しゃにむに写真家 吉田亮人

2020.1.7

10情けない人

 

 海外から帰国して毎回思うことは、日本は何と快適だろうということだ。街は綺麗だし、礼儀正しいし、サービスは徹底しているし、安全だし、ご飯だっておいしい。ああ、自分は何といい国に住んでたんだと毎度再認識しては、日々の生活の中に戻っていくのである。
 しかし今考えてもインドから帰ってきた時ほど、日本がこんなにも素晴らしいと強く思ったことはないだろう。帰りたい帰りたいと何度も何度も思い続け、最早帰国することがあの旅の最上の命題のような状態になっていたから、日本の土を踏んだその喜びと安堵感は格別だったのは言うまでもない。
 僕は疲れ切った身体を癒し、うまいご飯を食べ、本を読み、音楽を聴き、たまに娘の面倒を見て、また身体を休め、散歩し、また休んでという生活を送っていた。ひたすら身体を養生する生活。何もしたくなかったし、こんなにすごい旅をしたのだから、少々休んでもバチは当たらないと本気で思っていた。そうしているうちにカレンダーはいつの間にか1ヶ月、2ヶ月とめくれていった。
 その間、妻は何も言わなかった。それにかまけてさらに養生生活を送る僕。いつの間にか季節は冬になり、2010年も終わろうとしていた。そんな年末の日曜の午後のことだった。
 ぬくぬくとした部屋の窓から冷気に晒されて寒そうな外の風景をボケっと眺めながら穏やかな日曜を楽しんでいた僕は「ちょっといい?」という声に呼ばれて振り向いた。そこには憮然とした表情の妻が立っていた。振り向いた僕の顔をじっと見ている。
「どうしたん、なに?」
 少しおどけて言うと、固く閉じた真一文字の口を開いて妻が言った。
「最近、なにしてんの」
「え、なにしてんのって、いろいろ」
「インドから帰ってきて、何かやってんの。写真撮ってきて、何かまとめたりとかそういうことしてへんの?」
「写真整理したりしてるよ……」
「で?」
「で??」
「写真整理して、何かどこかに持ち込みとかいったん? 撮ってきた写真見せるためになんかやったん?」
 冷静だけれども苛立ちを抑えきれないというような口調の妻。
「……いや、まだ」
「じゃあ何してんの毎日。インドから帰ってきて、ずっと家にいて、写真整理して、それで? 家でゴロゴロしてんの?」
「ゴロゴロなんてしてへんよ……。何なん?」
「何なんちゃうやん。じゃあさ、何してるか見せてよ」
「……」
 そう言われると僕は口籠った。
「何もしてへんやろ。私は帰国してからのこの3ヶ月、何するやろうなあってずっと見てた。でもボーッとしてるだけで何にもする気配ないやん。私が毎日朝早く起きて、子どもの面倒見て、保育園連れて行って、仕事行って働いてるのを横で見ながら、何も思わんわけ? 亮人を遊ばせるために私は仕事を辞めたらって言ったわけちゃう! 毎日ダラダラ過ごさせるために毎日汗水流して働いてるわけちゃう! そんなことも分からへんの?」
 言い返す言葉が見つからない僕は、じっと下を俯いた。
「写真やることに反対した宮崎のお義父さん、お義母さん、その他の人たちみんなに『それ見たことか、やっぱりダメって言ったやん』って、言われていいん? ていうか、今の状態やったら言われて当然やし。子どもだってそんな父親の姿見てどう思うやろ。それでいいん?」
 床の木目に視線を落とし、漂わせながら、妻の「それでいいん?」という言葉に心の中で「よくないよ」と小さく呟いた。よくないと頭の片隅では分かっていながら、自堕落な日々を送って何もせずにいた自分。そんな自分をヤキモキした気持ちで見ていた妻がここまで何も言わなかったのは、おそらくどこかに僕自身に対して淡くも微かな希望を抱いていたからだろう。しかし、その気持ちに安住して本当に何もしようとしない僕の姿を確認した妻の失望たるや相当なものだったに違いない。
「ほんまに情けない」
「ごめん……」
「違う、亮人が情けないんちゃう」
「え……」
「自分が情けない。こんな人を選んでしまった自分が情けなくて仕方ないわ。ほんまに、なんでこんな人を選んでしまったんやろう。最悪や。自分が本当に情けない」
 そう言って、唇を噛み締めながら、ポロポロ涙を流しはじめた。妻が泣くなんてことは結婚してから数えるほどしかなかっただけに、その姿はひどく胸を締め付けた。
「見る目がなかった自分にほんま腹が立つ……。そんなことも分からないで、何で写真なんて勧めたんやろう」
 妻は自分自身に話しかけるように責め続けた。
「ほんまに自分が情けない」
