しゃにむに写真家 吉田亮人

2020.2.3

123月11日

 

 20世紀は科学の世紀だ。ありとあらゆる現象や仕組みを科学によって解明し、それによって文明社会を強固なものにしてきた人類。
 確かにこの100数十年だけで飛躍的な進歩を遂げた人類は、先人たちが切り拓いてきた科学の発達を継承しながら豊かさと繁栄を築くことにある程度成功したと言っていいだろう。
 しかしその結果、大気も水も土も汚し、資源を取り尽くすまで取り尽くし、相変わらずどこかで戦火を交えて、それでもなお発展を追い求め続けている。その代償は一体どれほどなのだろう。
 そんなことをときどき考えながらも文明社会がもたらす様々な利便を享受しながら安住する自分。そしてこの世界が果てしなく続くとも思っている自分。そんな幻想と前提を粉々に打ち砕いたのが、2011年3月11日の出来事だった。
 僕はあの日、テレビに映し出される圧倒的な自然の力を前に、ただただ呆然と怯むことしかできないでいた。次々と飲み込まれていく人々、破壊されていく街、機能しなくなった科学。想像を超えたその出来事にこれまで僕が信じてきた様々なことが脆くも崩れ去り、この世に何も確かなことなどないのだと思った。
 もともと僕たちが生きているこの世界というのものは実はとても不安定な綱の上に成り立っていて、それがいつひっくり返ったっておかしくないことをあの地震と津波と原発事故は痛烈な形で突きつけ、僕たちがちっぽけで無力で幻想のような世界の上に立って生きているということを露見させた。
 あらためてそんなことを突きつけられたうえで僕が考えたことは、それでも僕たちが拠り所とできるもの、大切なものとは一体何なんだろうということだった。それを真剣に考え、検証してみる必要があるのではないか。そんなことをあの出来事を間接的に体験した僕はぼんやりと考えるようになった。

 そんなある日、バイト生活の合間に図書館通いをしていた僕は本棚にひっそりと眠る一冊の写真集を偶然手にした。『四季』というタイトルが付けられた分厚い写真集。表紙は広大な畑のような場所で、鍬を肩にかけた女性が小さな子どもの手を取ろうとしている場面を捉えたモノクロ写真だった。
 その写真に何となく惹かれるように表紙を開くと、序文があってそこにこの写真集の概要が記されていた。目を通してみると、呂楠(LuNan)という中国人写真家がチベットの農村に暮らすチベットの人々を長期間かけて撮った作品だということが書かれてある。ページを繰っていくと畑を耕したり、農作物を収穫したり、糸を紡いでいたり、家族で食事を囲んでいたり、老婆が子守をしていたり、夫婦が話していたりと、チベットの厳しい土地で素朴で質素な生活を送る人々の姿があくまで自然に捉えられていた。
 そこには人間の強さ、尊さ、生きることの喜び、豊かさに溢れていた。決して華やかではないが、人間が生きることの本質が描かれているような気がした。
 難しい写真のことなんか僕には分からなかったが、難しいことを分からなくてもただシンプルに伝わってくるこの写真の力を僕は感じながら、名状しがたい感情に包まれていた。写真の前から離れることができず、何度も何度も表紙から見返しては、雷で打ちのめされたような衝撃を覚えた。
 僕もこういう写真を撮りたい。ここに行けば何かがあるような気がする。3月11日以降ずっとモヤモヤ燻っていた問いに対して一つの答えがチベットにあるのではないだろうか。あの地に暮らす人々の生活をこの目で見て、触れてみたい。そうやって自ら確かな手応えを感じて、写真に反映させたい。
 そう思ったらすぐに行かなければならないような気がして、僕はバイトで稼いだなけなしの金をすぐさま航空チケットに替え、梅雨の日本を飛び立った。


(第12回・了)

 

この連載は月2回更新でお届けします。
次回2020年2月18日(火)掲載