんつぶれていくし、もうここに入っとけば人生安泰みたいな時代って終わったやんか。日本だけじゃなくて世界全体がそうなっていってるやん。生まれてきた私たちの子どもが大人になる頃には、今以上に生きていくのが厳しくなっていくと思うんよ」
「まあそうやな。うん」
妻のもっともな意見に僕は深く同意する。しかし、その話の先に何があるんだろう。
「そういう中を子どもが生きていくのに、その子どもの親自身が守られた世界で生きてて、その姿しか示せへんのって、どうなんやろうって。やっぱり自分の手で自らの人生を切り拓いて、道を作っていってる姿を見せるのが、私たち親の役目やと思うねんな」
「まあ、言ってることは分かるよ」
弱々しい口調でうなずくと、妻は続けて言った。
「だから、この家に公務員は二人要らん。一人でいいと思うねん。だから亮人、先生やめて」
この人は何を言っているのだろう。
唐突すぎるその提案に「え、俺? 俺が? 俺がやめんの?」と、あたふたと返答するだけで何も考えられないでいると、妻はまた話を続けた。
「私は安定の道。亮人はいばらの道を行って。そして、荒波を突き進んでいって、私と子どもにその先に見つけた新しい風景を見せてほしいねん。父親ってそういう姿を見せるべきやと思うねん」
「ほんまに言ってんの?」
「当たり前やん。それに、今みたいな人生送るために亮人と結婚したんちゃうし。考えといてな。じゃあ、寝るわ」
あまりの急展開に混乱して口をパクパクする僕をじっと見すえて妻は言うと、幼子が眠る寝室に向かっていった。その後ろ姿を見送りながら僕は真っ白になった頭を抱え、どう考えても冗談で言ったのではなさそうな妻の言葉を反芻していた。
突然、安定を捨てていばらの道を行けというアナーキーな妻の言葉に、この人は頭がおかしくなってしまったのではないかと思わなくもなかった。
しかしたしかにその意見には説得力があった。真っ当すぎて、反論の余地もなく、深く納得せざるを得なかった。
夫として、父として、一人の人間として、この一度きりの人生をどう全うするのかという妻からの大きな命題を僕はどう受け止め、どういう答えを出したらいいのだろう。
ぼんやりと白い天井を見つめながら、喉に小骨の刺さったような居心地の悪い夜をやり過ごした。
(始まり・了)
『しゃにむに写真家』刊行記念
オンラインイベントを開催!(全3回)
第1回目のゲストは、推薦文をお寄せくださった作家のいしいしんじさんです。
テーマは「撮ること・書くこと・生きること」。表現することを職業とするお二人に「写真家に〝なる〟・写真家に〝なる〟ってどういうこと?」を語っていただきます。
開催日時は2月18日(木)20:00~21:00です。
イベントの詳細、チケットの購入は「Peatix・亜紀書房ページ」まで。ぜひご参加ください!
試し読み 第3回「選択」は2月12日(金)更新です。お楽しみに。