 妻にここまで言わせてしまう自分のなんと情けないことよ。周囲の反対を押し切って意気込んで写真を始めたはいいが、1年も経たない内にこの体たらくぶり。その結果最も応援してくれたその人を泣かす始末である。もう少し救いがあるかと思っていたが、自分がここまで愚図な人間だったとは。働きもせず、惰眠を貪り、日がな一日愚鈍な時間を送り、そのくせ飯は食らい、一丁前にビールも飲んで、タバコも吸う甲斐性なしの男。そんな男に成り下がった自分にも気がつかない情けなさすぎる自分自身。今すぐ消えてしまいたい。涙を拭う妻を見ながら完全に打ちのめされて、僕は消沈した。
「ほんま、恥ずかしいわ。もう、何もせえへんのやったら、この家から出て行って」
 振り絞るようにそう言って、妻は部屋から出て行った。僕は床の木目をただ見つめてうなだれるばかりだった。
 立ち上がれないほどのショックを受けた僕は、そのまま立ち上がらないわけにもいかず、瀕死のボクサーよろしくリングロープに寄りかかりながら何とかカウント9.9で立ち上がり、態勢を立て直すことにした。相手は他でもない自分。自分という情けなくて、きまりがわるくて、ややこしくて、それでいて最も手強い相手を前に、他ならぬ自分のために、僕は毅然とした態度で自分自身と向き合い、行動を起こす決意を固めた。それは自堕落に昼寝ばかりをして過ごすのび太くんが、ドラえもんの厳しい叱責で目を覚まし行動を起こすそれと一緒の構図だった。
 のび太はまず、写真を見返すことから始めた。久しぶりのインドとの再会にあれやこれやとひとつひとつの光景が蘇る。あの日々がずいぶん昔のことのように思い出された。
 しかし思い出に浸っている暇はない。あの旅の中で僕を通過した出来事ひとつひとつを丹念に拾い上げ、僕自身が最も見たかったものを立ち上げる作業に取り掛からなければならなかった。
 とはいっても、膨大な写真の中からそれらを振るいにかけ、ピックアップしていく作業は簡単なことではない。何せそういう作業自体が初めてのことだった。方法論も何もあったもんじゃなかったが、とにかく何らかの形を作り上げていかなければ僕は本当にここで終わってしまうという強い不安を打ち消すために、直感だけを頼りに自分の撮った写真を片っ端から何度も見返した。
 そして気になる写真はヨドバシカメラで買った最安値のプリンターで全て印刷し、それを近所の文房具屋で買った事務用クリアファイルに収めて、ポートフォリオという名の写真の束を作った。手元で写真を何度も何度も入れ替えては眺め、それを撮った当時の僕自身の心の動きを改めて客観的に考えるのだった。
 そこで気付いたのが、僕がファイルに入れていった写真のほとんどが、シャッターを切った時の匂いと音と空気とそして被写体と向き合っている時の感覚を鮮明に思い出させるものだった。
 大声で歌いながら踊り狂ってくれた羊飼いのじいさん、夕闇の中で楽しくお喋りしながら水汲みをする女たちの姿、広大な田畑で藁積みをするサリー姿のおばさん、小さな工房で鍛冶屋を営む屈強な男の横顔、朝靄の中を手を繋いで歩く姉妹の後ろ姿、大歓声を上げてヒンドゥーの神に祈る数千人の人々。
 それらひとつひとつの写真が被写体に対する僕自身の強烈な生理反応、つまり素朴な興味や驚きや戸惑いや喜びがそのまま撮影という行為に転写され、写真という形で残った結果だった。
 なかでも特に気になって仕方なかった写真が、あの更紗の街・サンガネールで出会った、更紗職人の男たちの姿だった。強烈な赤、美しい紋様、引き締まった男たちの肉体、玉の様に光る額の汗、染料の匂い、生温かい工場の中の空気、光と影。何度も見ても、なぜか見返してしまう写真だった。
 確固たる確証はないものの、ここに僕の見たかった何かがあるような気がした。僕は己の直感に従って、この更紗の男たちの写真をまとめ、これを写真展が開催できる権利を賭けた公募展に出してみることにした。
 数週間後に分厚い封筒が自宅に届いた。封を開けると、なんと個展開催決定を知らせる通知が同封されていた。しかも助成金付きで。驚きと喜びがない交ぜになって、信じられない気分だった。そして個展開催の決定よりも何よりも僕は、自分の写真を認めてくれた人がいるということが何よりも嬉しいことだった。自分の写真が広がりを持った初めての出来事だった。
 僕は結果通知の紙を持って、すぐに妻に報告した。
「よかったやん。おめでとう。でもこっからやで」
 娘を抱きかかえながら言って終わりだった。
 でも、その一言だけで嬉しかった。

(第10回・了)

 

この連載は月2回更新でお届けします。
次回2020年1月21日(火)掲載